EP 7
ルナキンの朝定食と、リクトの『ルール変更』
窓の外では、大地を揺るがす軍靴の音と、ジオ・リザード(竜)の咆哮が響き渡っている。
ルナミス帝国の魔導戦車が大砲の仰角を合わせ、獣人王国の近衛騎士団がパワード・ファーの出力を最大まで引き上げる。
両軍の放つ凄まじい殺気と魔力が激突し、ポポロ村の空気をビリビリと震わせていた。
「全砲門、照準固定。目標、獣人の野蛮なる騎士団。……放て!」
「我らが牙の鋭さ、鉄クズ共に思い知らせてやれ! 全騎、突撃ィィッ!」
騎士団長キュロスと、騎士団長ハガルの号令が、戦場に響き渡る。
数万の軍勢が、殺戮の嵐を巻き起こさんと動き出した、まさにその瞬間。
――カチャカチャカチャ、ズルズルッ。
「……うん、やっぱりルナキンの朝定食は、この納豆と目玉焼きの組み合わせに限るな」
ポポロ村の中心。
24時間営業のファミレス『ルナキン』の窓際席で、俺はほかほかの白飯に納豆を乗せ、幸せそうに頬張っていた。
「はいっ! ご主人様、お味噌汁もどうぞ! ネギ多めにしておきました!」
隣に座るルナが、甲斐甲斐しくお椀を差し出してくれる。
「あら、リクトさん。目玉焼きにはお醤油ですか? ソース派ですか? わたくしは断然お醤油です!」
ヤンキーの面影など微塵もない、ぽわぽわとした笑顔で、キャルルがトーストに目玉焼きを乗せながら聞いてくる。
「えへへぇ……。ドリンクバーのメロンソーダとカルピスを混ぜると、最高にリッチな味がしますぅ……。スープバーのコンソメスープも、パンの耳に染み込ませると高級フレンチみたいですぅ……」
向かいの席では、極貧人魚アイドルのリーザが、無料のスープバーとドリンクバーで天国にいるような顔をして昇天しかけていた。
ちなみに、ライブの疲労が抜けきらない神と魔王と聖獣は、村長宅のコタツで未だに爆睡中である。
「……なぁ、キャルル。外、なんかすごい数の軍隊がドンパチ始めそうになってるけど、いいのか?」
俺が窓の外を指差すと、キャルルはストローでオレンジジュースを啜りながら小首を傾げた。
「んー、そうですねぇ。ポポロ村は三国間の不可侵条約で守られてる緩衝地帯なんですけど、たまに熱くなった方々が勝手に入ってきちゃうんです。でも、大丈夫ですよ。いざとなったら、わたくしがまた『お話し合い(物理)』をしてきますから」
キャルルの瞳の奥で、一瞬だけ満月の夜に見せた『ヤンキーの狂気』がチラついた気がした。
あの両国の精鋭部隊を「終わらない回復ヤキ入れ」で陥落させた恐怖の村長である。確かに、彼女が単身で突っ込めば両軍とも壊滅するだろう。
だが、休日の朝だ。しかもこんな平和なファミレスの食事中に、血なまぐさい(あるいはトラウマ必至の)大乱闘など見たくない。
外から響く「撃てぇーっ!」「殺せぇーっ!」という雄叫びが、どうにも飯を不味くする。
「……休日の朝っぱらから、騒がしい連中だ」
俺は箸を置き、空中に【世界編集】のウィンドウを展開した。
「ご主人様? 何か編集されるんですか?」
「ああ。村の『フィールドルール』を少しだけ書き換える」
俺はキーボードに指を這わせ、ポポロ村全域を対象とした広域のルール変更コードを打ち込み始めた。
カタカタカタ……ターンッ!
ーーー
【対象エリア】ポポロ村および周辺5km圏内
【広域ルール変更:属性変換】
①『殺傷能力(攻撃力)』 → 『宴会芸のクオリティ』に強制変換。
②『敵意・闘争心』 → 『快適な温度(コタツの暖かさ)』に強制変換。
③『着弾効果』 → 『無害な紙吹雪とBGM』に変更。
ーーー
「よし、これでいい。……実行」
ターンッ!という軽快なタイピング音と共に、ポポロ村一帯を覆うように、目に見えない半透明の『システム・ドーム』が展開された。
物理法則そのものが、俺の意のままに書き換えられた瞬間である。
「さて、と。冷める前に納豆飯食うか。リーザ、そのスープバーのおかわり、ついでに俺にも取ってきてくれ」
「はいっ! わたくし、完璧な黄金比でコンソメとお湯をブレンドしてきます!」
――そして、窓の外。
「喰らえ、野蛮な獣共! 魔導戦車、主砲発射ァァァッ!!」
キュロスの号令と共に、ルナミス帝国が誇る魔導戦車の砲門から、絶大な魔力が解き放たれようとしていた。
さらに上空からは、無数の自爆ドローンが獣人の陣形目掛けて急降下を開始する。
「フン、その程度の鉄の塊、我が闘気で叩き斬ってくれるわ! 全騎、防御は捨てるぞ! 肉を斬らせて骨を断て!」
ハガルが双剣に極限の闘気を注ぎ込み、パワード・ファーの推進力を爆発させて、放たれた魔導大砲の弾道へ向かって真っ向から跳躍した。
最強の矛と、最強の刃が交差する。
誰の目にも、焦土と化す悲惨な戦場が思い浮かんだ、次の瞬間。
ポォォォォンッ!!
「……へ?」
魔導戦車の主砲から放たれた極大の魔力弾が、空中でパカッと真っ二つに割れ。
中から「祝・ポポロ村!」と書かれた巨大な垂れ幕と、大量のカラフルな紙吹雪が舞い散った。
そして、戦場全体に、どこからともなく軽快な三味線と太鼓の音が響き渡り始めたのだった。




