EP 8
戦争キャンセル。機能不全に陥る最強軍団
ポォォォォンッ!!
魔導戦車の主砲から放たれた極大の魔力弾が、空中でパカッと真っ二つに割れた。
中から「祝・ポポロ村!」と書かれた巨大な垂れ幕と、大量のカラフルな紙吹雪が舞い散る。
「……なっ!? なんだこれは! 幻術か!?」
ルナミス帝国・近衛騎士団長キュロスが、目をひん剥いて怒鳴った。
だが、異常はそれだけではない。戦場全体を包み込むように、どこからともなく陽気な音楽が爆音で流れ始めたのだ。
『♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン〜』
『♪月よ〜月で〜頭は ハーゲハゲでピーカピカ〜』
「な……ッ! これは、宴会で定番の『ハゲたぬきのポンポコ節』!? なぜ戦場でこんなふざけた曲が!」
混乱するキュロスをよそに、上空から獣人王国の近衛騎士団長ハガルが、双剣を構えて急降下してきた。
「ルナミスの小賢しい幻術など、我が闘気で叩き斬る! 死ねェェェッ!!」
ハガルは『野生の呼び声』の如く全理性を捨て、極限の殺意を双剣に乗せてキュロスの首を狙う。
リクトの編集ルール①『殺傷能力は、宴会芸のクオリティに変換される』。
そしてルール②『敵意・闘争心は、コタツの暖かさに変換される』。
ハガルの双剣がキュロスに届く、その直前。
「……あ、れ?」
猛烈な殺意を放っていたはずのハガルの全身を、突如として『極上のぬくもり』が包み込んだ。
まるで、真冬の吹雪の中で、熱いお茶を飲みながら首までコタツに潜り込んだような、絶対的な安心感と弛緩。
「な、なんだこの……抗いがたい温かさは……ッ。俺の、冷徹な殺意が……溶けていく……」
「貴様、何をした! ならば俺の魔導名刀『残心』で――」
キュロスがハガルを迎え撃つべく、刀を抜いて渾身の力で斬り上げた。
だが、その太刀筋から放たれたのは斬撃ではなかった。
シュパパパパッ!
「むぐっ!?」
キュロスの刀から放たれたのは、見事に皮を剥かれた『甘くて美味しいみかん』だった。それがスポッ、スポッ、と連続でハガルの口の中に飛び込んでいく。
「な……甘い。そして美味い。……馬鹿な、俺の剣戟が、ただのみかんの給仕に……!?」
「ええい、ならば魔導小銃『死地』だ!」
キュロスが至近距離から銃の引き金を引く。
ポスッ。
銃口から「バーン!」と書かれた小さな旗が飛び出し、ピロピロと情けない音を立てた。
「おのれぇぇぇっ! 幻術の術者を叩き潰せ! 全軍、突撃を――」
キュロスとハガルが自軍を振り返ると、そこにはさらに地獄(天国?)のような光景が広がっていた。
「隊長ぉ……なんだか、すごく眠いですぅ……」
「うへへぇ、おコタ最高……おやすみなさーい……」
空から降ってきた帝国軍の『自爆ドローン』は、爆発する代わりにパカッと開いて急須と湯呑みセットを提供し、兵士たちは戦車をテーブル代わりにしてお茶会を始めていた。
獣人軍の兵士たちに至っては、騎乗していた恐ろしいジオ・リザード(竜)のお腹を枕にして、完全に丸くなって爆睡している。
強い殺意と闘争心を持っていた精鋭ほど、強力な「コタツの暖かさ」に変換されてしまい、もはや立つことすらできないのだ。
『♪お尻はツールツル〜 ターマターマはマ〜ルマル〜!』
『ソレ! ヨイヨイ!』
あろうことか、殺意の薄かった後方の兵士たちは、武器を放り捨てて『ポンポコ節』に合わせて完璧なラインダンスを踊り始めていた。
攻撃力が宴会芸のクオリティに変換された結果、彼らの動きは王立劇団すら青ざめるほどの一糸乱れぬキレを見せている。
「な、なんてことだ……。我がアイアン・レギオンの鉄の規律が……ポンポコ踊りに……」
「俺の……野生の牙が……みかんの甘さに……負ける……」
キュロスとハガルは、ついにその場にへたり込んだ。
二人の顔は、戦士のそれではない。完全に休日のお父さんがテレビを見ながらうたた寝する直前の、だらしなく緩みきった顔だった。
「……『自省録』にもある。変えられない運命は、受け入れるしかない、と……。皇帝陛下、申し訳ありませ……スヤァ」
「『葉隠』……武士道とは、死ぬことと見つけ……いや、冬眠することと見つけたり……。おやすみ、アーサー王……」
ズズーン。
両大国が誇る最強の騎士団長が、架空のコタツの魔力に屈し、仲良く背中を預け合って眠りに落ちた。
――ファミレス『ルナキン』の窓際席。
「よしよし。これで世界平和は守られたな。……あー、ごちそうさま。納豆はやっぱり美味い」
俺は空になったお椀を置き、満足げに食後の緑茶をすすった。
「す、すごいですご主人様! 外の軍隊さんたち、みんな楽しそうに踊ったり寝たりしてますよぅ!」
クロエが窓にへばりついて、外のカオスな光景を見つめている。
「でも、リクトさん。この魔法(?)を解いたら、またケンカ始めちゃいませんか?」
キャルルが的確な指摘をした。確かに、編集を解除すれば彼らは我に返って再び殺し合いを始めるだろう。
「そうだな。完全に戦意をへし折る『トドメ』が必要だ」
俺がそう呟いた時だった。
「プロデューサー(リクトさん)!!」
バンッ!とテーブルを両手で叩き、人魚姫リーザが立ち上がった。
無料のスープとジュースで完全に腹を満たし、その瞳には「アイドルとしての使命感」がメラメラと燃え上がっている。
「外を見てください! あんなにたくさんの人たちが、退屈そうに寝たり踊ったりしています! あれは『ステージを待っている観客』です!」
「いや、軍隊だけどな」
「同じです! 私、行きます! あのみんなの心を、私の歌で一つにしてみせます!」
リーザは自分の『みかん箱』を小脇に抱え、ファミレスの出口へと走り出した。
ただタダ飯を食っていただけの極貧人魚が、数万の軍隊の前に躍り出る。
「ルナ、クロエ、キャルル。俺たちも行くぞ。最高のステージを用意してやろう」
俺は【世界編集】のウィンドウを開いたまま、ファミレスを後にした。
平和な経済的ざまぁ(スパチャ地獄)の幕開けである。




