EP 7
竜王デュークの焦燥と、豚骨ラーメン屋台の急襲
ルナミス帝国から遠く離れた、東の山脈。
その奥深くに鎮座する巨大な火口湖のほとりで、一人の男が額に汗を浮かべながら、巨大な寸胴鍋と向かい合っていた。
ロマンスグレーの髪をオールバックに撫でつけ、上質な和装をラフに着崩したイケオジ。
世界最強の調停者の一角にして、その正体は黄金の巨竜たる『竜王デューク』である。
「……ふむ。今日の豚骨の血抜きは完璧だ。スープの乳化具合も、かつてあの男(佐藤太郎)が語っていた『理想のトロみ』に近づきつつあるな」
デュークは満足げにスープを味見し、咥えていた葉巻の煙を燻らせた。
彼の周囲には、麓から勝手にやってきた竜人族の信者たちが、「おお……竜神様が今日も神聖なる儀式(仕込み)を……!」と平伏しているが、彼にとってはただの「ダシの邪魔」でしかなかった。
「……それにしても」
デュークは寸胴鍋の火を弱め、忌々しそうに西の空を睨みつけた。
「遅い。フレアも、あの駄犬も、一向に帰ってこんではないか。帝国の『村一つ潰す』程度の依頼、奴らなら瞬きする間に終わるはずだが……」
調停者のネットワーク(テレパシー)も、数日前からプツリと途絶えている。
このままでは、世界の管理という面倒なタスクが、すべて自分のところに回ってきてしまう。「ラーメン作りの時間が削られる」ことこそ、彼にとって最も避けるべき事態だった。
「チッ……。仕方あるまい。我自ら赴き、そのポポロ村とやらを一息に消し飛ばし、ついでにあの愚か者どもを連れ戻してやろう。……おい、お前たち!」
デュークが竜人族たちに声をかけると、彼らは「ははぁっ!」と平伏した。
「火は絶対に弱火を保て。灰汁が出たらすぐにすくうのだ。……我は少し出かけてくる」
デュークはそう言い残すと、背後に巨大な「黄金の翼」を展開した。
そして、ラーメン屋台(特注の魔導リヤカー)を片手で軽々と引きながら、轟音と共に西の空へと飛び立っていった。
――一方、その頃。
ポポロ村のファミレス『ルナキン』の厨房。
「違う、そうじゃない! キャベツの芯はもっと薄く削ぎ切りにするんだ! 甘みを最大限に引き出すために!」
「は、はいっ! ヒエン先輩!」
厨房では、すっかりルナキンの主力スタッフとして馴染んだ熱血青年ヒエンが、店長のキャルルから料理の基礎を叩き込まれていた。
……いや、もはやヒエンの料理への情熱と飲み込みの早さは異常であり、時給850Gの新人バイトでありながら、すでに厨房の覇権を握りつつあった。
「リクト店長! 昨日ご提案いただいた『ポポロ村特製・もやしマシマシ豚骨ラーメン』の試作品が完成しました! 親父のレシピをベースに、この村の無農薬野菜の旨味を極限まで引き出した自信作です!」
ヒエンが、湯気を立てる丼を俺の前にドンッと置いた。
見事な乳白のスープに、山盛りのもやしと厚切りのチャーシュー。
匂いだけでも、ヒエンの料理の腕前(と、亡き太郎からの直伝レシピ)の凄まじさが伝わってくる。
「……すごいな、ヒエン。お前、本当に18歳か? 料理歴何年だよ」
「親父に包丁を握らされたのは3歳からです! (母さんの『永遠の17歳』設定のせいで、家族の年齢構成はバグってますけど!)」
ヒエンが胸を張った、その時だった。
ゴォォォォォォォォォ……ッ!!!!
村の上空を、凄まじい質量の「魔力」と「風圧」が覆い尽くした。
ルナキンの窓ガラスがビリビリと震え、外にいた村人たちが悲鳴を上げる。
「な、なんだ!?」
俺たちが外へ飛び出すと、ポポロ村の広場に、巨大な『黄金の竜』が舞い降りようとしていた。
ズズゥゥゥゥンッ!!
地響きと共に着陸した黄金の竜は、一瞬にして光に包まれ、和装を着崩した渋いイケオジの姿へと変わった。
その手にはなぜか、場違いすぎる『ラーメン屋台』が引かれている。
「……フン。ここがポポロ村か。随分とのどかな場所ではないか。フレアやフェンリルが苦戦するような気配は……ん?」
デュークは葉巻を咥えたまま、片手で圧倒的な魔力を収束させ始めた。
『アルティメット・バースト』。世界を更地にする、竜王の最強奥義。
仕事はさっさと終わらせたい派の彼は、問答無用で村ごとすべてを消し飛ばそうとしていた。
「消え失せろ、人間ども。我は忙し――」
デュークが腕を振り下ろそうとした、まさにその瞬間。
彼の鼻腔を、ある『暴力的な匂い』が突き抜けた。
「…………ッ!?」
デュークの腕がピタリと止まり、収束していた魔力が霧散した。
彼の目が、信じられないものを見たかのように、ルナキンの厨房の換気扇へと向けられる。
「この匂い……。豚の骨を極限まで煮出し、髄の旨味を完全に抽出した……『豚骨スープ』の匂い……!? しかも、この鼻を刺すような鮮烈な香りは……に、ニンニクだと!?」
デュークは、村を破壊しに来たことなど完全に忘れ、夢遊病者のようにフラフラとルナキンへと歩き出した。
「お、おい! なんだあのおっさん!」
「ご主人様、あの威圧感……間違いなく最後の調停者、竜王ですぅ!」
ルナとクロエが身構えるが、デュークは俺たちには目もくれず、ルナキンの入り口をくぐり、ヒエンが作ったばかりの『もやしマシマシ豚骨ラーメン』の前に立った。
「……美しい」
デュークは、丼を覗き込み、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「この乳化の度合い……我の何百年もの研究すら及ばない、完璧なバランス。……これを、貴様らが作ったのか?」
デュークの鋭い竜の眼光が、俺とヒエンを射抜く。
「あ、ああ……そうだけど」
ヒエンが戸惑いながら答えると、デュークは葉巻を灰皿に叩きつけ、凄まじい覇気を放った。
「……許せん」
「えっ?」
「我こそが、この世界で最も『豚骨ラーメン』を愛し、極めた存在! あの太郎が残した至高の味を継ぐ者! ……その我のスープを、こんな辺境の村の素人どもが超えているなど、あってはならん!!」
デュークは、村の破壊ではなく、「ラーメン屋としてのプライド」をへし折られたことにブチギレていた。
「受けて立て、人間! 我の『究極の豚骨スープ』と、貴様らのスープ……どちらが上か、世界の存亡を賭けて勝負だ!!」
世界最強の竜王から叩きつけられたのは、破壊の炎ではなく、前代未聞の『ラーメン対決』への挑戦状だった。




