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地獄で生きたければ。  作者: どら焼き戦線バルハザーク
大人編・南

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ミゲッタ・エフィリア・ラトレイ著書・人類史の知見一部抜粋

 誰が読むか分からない。


 そこで、誰にでも伝わるやり方で短い⋯⋯葉が少し重なった程度の文字で書いてみようと筆を執った次第だ。


 そんな私が今回伝えたいのは、我々人類史において何故にこんなにも争いばかりしているのか⋯⋯についてである。


 最初に申すが、私は小貴族であるから、ゲビヒンの事はあまりよくわからない。


 しかしながら、貴族界の動きは多少なりともわかるので、語ろうと思う。


 ゲビヒンにとっては非常に貴重な情報であろうが、これは上澄みであるということを覚えておくといいだろう。


 



 


 さて。


 今回挑戦する短い内容でまず理解しなくてはいけないのは、この世にゲビヒン程跋扈している"偶然"や"偶々"などという偶然性⋯⋯つまり、我々人類が言っている"神"の導きや訳のわからぬ迷信などは存在しないということである。


 ん?

 何を言っている?

 ゲビヒンはそう思ったか?


 ──だがミゲッタ卿っと。

 これまでの人類史において、神という存在は数多登場してきたではないか。


 然り。

 無論、そこは認める。


 事実到底私達の言語では説明しがたい事象が数多くあるからだ。


 しかし私は言いたい。


 "現在蔓延っている人が運用している神"という"構造"がおかしいと提起しているのが正しい。


 そもそもの話なのだが、神は全知全能だという属性を秘めている。


 であれば何故、神と呼ばれる存在がわざわざ人に運用させている?


 私ほどの知を貪りに貪ろうとする端くれですら、もっと複雑で究極な一手を作れる。


 そう。

 だがそこには高尚な理由があるのかもしれない。


 と言ってもこの話においては些細なことであるから、それは別冊の夜神学という本で感想を聞かせてほしい。


 あちらではいくつもの夜の使い方、夜とは何か?


 我々が立ち向かうべきが一体何なのかをまとめておいた。


 しかし西では果てしないほど高価らしいし、北では一般人は見れないらしい。


 東の暴力人も見れないし、野蛮人である南の者たちには一生拝めないであろう。


 ──ゲビヒンとは大変だ。


 すまない。話が逸れてしまった。

 では、考えてみよう。

 

 ⋯⋯何を?


 それは、話しているこの構造の本質に該当する部分だ。


 この構造の一番と言っていい程、恐れないといけない本質は──その"汎用性"にある。


 確かに清廉潔白な人間がもし、砂粒以下の人格を秘めていたとしよう。


 その者に神から天啓が降ってきた。

 そしてそれを人々に伝える。


 正しい事。


 それはきっと本当の事を言っているのであろう。


 今を生きる私達では決して理解できない冥暗の世界の理であろうな。 


 だが、このひな型の恐ろしいところは、全くその天啓が降っていない人間であろうと、模倣できてしまう点にある。

 

 それ"らしい"事を言い、それ"らしい"振る舞いをしていればある種模倣は容易だ。


 これほど人を動かす事と与えたい情報、そして広めたい考えをまとめていく手段として簡単かつ最も効率が良く、そして人間という生き物の核の部分に到達する信頼に値する情報を植え付けることが可能だ。


 その際たる成功例が現在跋扈している各地に存在する組織である。


 





 ではこの事から私が言いたい事、である。

 

 私は別に戦いが好きではない。

 本を読み、様々な人間から得る知識と智慧を磨いて精進していきたい。


 その気概は十分にある。

 その上で未熟ながら、考えたのだ。

 

 争いはどうだろう?と。


 食べ物欲しさに最初はただそこで口にしていた者が他人の住んでいる場所を制圧したほうが早いと気付き、そして制圧した後は新たに自分たちの食べ物と安住を手に入れる。


 ⋯⋯人が人を殺す。

 

 言うなれば、これが争いである。

 戦う理由など無論いくつでも挙げられる。


 しかしその上で私は考えた。


 理想論は好きだ。

 だからこそ、だ。


 結論、争いは無くならない⋯⋯というのが私の答えである。


 何故なら、これを先導しているのが我々"貴族"だからである。


 知っておかなければならない事でかなりの文を占めた理由がここにある。


 偶然性はないのである。

 つまり、そこには理由があるということになる。


 そう、一言で貴族という生き物を説明すると、非常に我儘傲慢かつ繊細で、臆病な生き物である。

 

 我々は自分たちを神かのように仕立て上げる事で、このような争いと情報統制の奇跡的均衡とも呼ぶべき塩梅で見事にやり過ごしているのだ。


 ⋯⋯素晴らしい。

 その一言に尽きる。


 まぁ分かるだろうが、自分で自分を盛大に皮肉っている。


 間違いない。

 酷い話だ。


 だがしかし、ゲビヒンたちはそれを知らずしてあれが良いだの悪いだのと語る。


 そしてまた争いを生む。

 

 この本はゲビヒン用に分かりやすく簡単にまとめておいた。


 その上で知っておいて欲しいのは、

 例えば"長持ちする食べ物"の作り方を知っている。


 だが、そのやり方が広まれば、ゲビヒンは不快感が無くなるであろう。


 ⋯⋯例えば、夜の使い方を教えれば?

 運用方法が分かれば、反逆されるかもしれない。


 ──まとめるとこういう事である。


 つまり、長持ちさせたくない訳である。

 自分たちが上で居たいのである。


 ゲビヒンには不快感を。

 高い代償を払って手に入れたものも、それすらそよ風に触れるようなものである。


 本物は全く代償を払わず、ただただ当たり前を享受している。


 この事からして、必要なのは本当の情報を知るべき事が大事であり、結局私としては、

 

 "人がこうした理性的な悪事を働いている内は一切の善は産まれないのである"。


 ⋯⋯というのが結論になる。


 神の構造と貴族界で行われている事も、この構造と全く同一の構造になっている。


 誰かが争いを作っている。

 誰かが不快感を与えている。

 誰かが欲しくもない物を欲しようとさせている。


 ──現実に向き合う答えを言えば、コレであり、なんとも言い難い話だと思う。


 

 では、私から考えた視点で、次に語るのはこれだ。


 テルマ暦666年出版、

 ミゲッタ・エフィリア・ラトレイ著書。


 まえがき、部分章抜粋。

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