EP 3
ようこそ魔工船へ。船内通貨『K』とカニ地獄
吹き荒れる猛吹雪。荒れ狂う極寒の北の海。
その漆黒の海原を、巨大な氷山を砕きながら進む一隻の巨大な鉄の塊があった。
ゴルド商会とアバロン魔皇国が共同運営する、S級魔獣キングクラブ解体専用の巨大船――『絶望の魔工船』である。
「うぅぅ……寒い、寒すぎるわ……。私の芋ジャージ、裏起毛じゃないのに……」
「ドレスの下にヒートテック着てくればよかった……」
船底の大部屋で、創造神ルチアナと魔王ラスティアが、薄暗い毛布に包まってガタガタと震えていた。
その隣では、借金の元凶である人魚姫リーザが、「お腹空きましたぁ……」と生気の抜けた顔で天井を見つめている。
彼女たち三人の首には、赤黒く光る重厚な『魔力制限の首輪』がガッチリと嵌められていた。ルーベンスが用意した、神や魔王の規格外の力すらも一般人レベルにまで封じ込める特製の拘束具だ。
俺の【世界編集】も「ブロックチェーン(絶対債務契約)」に弾かれているため、この首輪のステータスをいじることはできない。
「いいか新入り共ォォォッ!! さっさと整列しろォ!!」
バンッ!と鉄の扉が蹴り開けられ、筋骨隆々の巨漢のオーク(班長)が、ピシリと革のムチを鳴らしながら入ってきた。
「俺がこの第三解体班の班長、ゴメスだ! お前らがシャバで神だろうが魔王だろうがアイドルだろうが知ったこっちゃねぇ! ここは魔工船! 借金を返すまでは、お前らはただのカニの殻剥きマシーンだ!」
「ひぃぃっ!」
リーザが身をすくませる。
「さて。お前らの背負った借金は3000万ゴールドらしいな。だが、この船の中じゃあ、シャバの金は一切通用しねぇ」
班長ゴメスが、懐から分厚い札束のようなものを取り出した。
それは、粗悪な紙に謎の肖像画が雑に印刷された、おもちゃのような紙幣だった。
「わぁっ! お金ですか!? これでパンの耳が買えるんですか!?」
リーザが目を輝かせる。
「そうだ! この船での給料は、すべてこの独自通貨『K』で支払われる! 1K、10K、100Kと数えるんだ!」
「……K? なんの略だ?」
俺が胡散臭そうに尋ねると、ゴメスは邪悪な笑みを浮かべた。
「『ケツフキ』のKだ!!」
「ケツフキ!?」
「そうだ! シャバじゃあケツを拭く紙にもならねぇクズ通貨だからな! だが、この魔工船の中じゃあ、この『K』が命の次に大事なもんだ! 水も、飯も、毛布も、全部この『K』で買うんだよ!」
なんて最悪なネーミングの通貨だ。
「ちなみに、1Kはシャバの金に換算するといくらになるんですかぁ?」
キャルルが恐る恐る尋ねる。
「レートは……100Kで、やっと1ゴールド(1万円)だ」
「「「ええええええええっ!?」」」
ルチアナとラスティアが絶叫した。
「ちょ、ちょっと待って! 借金3000万ゴールドってことは……30億K稼がないと帰れないってこと!? 一生カニの殻剥いても終わらないじゃないのぉぉぉっ!!」
「フハハハハッ! その通り! お前らはここで一生、カニの臭いにまみれて朽ち果てるんだよ! さあ、絶望したら仕事の時間だ! 持ち場につけェッ!!」
ゴメスの容赦ないムチの音と共に、俺たちの地獄の労働が始まった。
――魔工船・解体プラント。
巨大なクレーンで海から引き揚げられた、軽自動車ほどの大きさがある凶暴な『キングクラブ』が、次々とベルトコンベアに乗せられてくる。
俺たちは横一列に並び、配られた巨大なハンマーとカニバサミで、ひたすらその硬い殻を剥き、身を取り出す作業を強いられていた。
「うっ、うぅっ……私の、エステで磨き上げた爪が……カニの汁でギトギトに……」
「くそっ、魔王の私がなんでこんな甲殻類を……ッ。硬い、硬いわよこれぇっ!」
魔力を封じられたルチアナとラスティアは、慣れない重労働に涙目になりながらハンマーを振り下ろしている。
リーザに至っては、空腹と疲労でフラフラになりながら、「これはカニカマ……カニカマを錬成する修行ですぅ……」とブツブツ呟いていた。
「ご主人様! カニ味噌が飛び散るので、わたくしの後ろに隠れていてください!」
「わたくしの錬金術で作った『殻溶かしの薬』を使えば、少しはマシになりますぅ!」
「ふんっ! 月影流・カニ割り!!」
ルナ、クロエ、キャルルの三人は、持ち前の身体能力と技術でなんとかノルマをこなしているが、それでも労働環境は劣悪を極めていた。
(……チートが制限された状態での泥臭い労働。これもまあ、スローライフのスパイスとしては悪くないが……)
俺はカニの脚を折りながら、周囲を観察した。
いくら真面目に働いたところで、あの『K』というふざけた通貨のレートでは、本当に80年はかかる。
だが、あのゴメス班長の態度のデカさと、船の奥から微かに聞こえてくる「サイコロの音」。
(……裏があるな。借金持ちからさらに『K』を巻き上げる、クソみたいなシステムが)
「うわああああんっ! カニの棘が指に刺さりましたぁぁぁっ! もう嫌ですぅぅっ!」
リーザが泣き崩れる横で、俺は静かに反撃の機会を窺っていた。




