EP 8
総力戦(カニ漁)と、神々のブチギレ物理タコ殴り
『ギシャアアアアアアアアアアアアッ!!!!』
全長数百メートル。魔工船『マグローザ・ホープ』の十倍以上の巨体を誇る伝説の魔獣『エンペラー・キングクラブ』が、その山のようなハサミを振り下ろした。
ドォォォォォォォォォンッ!!!!
猛吹雪を切り裂き、巨大なハサミが甲板に直撃する。
鉄の甲板が飴細工のようにひしゃげ、船全体が悲鳴を上げて大きく傾いた。
「ぎゃあああああっ! 船が壊れる! 沈没するぞォッ!」
「ダメだ、魔砲も物理攻撃も通用しねぇ! あいつの装甲はオリハルコン以上だ!」
ゴメス班長やオークの船員たちが、恐怖に顔を歪ませて逃げ惑う。彼らが日々解体しているキングクラブとは、次元が違いすぎる。
これこそが、世界の終わりの光景だ。
だが、その地獄絵図の中で。
撒き餌を吐ききり、真っ白になって手すりにもたれかかっていた創造神ルチアナと魔王ラスティア、そして人魚姫リーザの三人が、ゆっくりと顔を上げた。
彼女たちの瞳には、恐怖など微塵もなかった。
あるのは、ただ一つ。
「……あいつ、何私の撒き餌を食べてドヤ顔してんのよ……」
「私の、私たちの80万K(8000円相当)と、10年分の労働契約……返してもらうわよぉ……」
「わたくしの……ルナミスマート支店建設の夢……返せぇぇぇっ!」
借金。そしてギャンブルでの大敗北。
その喪失感と怒りが、船の揺れや魔獣の咆哮を上書きし、彼女たちの魂を「この世で最も恐ろしい何か(債務者)」へと変貌させていた。
『ギシャァァッ?』
エンペラー・キングクラブが、首輪で魔力を封じられたはずの三人から漂う、殺気すら通り越した「怨念」に気づき、不審げにハサミを止めた。
「……よし、お前ら。借金をぶち壊すぞ」
俺は【世界編集】のウィンドウを展開したまま、ニヤリと笑って合図を送った。
システム制限により、魔力制限の首輪を外したり、カニのHPをゼロにしたりする全体的な編集は弾かれる。
だが、俺が狙ったのは、カニそのものではない。
カタカタカタ……ターンッ!
ーーー
【対象】エンペラー・キングクラブの『右腕・第三関節の『継ぎ目』の装甲』
【属性変換】『オリハルコン級の強度』 → 『腐った豆腐級の強度』に強制変換。
ーーー
全体はダメでも、ごくピンポイントの、しかも「概念的な強度」の書き換えなら、システムの網の目を潜り抜けられる!
俺がエンターキーを叩き込んだ瞬間、巨大なカニの右腕の関節部分が、微かに緑色に発光した。
「今だ! ルナ! クロエ! キャルル!」
「了解です、ご主人様! 神狼流包丁術・骨抜き!!」
ルナが闘気を爆発させ、甲板から巨大カニの右腕へと跳躍。豆腐のように柔らかくなった関節の継ぎ目に、マイ包丁を一閃させた。
ズバァァァァァッ!!
「特製・超々甲殻融解ポーション、ぶちまけますぅぅっ!」
続けざまに、クロエが錬金術で生成した最強の融解液を、ルナが開けた傷口に流し込む。豆腐の装甲が、一瞬にしてドロドロの液体へと変わる。
「月影流・顎砕き!!」
キャルルがマッハ1の蹴りを、豆腐と化した関節に叩き込んだ。
パキィィィィィンッ!!!!
山のような巨大なカニの右腕が、自重に耐えきれず、関節から綺麗にへし折れて、海へと轟音を立てて落下した。
『ギ、ギシャァァァァァァァァァァァッ!!??』
自分の最強の武器が一瞬にしてへし折られたことに、エンペラー・キングクラブがパニックを起こし、その巨体が甲板へと崩れ落ちた。
「……チャンスよ、ルチアナ! ラスティア!」
「ええ……私たちの、ペリカ(K)を返しなさいよォォォッ!!」
魔力はない。だが、彼女たちには、何千年、何万年と生きてきた存在としての、純粋な『肉体の強度』と、借金に対する『無限の怒り』があった。
「「「この、クソカニがああああああああああああああっ!!!!」」」
神と魔王と人魚が、崩れ落ちたカニの頭部(甲羅)目掛けて飛び掛かった。
「これは私の10万K! こっちは私の20万K! これは月人きゅんの会報誌代ぃぃぃっ!」
ルチアナが芋ジャージ姿で、カニの目に右ストレートを叩き込む。ドゴォッ!
「私の10年分の労働! 返せェェッ! 返せェェェェェェッ! この、甲殻類風情がぁぁっ!」
ラスティアがネグリジェ姿で、カニの眉間(?)に連続回し蹴りを叩き込む。ドカドカドカドカッ!
「わたくしの、黄金比のコンソメスープバー! ルナミスマートの特売日ぃぃぃっ!」
リーザが泣きながら、カニの口に両手パンチを叩き込む。バゴォッ!
魔法などいらない。ただの物理。ただの暴力。ただの怨念。
魔力を封じられた神々の、限界突破したブチギレ物理タコ殴りによって、オリハルコン以上の強度を誇るエンペラー・キングクラブの頭部装甲が、メキメキ、バキバキと音を立てて砕け散っていく。
『ギ、ギシャ……ギシャァァ……』
カニの瞳から光が消え、巨大な要塞が完全に動きを止めた。
伝説のS級魔獣が、借金まみれのオタク女神たちの物理暴力の前に、完膚なきまでに屠られた瞬間である。
甲板には、砕け散ったカニの甲羅と、そこから溢れ出した大量のカニ味噌と身が、地獄のような(しかし美味しそうな)カニカマ地獄を形成していた。
「……ふぅ。いい運動になったわ」
ルチアナが、カニ味噌にまみれた芋ジャージの袖で汗を拭う。
神の威厳など微塵もないが、その表情はスッキリとした爽快感に満ちていた。
俺はコタツ(世界編集版)から這い出し、拍手を送った。
「見事なタコ殴りだったな。さて、と」
俺がゴメス班長の方を振り返ると、彼は腰を抜かしたまま、口をパクパクとさせて硬直していた。
「……おい、班長。伝説のエンペラー・キングクラブだ。これ、シャバの金に直すといくらになるんだ?」
その時。
甲板の騒ぎを聞きつけ、鉄の扉を開けてルーベンスが現れた。
競馬新聞を小脇に抱え、眼鏡を押し上げながら、彼は動きを止めた巨大カニを一瞥した。
「……おやおや、まさか伝説のエンペラーを引き上げ、物理で撲殺するとは。『方法序説』にもあります、最も強い精神(借金への怒り)を持つ者が、最も強い肉体を制する、と。……素晴らしい、査定しましょう」
ルーベンスがタバコをくわえ、巨大カニの価値を魔導計算機で弾き出した。
「エンペラー・キングクラブ。装甲、カニ味噌、そして身。……その価値、金貨3000万枚(3000億円)相当」
「「「ええええええええええええっ!?!?!?」」」
「リーザ様の借金3000万ゴールド。……今ここに、完済と認めます。ゴルド商会の金融システムに、借金返済のログを記録しました」
ピロリロリン♪(※借金完済の軽快な通知音)
「「「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」」」
ルチアナ、ラスティア、リーザの三人が、カニ味噌まみれの体で肩を抱き合い、号泣しながら跳び上がった。
借金奴隷からの解放。地獄の蟹工船からの生還。
神と魔王とアイドルが、ただの「ゲロ」と「物理暴力」で勝ち取った、奇跡の勝利であった。




