伝統
「レイネシアは?」
起きてすぐの事。
「少し今日は刺激が強いかもんねぇから、まぁ⋯⋯グランにでも見てもらった方がいいかもな」
⋯⋯そんなに?
拠点の廊下で歩きながら、ケイがいつになく真剣な顔でそう言ってくる。
「えー!
私もいきたーい!」
「ワリィな、レイネシア。
今日は頭の業務だ」
「むー!」
そうこうしている内に、みんなの所へと到着する。
中に入ってすぐ挨拶を交わす。
「今日は頭を借りてくぞー」
色々整理していたチェシェが顔を上げる。
「あら?
今日は何かあったかしら?」
「チェシェには言ったはずだが?」
そうすると少し考えて、「あぁ」と思いだしたように言う。
「あそこね。
気をつけて」
え?どこに行くの?
なんかチェシェの言い方が凄い怖いんだけど!?
「よーし、レイネシアはここで待機してもらう。
んじゃ、行くぞー頭ー」
⋯⋯本当に何処行くの!?
*
それ程時間は掛からなかった。
ただ、入口が凄く暗くて、近くにいる人達の顔が怖い事くらい。
「ここだ」
「う、うん」
こ、ここは何をする所なの?
降りていく。
すると、外にいた時には決して聞こえない、誰かの喜ぶ声が充満していることが分かる。
「ケイ、ここって?」
「まぁ見たら分かるさ」
声が大きく、その数は増えていき。
「⋯⋯っ、」
それは、昔よく見た光景だ。
「いけぇ!ダンバ!」
鎖に囲まれた中で戦う⋯⋯二人の男。
「こっちだ」
人が囲み、怒ったり喜んだりしている。
──そう、決闘場だ。
そんな死の熱気のこもった中、先導してくれるケイに続く。
カチャリと扉が開いて、先には一人立場のありそうな人が立って待っていてくれた。
すぐに相手から深いお辞儀が来る。
「ズンダだ。
ここの管理を任している」
「ズンダです。
正式になった南の頭に挨拶も出来なくて申し訳ありません」
「問題ないよ。
知っていると思うけど、エオだ」
顔を上げて丁寧に話してくれるズンダに手を差し出す。
「よろしくお願いします」
と、言ったところで、微妙な空気が流れる。
静かに視線が飛び交ってる。
「とりあえず座るか。
⋯⋯ズンダ、飲み物」
「あっ、失礼しました!」
こういう所を見ると、ケイもやっぱり人をまとめる立場だったんだなって感じる。
「とりあえず頭。
ここに連れてきた理由はなんとなく予想つくか?」
「今のところは全く想像つかないけど」
僕が良いよと言った訳ではない場所だ。
「これはまぁ⋯⋯俺達の独断で進めた結果ではあるんだが」
そこへズンダが水を持って帰ってくる。
「ありがとう」
小さく何度も頭を下げて端っこへと行ってしまうズンダ。
「結局のところ、俺達の大部分はこういう闘いがなければならねぇって事がよーく分かった」
ミシミシ音を立てる椅子に座って、真剣な顔つきで話すケイ。
いつも理由や何かを付けてくる⋯⋯言うなららしくない感情的な言葉だ。
「うん、続けて欲しい」
「まぁ、俺やズンダもそうだが、元々俺達は殴り合って強くなった。
掟や生きていく為に必要なこと。
誰に頭を下げて誰に攻撃すれば良いか⋯⋯なんてこともな」
「⋯⋯⋯⋯」
「今は⋯⋯まぁ良い状態だろう。
女が笑って歩いていられる場所。
ガキが走っていられる場所。
だが俺達には何も楽しくねぇ」
「正直に聞きたいんだけど、前の方が良かった?」
「そいつはちげぇさ」
横に振って、あえて強く返してくれる。
「まぁ、土の上で石に骨が刺さることもなければ、いつ誰かに襲われるか分かったもんじゃない時間もねぇ。
誰かに頭を下げることもなければ、飯が食えないなんてこともねぇ。
──ただ、」
今までに見たことがない、ケイの遠い目をした顔。
「俺達ってなんのために生きてるのかって事を俺達自身が忘れちまう」
「みんな笑う為だよ」
「あまりに早く変わりすぎてよ。
そこに"俺達の居場所"がねぇんだよ」
「っ、」
「そりゃよ、本当は分かってるさ。
頭の言ってることくれぇ。
今までが駄目なのは知ってる。
でもよ、俺達は今までの生き方を全部なかったことにされてるみてぇですげぇなんつーか⋯⋯苦しいんだよ」
そうだったのか。
そうだよね。
世代だからこそ、けど僕がそっち側ではないから理解が少し難しい⋯⋯みんなの心の内。
「そんでそんな時⋯⋯ダンバと話す機会があったんだ。
──腐れ縁みてぇなもんでよ」
「うん」
「そん時に言われたんだよ。
なんだかんだで、俺達は殴り合って戦ってた事で時間を忘れてこの場所に馴染んでたんじゃねぇかって」
「⋯⋯⋯⋯」
「殴れなくなった世界は、俺達にとっては人間で無くす。
ただ飯を食って、ただ何かをする。
それって今までの俺達ってなんだろう?って。
──だから今、俺達は最後の砦を作って、頭に判断してもらおうと思ったんだ。
もちろん、昔のようなモノではなくなってはいるが、これを正式に開いてもらえるようにするためだ」
今までの⋯⋯自分、か。
「何か考えていたんだとは思うけど、かなり大きいんだね」
「始めちまったことは謝る。
それは覆えらねぇのは分かってた」
僕は首を横に振る。
「うんうん」
ダンバが何を言われるのか心配そうだ。
「そこまで大事にしている事なんだね」
「⋯⋯あぁ」
僕は暴力が怖い。
だからそんな事を考えたこともなかった。
⋯⋯けれどそれを必要とする人もいる。
「じゃあ、しっかり考える為にも、案内してもらおっか」
笑って僕は立ち上がる。
必要なら、真剣に見るべきだ。
「うしっ!」
拳を硬めてケイとダンバが興奮気味に外へと出ていく。
その後ろを僕は、ゆっくりとした足で見回った。
しっかり二人の言う存在意義を見る為に。




