EP 5
初期ヒロインの復権! 錬金術と神狼の解体ショー
――絶望の魔工船、地下賭場『チンチロ』の入り口。
「……入場には最低でも1万K(1000円相当)の軍資金が必要だ。すっからかんの貧乏人は帰んな!」
前日の夜。意気揚々と一攫千金を狙って地下へ降りた神と魔王と人魚姫は、入り口の黒服オークに無惨にも追い返されていた。
給料をビールと焼き鳥で使い果たした彼女たちには、サイコロを振る権利すら与えられなかったのだ。
そして、翌朝。
「……うぅっ、軍資金……。軍資金さえあれば、魔王の豪運でカニの殻剥き地獄から解放されるのに……っ」
「誰か……誰か私に1万K投資しなさいよぉ……必ず、必ず倍にして返すからぁっ……!」
解体プラントのベルトコンベアの前で、ラスティアとルチアナがゾンビのように呻いている。
リーザに至っては「5円……5円のスパチャでもいいですぅ……」と完全にうわ言を漏らしていた。
「お前ら、手が止まってるぞォ! さっさとそのキングクラブを解体しろォ!」
班長ゴメスのムチがピシリと鳴る。
目の前には、装甲車ほどの大きさがあるS級魔獣『キングクラブ』が鎮座している。
ルーベンスの『魔力制限の首輪』のせいで魔法が使えない今、オリハルコン並みの硬度を誇るこのカニの殻を、支給されたハンマー一つで割るのは、まさに拷問のような重労働だった。
「ご主人様。あの首輪が制限しているのは『魔力』だけですよね?」
「ん? ああ、システムログを見る限り、ブロックチェーンの制限がかかっているのは魔法に関するリソースだけだ。獣人の『闘気』や、物理的な『錬金術(調合)』までは制限されてないはずだぞ」
俺が答えると、銀色の毛並みを持つ神狼の少女、ルナが一歩前に出た。
「では、わたくしたちにお任せください。ここ最近、コタツに居座る神様たちのせいで出番が……いえ、ご主人様のお役に立てていませんでしたから!」
ルナは支給された解体用カニバサミをポイッと捨て、厨房で愛用している『マイ包丁』をスッと構えた。
「S級魔獣といえど、まな板の上に乗れば、ただの大きな『食材』です!」
ルナの全身から、凄まじい『闘気』が立ち昇る。
魔法ではなく、己の肉体と精神から練り上げられる純粋な力。
「神狼流包丁術・波おろし!!」
ザンッ!!
ルチアナたちがハンマーで叩いても傷一つ付かなかったキングクラブの巨大な脚が、関節の隙間を寸分の狂いもなく斬り裂かれ、美しい断面を見せてスッパリと切り落とされた。
「な、なんだとォ!?」
ゴメスの葉巻がポロリと落ちる。
「クロエ! 殻の分離をお願いします!」
「はいっ! 『失敗作』じゃない、わたくしの本気の錬金術をお見せしますぅ!」
天才錬金術師クロエが、リュックから取り出した数種類の薬品を空中で素早くブレンドし、カニの甲羅にぶちまけた。
それは俺の【世界編集】に頼らない、純粋な彼女の知識の結晶。
「特製・甲殻融解ポーションです! 身には影響を与えず、殻のカルシウム成分だけをピンポイントで脆くしますぅ!」
シュゥゥゥゥッ!
薬品を浴びたキングクラブの凶悪なトゲと装甲が、まるで柔らかいクッキーのようにフニャフニャに崩れていく。
「よし、身を取り出すぞ! キャルル!」
「お任せを! 月影流・乱れ鐘打ち(殻割りバージョン)!!」
ヤンキー村長キャルルが、マッハ1のスピードで残像を残しながらコンベアの上を駆け抜け、フニャフニャになった殻に次々と蹴り(闘気付き)を叩き込む。
パコンッ! パコンッ!と小気味良い音と共に、中から極上のカニの身だけが綺麗に飛び出してくる。
「はははっ、すごいなお前ら。完全にカニカマ製造工場じゃないか」
俺は腕組みをして、彼女たちの鮮やかな解体ショーを眺めていた。
チート能力が封じられても、俺の仲間たちはこれほどまでに有能で、頼もしいのだ。
「お、おい嘘だろ……。熟練の解体工でも、一日に3匹が限界のキングクラブを……たったの数分で50匹だとォ!?」
ゴメスが顔を引き攣らせて叫ぶ。
「班長さーん! コンベアが空になっちゃいましたよ! もっとカニ持ってきてください!」
ルナが満面の笑みで包丁を振るう。
その日、第三解体班のプラントは、三人のヒロインの八面六臂の活躍により、魔工船の歴史上最高となる『一日で500匹』という異常な解体記録を叩き出したのだった。
――その夜。換金所。
「……チッ。規定は規定だ。今日のてめぇらの稼ぎだ、持ってけ」
ゴメスが忌々しそうに、ドンッ!とテーブルに札束を積んだ。
その額、なんと『50万K』。
1K札がレンガのように積み重なった、まさに夢の軍資金の山である。
「わぁっ! ご主人様、これで美味しいご飯がたくさん買えますね!」
「クロエちゃん、キャルルちゃん、お疲れ様でした!」
「いい汗かきましたぁ!」
三人のヒロインが、自分たちの力で稼ぎ出した成果を前にキャッキャと喜んでいる。
俺も「よくやったな」と三人の頭を撫でてやろうとした、その時。
ズサァァァァァァッ!!!!
「「「リクト様ァァァァァァァッ!!(プロデューサーァァァッ!!)」」」
床を滑るようにして、三つの影が俺の足元にスライディング土下座をかました。
神、魔王、アイドル(リーザ)である。
三人の目は、積み上げられた『50万K』の札束に血走るほど釘付けになっていた。
「お願い! お願いリクト君! そのお金、私たちに貸して!! 必ず、チンチロで100倍にして返すからぁっ!」
「魔王の、魔王の豪運を信じなさい! 絶対に、絶対に増やしてみせるわ!!」
「50万K……50万Kあれば、一晩で借金3000万ゴールド全額返済できる大勝負ができますぅぅっ!」
ギャンブル中毒者の、もっとも信用してはいけないセリフ第1位である。
「……お前らなぁ。これはルナたちが汗水流して――」
「貸してあげましょう、ご主人様」
俺の言葉を遮ったのは、神狼ルナだった。
彼女は、慈愛に満ちた(しかしどこか冷ややかな)微笑みを浮かべて、50万Kの札束を三人の前にポンと置いた。
「ルナ!? いいのか?」
「はい。この方々は一度、どん底まで痛い目を見ないと治りませんから。それに……もし全部スッてしまっても、またわたくしたちがカニを剥けばいいだけです」
「ル、ルナちゃぁぁぁんっ! マジ天使! いや神狼! 一生愛してるわぁぁっ!」
ルチアナたちは札束をひったくると、狂喜乱舞しながら地下の賭場へと猛ダッシュで消えていった。
「……全部溶かすぞ、あいつら」
「ええ。ですがご主人様、その時はわたくしたちが一緒にオトシマエをつけてあげましょう。それが、スローライフの仲間というものです!」
ルナの凛とした横顔を見て、俺は小さく笑った。
ヒロインの成長と、神々の果てしない堕落。
いよいよ、地獄の地下賭場『チンチロ』での大勝負(大敗北)の幕が上がる。




