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EP 2

神も泣く『極貧ポイ活アイドル』リーザの衝撃

「あ、キャルルちゃんおかえりなさい! 見て見て、今日の朝、公園のラジオ体操に一番乗りしたら、おばちゃんから『茹で卵』を丸ごと一個もらえましたぁ!」

ポポロ村の村長宅。

リビングの真ん中に置かれた「みかん箱」の上にちょこんと座っていたのは、透き通るような水色の髪と、深海のように美しい瞳を持った絶世の美少女だった。

だが、その両手には「パンの耳」と「茹で卵」。テーブルにはボロボロのスタンプカードと、スーパーの半額シールが綺麗にファイリングされたスクラップブックが置かれている。

「……キャルル。あの子は?」

俺が尋ねると、キャルルは少し困ったように眉尻を下げた。

「わたくしがルナミス帝国で冒険者をしていた頃の、シェアハウスのルームメイトです。海中国家シーランから親善大使としてやってきた、人魚姫のリーザちゃんなんですけど……」

「人魚姫!? 一国の姫がなんでパンの耳なんかかじってんだよ!」

「あ、お客様ですか!」

リーザがみかん箱からピョコンと飛び降り、完璧な角度の愛想笑いとウインクを俺たちに向けた。

「はじめまして! 歌で世界を救う絶対無敵アイドル、リーザです! 皆さん、今日は私のライブ(※無料)に来てくださってありがとうございます! よろしければこちらの『ルナミスマート試供品ティッシュ』を受け取ってくださいね!」

流れるような動作で、街角で配っていそうなポケットティッシュを手渡される俺たち。

「えっと……アイドル?」

「はい! ルナミス帝国で一世を風靡したんですよ! 今はちょっと……その、フリーランスの地下アイドルとして、自分探しの旅をしているというか、活動資金をポイ活で稼いでいるというか……!」

「要するに、ブームが去って極貧生活を送ってるのよ」

キャルルがズバッと核心を突いた。

「キャルルちゃん! アイドルに貧乏は禁句です! これは『下積み』という名のスパイス! ルナミスデパートの化粧室のテスターで保湿し、献血のハンバーガーでタンパク質を補給し、交番の前で謎の反復横跳びをして怪しまれ、取調室でカツ丼をご馳走になるのも、すべてはファンに極上の歌を届けるため……!」

「……それ、ただの不審者と乞食じゃないの?」

ルチアナが引きつった顔でツッコミを入れる。

だが、リーザはどこ吹く風だ。

「ふふん、甘いですね! 見てくださいこの『パンの耳』! パン屋さんの裏口で『ペットのロックバイソンが食べるんですぅ』と上目遣いでおねだりすれば、タダで貰える最高のエナジーフードですよ!」

誇らしげにパンの耳を掲げる人魚姫。不憫すぎる。

「あの、キャルル。助けてやらないのか?」

「……もちろん、何度もご飯に誘ってるんですけど」

キャルルはため息をつきながら、キッチンの魔導コンロに火を点けた。

コトコトと煮込まれた『月見大根の煮込みおでん』と、分厚い『肉椎茸』を熱々のサンライス(米)に乗せたワサビ醤油丼。

立ち込める暴力的なまでに美味しそうな匂いが、部屋いっぱいに広がる。

「きゅるるるるるるるぅぅぅぅぅぅっ……」

途端に、リーザのお腹から、雷鳴のような轟音が鳴り響いた。

「食べる? リーザちゃん」

「い、いりませんっ! アイドルはファンからの『推しスパチャ』以外の施しは受けないんです! 私はこのパンの耳と、公園で摘んできた雑草のサラダで十分――」

「大根、お出汁が染み染みだよ。お肉も柔らかいよ」

「た、食べますぅぅぅぅっ!!!」

リーザは秒でプライドを捨て、猛烈な勢いで肉椎茸丼をかき込み始めた。

「はふっ、んんっ! おいひい! お肉の旨味がっ、お米が甘いぃっ! パンの耳とは全然違うぅぅぅっ!」

ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、おでんの汁まで飲み干すリーザ。

そのあまりにも悲惨で、しかし健気な姿を――後ろで見ていた「二人の限界オタク」が見逃すはずがなかった。

「……うっ、うぅっ……」

「ひぐっ……ずびっ……」

俺が振り返ると、創造神ルチアナと魔王ラスティアが、顔をくしゃくしゃにして号泣していた。

「あ、あんた……交番で反復横跳びしてカツ丼食ってまで……歌のレッスンを……っ!」

「それに比べて、国庫を横領して遠征費にしてた自分が恥ずかしいわ……っ! なんて純粋で、ひたむきなアイドル魂なの……ッ!」

月人きゅん(頂点のアイドル)を推していた神と魔王の胸に、泥水をすすりながらも夢を追う『地下アイドルの真髄』がダイレクトに突き刺さったのだ。

「えっ? あ、あの、神様と魔王様……?」

リーザが口の周りにご飯粒をつけたまま首を傾げる。

ラスティアがズイッと前に出た。その手には、いつの間にか『L-Pay(QR決済)』の画面が開かれた魔導通信石が握られている。

「リーザちゃん……って言ったわね。あんたの歌、ちょっとここで歌ってみなさい!」

「えっ! は、はいっ! それじゃあ、みかんステージに乗って……私の持ち歌『絶対無敵スパチャアイドル伝説!!』、いきます!」

リーザがみかん箱に飛び乗り、見事なステップを踏みながら歌い始めた。

『絶対無敵のスパチャアイドル!♪』

『五円が積もれば 山となる!♪』

『御縁をちょーだい キラキラ☆キラリ♪』

『推しの生活 支えてちょーだい!♪』

腐っても人魚姫の美声。そこに戦神のバフ(魅了効果)まで乗ったその歌声は、極貧生活の悲哀と相まって、えも言われぬ感動を呼び起こした。

「うわあああああああんっ! 支えるぅぅぅっ!! 支えるわよリーザちゃぁぁぁんっ!!」

「このQRコード読み込めばいいのね!? 全額! 私のL-Pay残高全額送金するわぁぁぁっ!!」

ルチアナとラスティアが、みかん箱の前の床に這いつくばり、狂ったように投げスパチャの送金ボタンを連打し始めた。

「きゃあああっ! ルチアナ様から金貨100枚のスパチャ入りましたぁ! 『これで温かいお布団買ってね』……ありがとうございますぅぅぅっ!」

「私よ! ラスティアからは金貨500枚よ! 『明日から毎日肉椎茸食べなさい!』……よっしゃあぁぁっ!」

「……なぁ、キャルル。これ、止めた方がいいか?」

「放っておきましょう。リーザちゃん、今月末の家賃が払えなくて、昨日の夜、わたくしに土下座してきたところでしたから……」

肉椎茸と月見大根を味わう平和な食卓の横で、神と魔王による「新たな推し活(パトロン契約)」が爆誕していた。

だが、このポポロ村のシュールで平和な日常が、あと数時間で「大国の軍靴」によって踏みにじられようとしていることを、この時の俺たちはまだ知らなかった。

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