EP 6
両大国、本気の激突。アイアン・レギオンvs誇り高き獣
――ルナミス帝国・帝都。
大理石で作られた冷徹な円卓の間に、重苦しい沈黙が降りていた。
「……内務卿オルウェル。もう一度言いたまえ。我が帝国の誇る第8魔導隠密部隊が、何に敗北したと?」
常に論理的で感情を表に出さないマルクス皇帝が、眉間を揉みながら尋ねた。
「はっ。……信じ難いことですが、彼らのウェアラブル端末から送られてきた最後の音声データによりますと……『人参の絶叫で鼓膜が破れた』『キャベツにL-Payの履歴を暴露された』。そして極めつけは、月兎族の少女に『超回復を伴う無限の暴力』を受け、最終的に彼女を『姉御』と呼んで忠誠を誓った……とのことです」
抑揚のないオルウェルの声が、逆に事態の異常さを際立たせる。
円卓を囲む将軍たちが、幽鬼でも見たかのように青ざめた。
「国家という巨大な魔導機械に、計算不能な狂気が混入したか……」
マルクス皇帝が静かに立ち上がる。
便利で清潔な「ルナミスの秩序」を脅かす、前時代的な暴力とギャグの奔流。それは、彼が築き上げた絶対的な社会構造に対する明確な反逆であった。
その時、円卓の末席から、重厚な足音を響かせて一人の男が進み出た。
近衛騎士団「アイアン・レギオン」総長、キュロスだ。
「陛下。我ら帝国軍の誇りが、泥に塗れました。便利な道具に頼り切った隠密部隊の軟弱さが招いた失態。……なればこそ、今こそ『鉄の規律』と『圧倒的な武』をもって、あの村の混沌を浄化すべきです」
キュロスの腰に佩かれた魔導名刀『残心』が、主の静かなる怒りに呼応して微かに震える。
政治の延長としての暴力。それを最も効率的かつ冷徹に執行する「武の権化」の進言に、皇帝は小さく頷いた。
「よかろう。キュロスよ、魔導戦車大隊および自爆ドローン部隊の全権を委ねる。秩序をもたらしてこい」
――同時刻。レオンハート獣人王国・王都。
こちらもまた、屈強な獣人たちが言葉を失い、戦慄していた。
「……我が国の最高戦力たる『シャドウ・ファング』が、豆にズボンを下ろされた挙句、ウサギの軍門に下っただと?」
黄金のたてがみを揺らし、アーサー獣人王が低く唸る。
内務官のサイラスが、いつもの穏やかな笑みを完全に消し去り、冷や汗を拭いながら報告を終えたところだった。
「はい。現在彼らは、ポポロ村の畑で『姉御のためなら!』と涙を流しながら草むしりに従事している模様です。……未知のフェロモン、あるいは洗脳魔法の類かと」
「馬鹿な……我ら獣人の『群れの掟』を上書きするほどの存在がいるというのか」
王の言葉に、玉座の傍らに控えていた近衛騎士団長ハガルが、ギリッと牙を鳴らした。
その全身に刻まれた豹柄のタトゥーが、怒りの闘気によって赤熱している。
「王よ! 我が同胞が受けた屈辱、血で雪がねば獣の誇りは保てません! ルナミス帝国の鉄クズ共も、あの村へ向けて出兵したとの情報が入っております」
ハガルは一歩前に出ると、その凶悪な双剣を抜き放った。
「私が直々に近衛騎士団を率い、原初の野生と電撃的な機動戦をもって、あの村の化け物ウサギも、ルナミスの鉄クズも、等しく引き裂いてご覧に入れます!」
「……行け、ハガルよ。我が王国の牙が未だ折れていないことを、世界に証明してこい」
かくして、二大超大国のメンツと誇りを懸けた、総力戦の火蓋が切って落とされた。
――翌朝。三国境の緩衝地帯、ポポロ村郊外。
地鳴りと共に現れたのは、黒光りするルナミス帝国の『魔導戦車』の大群と、空を覆い尽くす『長距離自爆ドローン』。陣頭指揮を執るのは、魔導防弾陣羽織を纏ったキュロス団長。
そして、その対向から巻き起こったのは、大地を揺るがす獣たちの咆哮。
強化外殻『パワード・ファー』を身に纏い、炎を吐く『ジオ・リザード』に騎乗した獣人王国の近衛騎士団。先頭を駆けるのは、闘気で空気を歪ませるハガル団長。
「ルナミス帝国の鉄犬共……退け! この村の獲物は我ら獣人王国のものだ!」
「野蛮な獣風情が。ここは既に、大ルナミス帝国の絶対防衛圏である。一歩でも進めば、魔導の業火で灰にするぞ」
キュロスとハガル。両大国の最強の武人が、ポポロ村を挟んで睨み合う。
一触即発。どちらかが剣を振り下ろせば、数万の軍勢が激突し、こののどかな農村は一瞬にして焦土と化すだろう。
風が止み、世界が息を呑んだ、まさにその時だった。
――カランコロン♪(軽快な入店チャイム)
村の中心に位置する『ルナキン・ポポロ支店(24時間営業ファミレス)』の窓際席。
両軍の殺気が窓ガラスをビリビリと震わせる中、リクトは大きくため息をつきながら、朝定食の納豆をかき混ぜていた。
「……休日の朝っぱらから、外でドンパチ騒がしいな」
「ご主人様、納豆のタレ、わたくしが開けますね!」
絶望的な世界大戦の開戦と、ファミレスでのスローライフな朝食。
極限のシリアスを、リクトの【世界編集】が全て上書きする瞬間が、すぐそこまで迫っていた。




