EP 4
ポポロ村の自然防衛システム
『――ギィヤアアアアアアアアアアアアッ!!!!』
深夜のポポロ村に、耳をつんざくような絶叫が響き渡った。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
ルナミス帝国・第8魔導隠密部隊の隊長が、インカム越しに叫ぶ。
彼らは夜の森の僅かな音すら拾うため、魔導ヘルメットの『超高感度集音センサー』を最大に設定していた。そこに、至近距離から120デシベルを超える絶叫を叩き込まれたのだ。
「隊長! 鼓膜が……集音センサーがイカれましたぁっ!」
「馬鹿な! 我が軍の光学迷彩は見破られていないはず! 何者が悲鳴を――」
隊長が足元を見ると、土の中からスポーン!と飛び出してきた『二本足の巨大な人参』が、涙目になりながら凄まじい勢いで走り去っていくところだった。
「……は?」
「に、人参が……走って逃げていきました……」
帝国が誇る最精鋭たちは、あまりのシュールな光景に思考をフリーズさせた。
あれはポポロ村名物『人参マンドラ』。引っこ抜かれると絶叫して脱走する、ただの煩い野菜である。
「ええい、構うな! ただの魔獣(?)だ! 音を聞きつけた村の自警団が来る前に、畑を突っ切って村長宅を制圧するぞ!」
一方その頃。
悲鳴を聞きつけたレオンハート獣人王国の隠密部隊『シャドウ・ファング』も、計画の変更を余儀なくされていた。
(チッ……ルナミスの阿呆共が何か踏みやがったな。我々は音を立てず、この豆畑を迂回して村へ侵入するぞ)
隊長がハンドサインを出し、カメレオン族の透明化能力を展開したまま、時速100kmの風となって豆畑の中を駆け抜けようとした。
だが、彼らが飛び込んだのは、ポポロ村のもう一つの特産品『ダイズラ豆(畑の肉)』の群生地だった。
ズラッ。
「……え?」
先頭を走っていた隊長の両足首に、強烈な拘束感が走った。
見れば、足元に生えていた豆のツルが、彼のズボンのベルトにガッチリと絡みついている。そして、そのままの勢いで――。
ズボォォォンッ!!
「あだぁっ!?」
時速100kmの慣性の法則と、ダイズラ豆の『強制的にズボンをズラす』という謎の概念干渉能力が合わさり、シャドウ・ファング隊長のズボンとパンツが、一瞬にして足首まで引きずり下ろされた。
「た、隊長!? お下着が丸見えです!」
「馬鹿野郎、俺はカメレオン族だ! パンツごと透明化しているはず――」
隊長が下半身を確認する。
悲しいことに、ダイズラ豆の魔法(?)はカメレオン族の種族特性すら上書きしており、真っ白なブリーフだけが闇夜にくっきりと浮かび上がっていた。
「ひぃっ!? 俺もズボンが!」
「ああっ、俺のヅラ(※毛量に悩む獅子耳族)が持っていかれたぁぁっ!」
最強の暗殺者集団が、次々とズボンを下ろされ、あるいはカツラを奪われ、豆畑の中でスッ転んで団子状態になっていく。
(……くそっ! どんな高度な対人トラップだ! 一旦、隣のキャベツ畑へ退避し、ズボンを履き直す!)
半泣きになったシャドウ・ファングの隊長が、ズボンを引き上げながら隣のキャベツ畑へと転がり込んだ。
と、同時に。聴覚を一時的に失ったルナミス帝国の隠密部隊もまた、身を隠すために同じキャベツ畑へと飛び込んできた。
ガサガサッ!
「……ッ!!(獣人国の暗殺部隊!?)」
「……ッ!!(ルナミスの魔導隠密!?)」
月明かりの下、キャベツ畑の中央。
全身ハイテク装備だが耳から血を流している帝国兵と、ズボンを半ケツ状態まで下げられた獣人の暗殺者たちが、バッタリと鉢合わせした。
一触即発。両大国の威信を懸けた、血で血を洗う死闘が今まさに始まろうとした――その瞬間。
彼らの足元に生えていたキャベツたちが、突如として喋り始めた。
『ひぃぃぃっ! 踏まないで! 代わりに極秘のネタ(三面記事)を提供するからぁ!』
『こいつ! こいつのL-Payの履歴、アイドルのリーザちゃんへのスパチャで今月の給料全部使い果たしてるよぉ!』
「な、なんだと貴様!? なぜ俺の決済履歴をキャベツが知っている!?」
帝国兵の一人が、顔を真っ赤にしてキャベツに魔導ライフルを向ける。
『そっちの獣人の隊長! クールな顔してるけど、本当は可愛いチワワ系の犬が怖くて、見かけると泣き出しちゃうんだってぇ!』
「や、やめろぉぉぉっ! 部下に威厳が保てなくなるだろうがぁぁっ!」
獣人の隊長が、半ケツのままキャベツの口(?)を塞ごうとダイブする。
そう。これこそが『ネタキャベツ』。
美味しいゴシップネタを暴露して命乞いをするという、諜報員にとってこの世で最も恐ろしい『情報漏洩兵器』である。
『あーっ! こいつの検索履歴、「上司 オルウェル 倒し方 呪い」だーっ!』
『こっちの獣人は、ハガル隊長のお弁当の唐揚げを勝手に食べたのを隠してるぞーっ!』
「やめろぉぉぉっ!!」
「俺の尊厳をこれ以上抉るなぁぁぁっ!!」
キャベツ畑から、大の大人の悲痛な絶叫が響き渡る。
最新鋭の魔導兵器も、野生の身体能力も、己の『恥部』を大音量で暴露してくるキャベツの前では完全に無力だった。
彼らはもう、互いに戦う意志すら失っていた。
ただひたすらにズボンを握りしめ、キャベツを黙らせようと畑を転げ回るだけの、哀れなピエロと化していた。
だが、彼らの地獄はこれで終わりではなかった。
「……ちょっと」
ふと、キャベツ畑の畦道に、一つの影が落ちた。
「こんな夜更けに、うちの可愛いお野菜たちをイジメてるのは、どこのどいつですかぁ?」
分厚い雲が風に流され、夜空に『満月』がくっきりと姿を現した。
その月明かりに照らされ、オーバーオール姿の月兎族の少女――キャルルが立っていた。
普段の優しく温厚な村長の面影はない。その瞳は血のように赤く光り、口元には好戦的な……いや、完全に「狂気」を孕んだヤンキースマイルが浮かんでいる。
満月の光を浴びた月兎族。
それは、あらゆる理性を飛ばし、無限の体力と暴力衝動を解放する『最恐のバーサーカー』の誕生を意味していた。
「あーあ。せっかくいい気分で寝てたのに……」
バキボキッ、と。
キャルルは首を鳴らし、両手に鈍く光る特注のダブルトンファーを構えた。
「お前ら全員、姉御が直々に『治療』を入れてやんよォ!!」
超大国の精鋭部隊に、真の絶望(物理&回復)が降り注ごうとしていた。




