入口
「⋯⋯フッ」
「何がおかしいんですか」
「南に来てもう100年近くか」
何かを思い出すように、マークさんは笑う。
「レイネシア嬢を育てて数年。
まさか、俺が南の奴に説教垂らされたとあっちゃあ⋯⋯笑われるな」
「話せ、お前はその義務がある」
力強いグランの瞳。
「なぁ」
そんなグランを無視して、もたれながら鼻をすすって僕を見つめるマークさん。
「新しい⋯⋯南の頭。
お前⋯⋯争いはどうやったら消えると思う?」
「なんだ突然」
「お前に聞いてねぇ」
僕を見つめるマークさんは真っ直ぐだ。
「お前は⋯⋯この世界をどう見ている?
さぞご立派なことを言っていたじゃないか」
僕にはまだまだ形になっていないことは多くある。
──けれど。
「答えになるかは分かりませんが、一つだけ確かな事があります」
「ほう?
聞こうじゃないか」
姿勢を正して前のめり。
そんなマークさんに、僕は言う。
「少なくとも、人同士で争っている僕達では解決する事は難しいでしょう」
「⋯⋯はは、そらそうだな」
「しかし──」
「ん?」
「みんながおかしいのは、戦うことでも、ぶつかるでもなく、自分が良くなることだけを考えているという点にあるのではないかと思うんです」
その場にいたグランとマークさんは、ただ沈黙を貫く。
「それ自体が悪いとは言いません。
必要なものです。
しかし、僕達はソレに支配されて過ぎているように感じるんです」
「ソレ?」
「僕達は、本来人間という全体の中で手を取り合う為に生まれている。
けれど、常に自分と違う人間を見て、ある日突然現れる人が居たんだと思うんです。
⋯⋯なんでこの人、自分よりも出来るんだろうって」
「⋯⋯⋯⋯」
「それは行動だけではなく、言葉だったり、夜だったり、心だったりするでしょう。
けどそんな僕達はいつしか、人と比べ、自分を見失う。
結果大きく優れている一部の人間を羨み、それ以外はどうでも良くなり、そうなる為なら他人なんてどうでも良くなる。
自分の為なら他人はどうでもいい。
まさに強己他弱です」
「その言葉の意味はわからないがなんとなく見当はつく」
「そのせいで、忘れてしまう。
そもそもその一部のために存在しているのではなく、自分という長い道を歩く為にいるのだと。
言い方は違うかもしれませんが、そんな場合じゃないんです。
己の道を歩むこと。
それが僕達の全てです。
自分と向き合う事こそ道であり、人生であり、自分を知ることが人道であり、神と呼ばれる存在に近づく為の一歩であると。
もっと言えばそもそも僕達は全て一本の木。
根は一緒で、僕達人間は所詮その先の枝葉です。
みんな一緒なのに、枝葉が燃えていたらいずれ全てを燃やし尽くしてしまう。
だからこそ、戦ったら終わりです」
「⋯⋯⋯⋯」
一言も挟むことなく、僕を見つめるマークさん。
その顔は何を考えているのかが全く見えてこない。
けれど、何処か最初よりは話し合いになりそうな雰囲気である気はする。
「当主様」
突然、マークさんがよくわからない言葉を発する。
「私は如何すればよいのでしょうか?」
グランが何か言いかけるのを止める。
⋯⋯もちろん僕も黙る。
「マーク」
「お嬢様。
もし貴方の父上は今の私を見て、なんて言うのでしょうか」
レイネシアを見る。
まだ幼い。
「ハハハ!
マーク、よくやった!って」
笑いながら、マークさんにそう言っている。
見ると瞳は少し潤んでいるようにも見えた。
「そうですか⋯⋯」
汚い天井を見上げる。
「おい頭」
「おい⋯⋯頭に──」
言いかけるグランを僕は止める。
そのまま、マークさんに話を続けさせる。
「はい」
「今まで⋯⋯俺は南に必死に馴染もうと努力してきた。
最初は理解不能だったが、段々と分かってきて、今じゃ立派な南脳だ」
フッ、と笑って、マークさんはただ一言。
「だが、俺はどうやら根っから南になれなかったらしい。
こうやって人情で来られると⋯⋯結局揺らいじまう」
「お願いします。
貴方の行った事も含め、貴方には話してほしいことがいっぱいあるんです」
「最初に言う」
指を立てるマークさん。
「俺には契約で話せない事がほとんどだ」
「「っ、」」
「二つ。
俺は今じゃ分からんが、そこそこ西では影響力があった」
「「っ」」
「三つ。
お前たちからすれば、レイネシア嬢は切り札になり得る。
⋯⋯何故かは勿論話せない」
そして。
「最後。
お前たちが奪われない為には先に攻撃するしか方法がない。
勿論だが事情は言えない。
ただ、お前たちが移動できないのと理由は近い」
「⋯⋯そこまでいいんですか?」
「あぁ。
死んでも文句は言わん。
⋯⋯ただ」
マークさんは、何処か嬉しそうに窓の外を見つめ。
そして何かを悟ったように僕達に向き直る。
「お前が、昔の当主様と似た事を言ったから感化されただけだ。
それに、納得もした」
瞳の潤みがハッキリしてくる。
「俺達は⋯⋯そうだな。
行き過ぎた、だろうな」
「何がかは分かりませんが」
「それと」
「「⋯⋯?」」
「解毒剤は裏庭にある草を使え。
これで元通りになるはずだ」
「「⋯⋯!!」」
本当!?
水が元になるの!?
「草は水を元にする力が!?」
「一部だ。
全部じゃない」
「あ、そ、そうだよね」
だがこれは大発見だ。
⋯⋯使い道が増える!
「頭、」
「はい?」
「"世話"になったな」
「⋯⋯え?」
「レイネシア"様"」
「マーク?」
「この頭は良い人です。
付いていけばいつか、きっと素晴らしい世界が待っているでしょう。
貴女は付いて行って下さい。
最期に、貴女に"仕える"事が出来て⋯⋯光栄に思います」
「マークさん!?貴方はまだ」
その直後。
一発の銃弾が虚しくこの場に響いた。




