第五章 FX奴隷戦士と絶望のキングクラブ魔工船
アイドルの熱帯夜と『魔導ファミコン』
ルナミス帝国とレオンハート獣人王国の「経済的自滅」による終戦から、数日が経過した。
ポポロ村の村長宅の朝。
リビングのテーブルには、ルナが作ってくれた『月見大根のお味噌汁』と『ほかほかのサンライス(白米)』、そしてキャルルが差し入れてくれた新鮮な『人参サラダ』が並び、平和なスローライフの香りが漂っていた。
だが、その食卓の隅で。
絶世の人魚姫リーザは、相変わらず「パンの耳」と「スーパーの半額もやし(塩茹で)」をかじっていた。
「……なぁ、リーザ」
「はいむしゃむしゃ! なんでしゅかプロデューサー(リクトさん)!」
「お前、こないだのライブで両大国から数千万ゴールド(数百億円)単位のスパチャ貰ったよな? なんでまだパンの耳食ってんだよ」
俺が至極真っ当なツッコミを入れると、リーザはもやしを飲み込み、エッヘンと誇らしげに胸を張った。
「アイドルたるもの、得た利益はすべて『ファンへの還元』に使うのが常識です! ポポロ村の道路の舗装費、新作のライブ衣装代、それから超高画質の『リーザ公式ファンクラブ会報誌(フルカラー100ページ)』の印刷代に全額突っ込みました!」
「……お前、自分の食費や生活費は?」
「アイドルの輝きはハングリー精神から生まれるんです! それに、村の皆さんから差し入れでもらう『廃棄予定の野菜』の味が、一番体に馴染むんですぅ!」
ブレない。この人魚姫、金銭感覚が完全にバグっている。
キャルルが「リーザちゃん、わたくしの卵焼きも食べますか?」と心配そうに尋ねるが、リーザは「施しは受けません!」とキリッとした顔でパンの耳をかじり続けていた。
ーーー
そして、その日の夜。
熱帯夜で寝苦しいポポロ村の村長宅リビングで、事件は起きた。
「あー、暇。月人きゅんのライブDVDも30周しちゃったし、何か面白いことないかしら」
芋ジャージ姿でコタツ(夏なので冷感仕様に【世界編集】済み)に寝転がっていた創造神ルチアナが、ビール片手にぼやいた。
その隣では、魔王ラスティアが『月人ファンクラブ会報誌』を舐めるように熟読している。
「あ、そうだ! リーザちゃん、ちょっとこれやってみない?」
ルチアナが空間収納から取り出したのは、地球のレトロゲーム機にそっくりな、赤と白のツートンカラーの機械だった。
「なんですか、これ?」
「ゴルド商会が最近開発した『魔導ファミコン』よ! なんでも、魔導通信網(T-ネットワーク)に繋いで遊ぶ最新鋭のゲームらしいわ。私、アクションゲームは苦手だから、この『FX奴隷戦士』ってやつをあげる」
ルチアナがカセットフゥーッ!と息を吹きかけて本体に差し込む。
魔導モニターに映し出されたのは、ドット絵の簡素なタイトル画面と、赤と青の『グラフ(チャート)』が上下する画面だった。
「エフエックス……ドレイセンシ?」
「お金を売り買いして、仮想通貨を増やすシミュレーションゲームみたいね。暇つぶしにはちょうどいいんじゃない?」
「わぁっ! 私、ゲームなんて初めてです! やってみます!」
リーザが目を輝かせてコントローラーを握る。
だが、画面には『プレイするにはL-Pay(QR決済)の初期残高リンクが必要です』という無機質なシステムメッセージが表示された。
「あ、あの……私、自分の口座残高が0ゴールドなんですけど……」
「んー? あ、じゃあ私とラスティアのサブ口座をリンクさせといてあげるわ。ガチャ用のへそくりが数千ゴールド(数千万円)入ってるから、適当にゲームのポイントとして使っていいわよ」
「えっ、いいのルチアナ? まあ減るもんじゃないし、いいわよ。パスワードは『TSUKITO-LOVE』ね」
神と魔王が、なんの疑いもなく恐ろしい言葉を口にした。
リーザが言われた通りにパスワードを入力すると、画面の右上に『残高:3000万G』という凄まじい数字が表示された。
「わぁーっ! いきなり大富豪からのスタートですね! よし、頑張ってゲームのスコアをカンストさせちゃいますよーっ!」
深夜2時。
リビングには、赤と青のロウソクのようなグラフ(ローソク足)を見つめるリーザの姿があった。
「あ! グラフが下がりました! ここで『買う』を押せばいいんですね! ポチッ!」
ピロリン♪
「わぁっ! 上がった! ゲームのスコア(利益)が1000Gも増えました! 私、これ得意かもしれません!」
リーザは完全にゲーム感覚だった。
目の前の数字が、大国の国家予算レベルの『本物の現金(神と魔王のへそくり)』であることなど、知る由もない。
「んん? 『レバレッジ』? 数字をいじれるみたいですね……マックスの『1000倍』に設定、と。おおーっ! なんだか必殺技みたいでカッコいいです!」
彼女は押してしまった。
ゴルド商会が裏で提供している、超ハイリスク・ハイリターンのリアル為替トレードツール。
その、絶対に初心者が手を出してはいけない「破滅のボタン」を。
「よし! グラフがちょっと下がったから、ここで全力の『買い(ロング)』です!!」
リーザがコントローラーのAボタンを、無邪気な笑顔で、力強く押し込んだ。
ーーー翌朝。
「ふぁぁ……よく寝た。ルナ、今日の朝飯は――」
俺があくびをしながらリビングの扉を開けた瞬間。
「…………ぁ、……あ…………」
魔導モニターの前に、正座したまま硬直しているリーザの姿があった。
彼女の顔は、死人のように蒼白だった。
瞳孔は開ききり、口からは一筋のよだれが垂れている。
画面に映し出されていたのは、地獄に向かって垂直に突き刺さるような、巨大な『青いローソク足(大暴落)』。
そして、画面の中央には、無慈悲な赤い文字が点滅していた。
『強制ロスカットが執行されました』
『現在の口座残高:-(マイナス)3000万G』
『追証(借金)の支払い期限は、本日正午までとなります』
「…………プロ、デューサー……」
振り返ったリーザの瞳からは、一滴の血の涙がこぼれ落ちた。
「私……なんか、ゲームのスコアが……マイナスに、なっちゃい、まし、た……」
絶望の朝が、始まった。




