EP 4
不死鳥の『有給休暇』。最強の未亡人、村に住み着く
「……うんめぇぇぇっ!! なんだこれ、めちゃくちゃ美味いぞっ!?」
ファミレス『ルナキン』の休憩室。
さっきまで空から「母さんを返せ!」と絶叫していた熱血青年ヒエンは、今や出された『特製から揚げ定食(ご飯大盛り)』を、信じられないスピードで胃袋に流し込んでいた。
「サクサクの衣からジュワッと溢れる肉汁……それに、この絶妙な醤油とニンニクの味付け! 親父が昔作ってくれた『から揚げ』の味に、そっくりだけど……それよりずっと洗練されてる!」
ヒエンは涙目で、漫画のように山盛りにされた白米をかき込んでいく。
「当然ですぅ! それはわたくしとルナさんが、ルナキンの最新魔導調理器をフル活用して作った、究極のジューシーから揚げですから!」
クロエがふんす、と胸を張る。
「ヒエンくん、そんなに急いで食べなくても、おかわりはたくさんありますよ」
ルナが優しくお茶を差し出すと、ヒエンは「あ、ありがとうございます……」と急に赤くなって縮こまった。可愛いメイドさんに免疫がないらしい。
その横では、母親のフレアがすでに『ポポロの湯』の浴衣に着替え、最新式の魔導マッサージチェアに深く腰掛けていた。
「あぁぁぁぁ……そこ、そこよ……っ。肩甲骨の裏の、魔竜をハサミ焼きにした時に凝った場所……極楽だわぁ……」
ウィィィィン……と、マッサージチェアの揉み玉が動くたびに、絶世の美女らしからぬ、だらしない声を上げている。
「フレアさん、体調はもう大丈夫なんですか? 一応、帝国からの依頼でこの村を燃やしに来たんですよね?」
俺が冷たいフルーツ牛乳を渡しながら尋ねると、フレアはマッサージチェアに身を委ねたまま、フイッと顔を背けた。
「何言ってるのよ。私がいつそんな物騒なことを言ったかしら? 私はね、ちょっと『有給休暇』を消化しに、この温泉施設に来ただけよ」
「めちゃくちゃ言ってたわよ。さっさと終わらせて寝るって」
「聞こえなーい! 『永遠の17歳』の耳には、そんな野蛮な業務命令は届かないの!」
フレアはフルーツ牛乳をゴクゴクと飲み干し、ぷはぁ、と息を吐いた。
「だいたいさぁ、あいつら(帝国上層部)調子に乗りすぎなのよ。私を便利屋か何かだと思ってるわけ? デュークもフェンリルもサボってるのに、私だけ働かされるなんて不公平だわ。私はもう、ここで長期の有給に入るから。帝国が滅びようが破産しようが、知ったこっちゃないわよ」
世界のバランスを司るはずの調停者が、完全にブラック企業を退職した元社員のようなメンタリティになっていた。
「えぇぇっ!? 母さん、帝国の依頼をバックれるのかよ!?」
から揚げを口に詰め込んだまま、ヒエンが驚愕の声を上げる。
「当たり前でしょ。あんたもあんな税金も払えないようなケチな国のために働くのなんてやめなさい。それよりヒエン、あんたもこの村をちょっと見てきなさいよ。すごいんだから」
「すごいって、何が……」
怪訝な顔をするヒエンを、ルナが「案内しますね」と笑顔で厨房へと連れて行った。
数分後。
ルナキンの厨房から、ヒエンの地鳴りのような絶叫が聞こえてきた。
「な、なんだこれはぁぁぁぁぁっっ!?!?」
俺とフレアが覗きに行くと、ヒエンは厨房の中心で、ピカピカに磨き上げられたステンレス製の調理台や、火力をミリ単位で調整できる魔導コンロを前に、ガタガタと震えていた。
「均一に熱が通る魔法の鉄板……! 食材の鮮度を何日も完全に保つ、魔導冷却庫……っ! それに、この包丁の鋼の鍛造技術は一体どうなってるんだ!? 王宮の厨房だって、こんな最高峰の設備はないぞ!」
ヒエンは料理が得意なだけでなく、将来「鍛冶師」を目指している。そのため、現代日本のファミレスの厨房技術を流用したルナキンの設備は、彼の職人魂と料理人魂を同時に爆発させてしまったようだ。
「ここなら……ここなら、親父が目指していた『究極の味』を、もっと上のレベルで再現できるかもしれない……っ!」
ヒエンは目を輝かせ、俺の前に来ると、勢いよく頭を下げた。
「お願いだ、リクト! 俺をこの『ルナキン』で働かせてくれ! 給料は安くていい、いや、この厨房を使わせてもらえるなら、賄い飯だけでも構わない!」
熱血漢で正義感の高かったはずの青年が、最新キッチンの魅力に負けて、秒速で村への就職を志願してきた。
「おいおい、いいのか? お前は帝国の勇者の息子だろ」
「関係ない! 俺は俺のやり方で、料理と鍛冶の道を極めたいんだ! (それに、ここにいれば、母さんの『永遠の17歳』っていう深刻な設定のバグを近くで監視できるしな……)」
最後は、やっぱり重すぎる家庭環境へのツッコミだった。
「よし、採用だ。ちょうど厨房の人手が欲しかったんだよ。時給は850Gスタートな」
「感謝する、リクト店長!」
ヒエンは嬉しそうに、さっそくルナキンのエプロンを身に付けた。見た目は父親の佐藤太郎にそっくりだが、中身は実に真面目で使い勝手の良い優秀な新人スタッフの誕生だった。
「あーあ、息子まで雇われちゃって。まぁ、居心地が良いのは最高よねぇ」
フレアは、休憩室のコタツ(夏用)に下半身を滑り込ませながら、すでに完全にポポロ村のニートとして馴染んでいた。
こうして、帝国が放った第一の刺客(不死鳥親子)は、戦うことなく、ただの「有給中の宿泊客」と「有能なバイト」として、ポポロ村のスローライフ経済圏に完全に取り込まれたのだった。
しかし、この平和な温泉街に、次に現れた調停者は――フレアのように「まともな苦労人」ではなかった。
俗世の欲望を全肯定する、あの『パチンカス狼王』が、すぐそこまで迫っていた。




