EP 3
迫る超大国の影。ルナミス帝国と獣人王国の思惑
王都アルストロメリアの上空で、かつて世界を滅ぼしかけた大厄災『死蟲王サルバロス』が、文字通り「一瞬にして」データとなって消滅した事件。
その異常事態は、魔導通信網(T-ネットワーク)と各国の密偵を通じて、またたく間に大陸の二大超大国へと知れ渡っていた。
――ルナミス帝国・内務省 情報統括局。
「……王都を覆っていた次元の歪みと、推定HP一億の死蟲王が、わずか数秒で『消去』された、と」
壁一面に設置された魔導モニターの青白い光に照らされながら、内務卿オルウェルがモノクルの位置を直した。
彼の前には、帝国が誇るスーパーコンピューター『ビッグ・ブラザー』が弾き出した、膨大な観測データが羅列されている。
「エネルギーの痕跡から、神聖魔法と重力魔法、さらに聖獣の兵器波形が同時に観測されています。しかし、最も不可解なのは……それらを統括し、事象そのものを『上書き』した未知のコードの存在です」
オルウェルの部下が、緊張で冷や汗を流しながら報告する。
「その『未知のコード』の発信源は特定できたか?」
「は、はい! 王都から遠く離れた三国境の緩衝地帯……『ポポロ村』です」
「ポポロ村……あの月見大根の産地か」
オルウェルは一切の感情を交えない、機械のような声で呟いた。
「王都の国王や騎士たちは『神の奇跡だ』と狂喜しているようですが、我々にとって計算不能な『奇跡』は最も排除すべきノイズです。あの村に、世界のパワーバランスを根底から覆す『何か』が潜んでいるのは間違いない」
オルウェルは法執行ペンを執り、一枚の命令書にサインをした。
「内務省直属・第8魔導隠密部隊を出撃させろ。最新鋭の『光学魔導迷彩』と『無音自爆ドローン』をフル装備し、夜陰に乗じてポポロ村を制圧。未知の脅威を捕獲、あるいは排除せよ」
「はっ!」
帝国が誇る、非情なるシステムの歯車が動き出した。
――同時刻。レオンハート獣人王国・内務官執務室。
「……風の匂いが、変わりましたね」
犬耳族のサイラスは、特製のハーブティーを傾けながら、窓の外の月を見上げていた。
彼の鋭敏な嗅覚と、王国全土に張り巡らされた密偵たちの報告が、一つの真実を導き出していた。
「死蟲王の腐臭が一瞬で消し飛び、代わりに……圧倒的な『強者の匂い』が、ポポロ村から漂ってくる。獣の直感が告げています。あそこにいるのは、ルナミスの魔導兵器すら児戯に等しい、本物の怪物だと」
サイラスの言葉に、部屋の暗がりからスッと一つの影が現れた。
カメレオン族の特性を持つ、王国最強の隠密部隊『シャドウ・ファング』の隊長だ。
「サイラス様。いかがなさいますか」
「ルナミスのオルウェルも、間違いなくデータからこの異常に気付き、部隊を派遣するでしょう。我々は彼らの先を越さねばなりません」
サイラスは常に浮かべている穏やかな笑みを消し、冷徹な策士の瞳で命じた。
「『シャドウ・ファング』全隊出撃。透明化の特性と、獣の身体能力を極限まで高め、ポポロ村へ潜入しなさい。対象が何者であれ、我が国への脅威となる前に『聖なる首輪』で闘気を封じ、制圧するのです」
「御意」
影は音もなく、部屋から消失した。
――そして、深夜。
月明かりだけが照らす、静寂に包まれたポポロ村の境界線。
そこへ、二つの影の軍団が迫っていた。
一方は、ルナミス帝国の第8魔導隠密部隊。
全員が全身を光学魔導迷彩で覆い、熱源探知すら無効化する特殊スーツを着用。音を立てず、サーモグラフィーにも映らない『完璧な見えざる軍隊』。
もう一方は、レオンハート獣人王国の『シャドウ・ファング』。
カメレオン族の完全な透明化能力と、夜の森を時速100kmで駆け抜けながらも小枝一本踏み折らない『完璧な獣の暗殺者』。
二つの大国の最精鋭たちが、村を囲む巨大な農地(緩衝地帯)へと、それぞれ別方向から足を踏み入れた。
(……この村のどこかに、死蟲王を瞬殺した脅威が潜んでいる。気を抜くなよ。我々帝国軍の魔導テクノロジーの前に、敵などいない!)
(……匂いは消した。音も消した。我ら獣人の暗殺術から逃れられる者など、この世に存在しない!)
両部隊の隊長が、インカムとハンドサインで部下たちに極度の警戒を促す。
張り詰めた糸のような、極限のシリアスな緊張感が夜の農地を支配する。
――だが。
彼らは知らなかったのだ。
自分たちが足を踏み入れたこの農地が、ただの畑ではなく……常識を超越した『シュールすぎる大自然の防衛線(ギャグ生態系)』であることを。
ガサッ。
帝国軍の兵士の足先が、地面から僅かに顔を出していた「赤い葉っぱ」に、ほんの少しだけ触れた。
その瞬間。
『――ギィヤアアアアアアアアアアアアッ!!!!』
深夜のポポロ村に、耳をつんざくような絶叫が響き渡った。




