EP 9
TOB防衛完了! 勇者のステータス(役職)編集
「ま、待ってくれ! リスケだ! 返済のリスケジュール(延期)を要求する! 我々のリゾート事業は、長期的には必ずポジティブなROI(投資利益率)を叩き出すエビデンスが……!」
誰もいない巨大リゾートのフロント。
かつて自信満々に白銀の鎧と高級スーツを着こなしていた勇者ブレイドは、今や汗と涙で顔をグシャグシャにしながら、床に這いつくばっていた。
彼の目の前に立っているのは、見覚えのある三つ揃いのスーツを着た男。
ゴルド商会のインテリ極道にして、冷酷無比な借金取り――ルーベンスである。
「……ブレイド様。貴方が並べ立てる『言葉』には、一ゴールドの担保価値もありません。帝国の投資銀行から債権を買い取った我がゴルド商会が求めるのは、ただ一つ。『現金』のみです」
ルーベンスが眼鏡を押し上げ、魔導計算機を弾く。
「金貨5億枚。期日は今日の正午。……払えないのであれば、貴方の『勇者』としてのステータスと、全財産を差し押さえさせていただきます」
「そ、そんな殺生な……っ! あ、そうだ! メンバーだ! 私のパーティのメンバーたちを『労働力』として担保に……!」
ブレイドが振り返る。
しかし、そこには誰もいなかった。秘書の魔法使いも、取り巻きの戦士たちも、泥船である勇者パーティから早々に見切りをつけ(退職届を出し)、夜逃げした後だった。
「……見事な『人材流出』ですね。数字と効率だけで人を切り捨てる組織の末路としては、美しさすら感じます」
ルーベンスがタバコに火をつける。
「あ、あああ……」
ブレイドが絶望に顔を覆った、その時だった。
「……よぉ。ずいぶんとアグレッシブに追い詰められてるじゃないか、コンサル勇者殿」
自動ドアが開き、俺とキャルル、そしてルナとクロエが、フロントへと足を踏み入れた。
「き、貴様ら……イレギュラーの少年! それに、ルナ、クロエ!」
ブレイドが血走った目でこちらを睨む。
「ご主人様。この男、見事なまでにスッカラカンですぅ。わたくしの錬金術で、金メッキでも塗ってあげましょうか?」
「クロエちゃん、それは資源の無駄遣いです。この男のプライドは、すでに10G(もやし一袋)の価値もありませんから」
かつてブレイドに怯え、トラウマを抱えていたルナとクロエ。
だが、今の彼女たちの瞳には、恐怖も怒りすらもなく、ただ道端の石ころを見るような「純粋な哀れみ」だけが浮かんでいた。
「く、くそぉぉぉっ! お前らのせいだ! お前らが『ふるさと納税』なんてふざけたスキームを組まなければ、私のプロジェクトは成功していたんだ!」
ブレイドが逆ギレして喚き散らす。
「他人のせいにするなよ。お前が『数字』しか見ず、現場の『泥臭い需要(オタクの熱量)』を軽視した結果だろ。お前のマーケティングは、根本から間違ってたんだよ」
俺は冷たく言い放ち、ブレイドを見下ろした。
5億ゴールドの借金。もはやこの男が、ポポロ村の脅威になることは二度とない。
俺はあえて、とどめを刺すための魔法や物理攻撃を使わなかった。
「だが、一度はうちのメイドたちがお世話になった上司だからな。……再就職の手伝いくらいはしてやるよ」
俺は空中に【世界編集】のウィンドウを展開した。
「な、何をする気だ……?」
「お前、数字(KPI)の管理と、下っ端をこき使うのだけは得意みたいだからな。お前にピッタリの『役職』を与えてやる」
カタカタカタ……ターンッ!
ーーー
【対象】ブレイド
【属性変換】ステータス『職業』の変更。
『意識高い系勇者』 → 『時給850Gのバイトリーダー』に強制上書き。
ーーー
俺がエンターキーを叩き込んだ瞬間、ブレイドの体を眩い光が包み込んだ。
「な、なんだこれはぁぁぁっ!?」
光が収まると、ブレイドが着ていた白銀の鎧と高級スーツは消え失せていた。
代わりに彼が身に纏っていたのは、安っぽい布地の『ファミレスの制服』と、胸元で輝く『研修中』と書かれたプラスチックのネームプレートだった。
「……なっ! 私の、私の勇者としてのステータスが……消えた……!? なんだこの安っぽい服はぁっ!」
ブレイドが自分の体を見てパニックに陥る。
魔法でも呪いでもない。世界のシステムそのものを書き換えられ、彼は文字通り「ただのフリーター」へと格下げされたのだ。
「フッ……素晴らしい手際です、イレギュラーの少年」
一部始終を見ていたルーベンスが、満足げに頷いた。
「『勇者』という保護ステータスが外れたのなら、法的手続きはよりスムーズになります。……さあ、ブレイド元勇者。貴方の再就職先は、我がゴルド商会が手配しました」
黒服のオークたちが現れ、ブレイドの両脇をガッチリと固める。
「離せ! 私はコンサルだぞ! CFOだぞ! こんな底辺の仕事など――」
「時給850Gで金貨5億枚を返すには、不眠不休で約6万7000年ほどシフトに入っていただく必要がありますね。安心してください、休憩時間(15分)は法に則って与えますよ」
ルーベンスの冷酷な言葉と共に、ブレイドは絶望の叫びを上げながら、リゾートの奥へと引きずられていった。
「……あーあ。哀れなもんですぅ。でも、自業自得ですね」
クロエが、引きずられていく元上司の後ろ姿を見て、あっけらかんと言う。
「これで、本当に全部終わりましたね。ご主人様」
ルナが、憑き物が落ちたような晴れやかな笑顔で俺を見上げた。
「ああ。ポポロ村に対する『敵対的買収(TOB)』は、これにて完全防衛完了だ」
俺たちは、もはや誰のモノでもなくなった無人の高級リゾートに背を向けた。
ふるさと納税で手に入れた莫大な資金と、新しく確立した物流ルート。そして、過去のトラウマを乗り越えた仲間たち。
さあ、村に帰って、本当の意味での「スローライフ(温泉旅館開発)」の仕上げに取り掛かろう。




