第七章 最強の調停者(ダメ神獣)たちと、ポポロ村の絶対防衛線(スローライフ)
帝国のSOSと、過労死寸前の不死鳥
「……ゼロ、だと?」
ルナミス帝国、帝都の中心にそびえる豪奢な皇城。
その玉座の間で、ルナミス帝国皇帝は、財務大臣から渡された羊皮紙の報告書を見て、力なく玉座に崩れ落ちた。
「はい、陛下。……我がルナミス帝国の本年度の税収見込み額、見事に『ゼロ』でございます」
財務大臣が、胃に穴が空きそうな顔で報告する。
「な、なぜだ!? 我が帝国には数十万の屈強な兵士たちがいるはずだろう! 彼らの給与から天引きされるはずの税金はどこへ消えたのだ!」
「それが……兵士たちのほぼ全員が、あの『ポポロ村・ふるさと納税』という悪魔のシステムに、控除上限額ギリギリまで課金してしまいまして……。一部の熱狂的な者は『来年の住民税を前借りして寄付したい』などと暴動を起こす始末で……」
皇帝は頭を抱えた。
勇者ブレイドのリゾート開発失敗による巨額の負債に加え、国家予算の根幹である税収が、辺境のたった一つの村に全て吸い上げられてしまったのだ。
このままでは、兵士の給金はおろか、皇城の電気(魔力)代すら払えず、国家が物理的に破産する。
「……ええい、背に腹は代えられん! こうなったら、我らが帝国の守護神であり、世界のバランスを保つ『調停者』様にすがるしかない!」
皇帝は玉座の奥に隠されていた、古代のアーティファクト『神呼びの笛』を手に取り、決死の覚悟で息を吹き込んだ。
ピョロロロロォォォォォォ……ッ!!
間抜けな音が玉座の間に響き渡る。
そして数秒後。
空間がカッと赤く発光し、凄まじい熱波と共に、巨大な炎の魔法陣が展開された。
『……ちょっとぉ。何の用よ。こっちは忙しいのよ』
炎の中から現れたのは、目を奪うような絶世の美女だった。
燃え盛る真紅の髪に、抜群のプロポーション。世界最強の神獣の一角、『不死鳥』の人間形態である。
「おおぉっ! 我らが守護神、不死鳥フレア様! どうか、我がルナミス帝国を救って――」
「うるっさいわねぇ!!」
ドゴォォォンッ!
フレアが足元の絨毯をハイヒールで踏み抜くと、皇城全体が地震のように激しく揺れた。皇帝と大臣がヒィッと悲鳴を上げて抱き合う。
「あのねぇ! 私、昨日の夜も西の山脈で魔物の大群を間引いてきて、ようやくベッドに入れたところなのよ!? 睡眠不足はお肌の最大の敵! 『永遠の17歳』のピチピチな肌を維持するのに、どれだけ手間がかかると思ってるの!?」
フレアが血走った目でキレ散らかす。
「ひぃぃっ! も、申し訳ありません! ですが、ポポロ村という辺境の村が、我が国の経済を――」
「ポポロ村でもマカロン村でもどうでもいいわよ! だいたい、なんで私ばっかり呼び出されるのよ! デューク(竜王)はどうしたの!? フェンリル(狼王)は!?」
「そ、それが……竜王様は『今、豚骨の血抜きで忙しい』と通信を切られ……狼王様は『今、確変入ってるから後にして』と、謎の遊技場の騒音と共に……」
「あいつらマジでふざけんじゃないわよぉぉぉっ!!」
フレアが両手で頭を抱え、文字通り頭から火柱を上げた。
「なんで私だけマトモに働いてんのよ! 三柱の調停者でしょ!? 1/3は負担しなさいよ! こっちは食べ盛りの息子を抱えるシングルマザーなのよ!? 化粧ノリも最悪だし、仕事したくなぁぁぁい! 寝かせてぇぇぇっ!!」
世界最強の不死鳥が、過労とワンオペ育児とポンコツ同僚へのストレスで、ただの限界OLのように泣き叫んでいる。
「わ、わかりました……! そのポポロ村を燃やしてくればいいのね!? さっさと終わらせて、家に帰って寝るわよ!!」
ヤケクソになったフレアは、皇帝の話を半分も聞かずに真紅の翼を広げ、皇城の天井をぶち破って北の空へと飛び去っていった。
――一方、その頃。
ルナミス帝国を経済崩壊に追い込んだ張本人たちは。
「はぁぁぁぁ……極楽、極楽……っ」
ポポロ村の裏山。
ふるさと納税で集めた数十億Gというバグみたいな資金で作られた、超高級・総檜造りの天然温泉『ポポロの湯』。
その広大な露天風呂(混浴・水着着用)で、俺たちは最高のスローライフを満喫していた。
「リクト様ぁ、冷たいフルーツ牛乳をお持ちしましたぁ」
「わたくしは、肩をお揉みしますね。キュッキュッ」
俺が岩風呂に寄りかかっていると、水着姿のルナとクロエが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
「ああ、悪いな。……それにしても、最高の気分だな」
「ええ! 借金もなくなりましたし、村の予算は無限ですし! もうカニを剥かなくてもいいんですぅ!」
少し離れたサウナ室からは、ラスティアとルチアナが「私の踏まれチケットの売り上げで買ったアロマストーンよ!」「私のガチャお守りマネーで買った水風呂の方が最高よ!」と、謎の対抗心を燃やしながらキャッキャと騒いでいる。
勇者による理不尽な兵糧攻めを乗り越え、完全なる経済的独立を果たしたポポロ村。
もはやこの村を脅かす存在など、この世界には(物理的にも経済的にも)存在しないはずだった。
「……ん?」
俺はフルーツ牛乳を飲みながら、ふと、北の夜空を見上げた。
「ご主人様、どうされましたか?」
ルナが不思議そうに首を傾げる。
「いや……なんか、やけにデカい流れ星が落ちてこないか?」
俺が指さした夜空の彼方から、真紅の炎を纏った巨大な『何か』が、猛スピードでポポロ村に向かって飛来してくるのが見えた。
だが、その軌道は、まっすぐ村を狙っているというよりは、フラフラと蛇行し、どこか『限界を迎えた酔っ払い』のような危うさを含んでいた。
「わ、わわっ!? 流れ星さん、どんどんこっちに近づいてきますぅ!」
クロエが慌てて湯から上がる。
『もう……だめ……。魔力も、体力も……限界……。寝る……』
上空から、微かにそんな悲痛な女性の独り言が聞こえた直後。
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!
露天風呂のすぐ隣の雑木林に、その真紅の流れ星が凄まじい音を立てて『墜落』した。
もうもうと舞い上がる土煙と、ひっくり返った木々。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
温泉から飛び出したルチアナやラスティア、リーザたちも、タオルを握りしめて警戒態勢に入る。
キャルルに至っては、いつの間にかマッパの状態でダブルトンファーを構えていた。
土煙が晴れたクレーターの中心。
そこに倒れていたのは、恐ろしい魔獣でも、帝国の刺客でもなく。
「……あ、あうぅ……。お腹、すいた……。眠い……」
ボロボロになった美しいドレスを纏い、顔を土まみれにした絶世の美女が、白目を剥いてピクピクと痙攣している姿だった。
世界最強の調停者・不死鳥フレアと、ポポロ村の住人たちとの、あまりにも締まらないファーストコンタクトであった。




