第四章 絶対不可侵のポポロ村と、貢がせの極貧人魚姫
ライブ明けの極限疲労と、ポポロ村の『月見大根』
「……燃え尽きた。もう灰すら残ってないわ……」
「ええ……。月人きゅんのウインク、私のブラックホールより破壊力あったわね……」
俺の屋敷の広大なリビング。
そこには、文字通り「真っ白な灰」と化して床に転がる、神と魔王の姿があった。
週末の『朝倉月人・福岡ドームライブ』。
【世界編集】で強引に座標を繋ぎ、クロエの錬金術で作った完璧な偽造身分証とファンクラブチケットを握りしめ、俺たちは異世界から地球のライブ会場へと遠征したのだ。
結果、生身の推しを3時間ぶっ通しで拝んだルチアナ(芋ジャージから勝負服に着替えていた)とラスティア(フル装備のドレス)は、すべての魔力と体力をペンライトに注ぎ込み、完全なる「ライブ明けの虚脱状態」に陥っていた。
『……社長。俺もペンライトの振りすぎで、右前足のモーターが焼き切れた。有給を申請する』
メカライオンのガオンまで、コタツの中で完全に機能停止している。マッサージチェアのヴァルキュリアに至っては、ライブの熱気にあてられて未だに寝言で「キャー」と呟いていた。
「お前ら、世界最強のくせにオタ活で体力使い果たすってどういうことだよ」
俺が呆れながらお茶をすすると、ルチアナが床を這いずって俺の足首を掴んだ。
「り、リクト君……お願い。疲労回復効果のある、美味い飯が食いたい……。天界のネクターとかじゃなくて、こう、胃袋にガツンと来るお肉とか、熱々のスープとか……」
「激しく同意するわ……。お肉でスタミナつけたいけど、ライブで胃が縮んでるから、消化に良くてあっさりしたお野菜も欲しいの……」
ワガママすぎる。
「ご主人様! わたくしが『失敗作・絶対強制徹夜ポーション』を!」
「やめろクロエ。あいつら神様辞めちゃうから」
俺は少し考え、冒険者ギルドの資料にあった、ある村の特産品を思い出した。
「お肉だけどキノコ、あっさりしてるけど熱々……なら、三国境の緩衝地帯にある『ポポロ村』に行くか。あそこは『肉椎茸』と『月見大根』の産地だ」
「肉椎茸……!?」
「月見大根……!?」
神と魔王の目に、ギラリと野獣のような光が戻った。
ーーー
というわけで、俺たちは【世界編集】の空間転移を使い、ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国の三国のちょうど中心に位置する、のどかな農村『ポポロ村』へとやってきた。
「ギャアアアアアアッ!!」
「こら待て! 今日の夕飯のシチューに入れたるんや!」
村に到着して早々、俺たちの目の前を、人間の子供くらいの大きさがある『人参マンドラ』が絶叫しながら走り抜け、それを麦わら帽子の農家のオヤジが猛ダッシュで追いかけていった。
「なんですか今の!?」
ルナが目を丸くする。
さらに畑の方からは、
「待って! 収穫しないで! 村長が昨日、ルナキン(ファミレス)でドリンクバー粘りすぎて店員に――」
ザクッ。
「あー、今日のネタキャベツはなかなか良い三面記事ネタ持ってやがったな」
命乞い(ゴシップネタの暴露)をするキャベツが、農家のオバチャンに無慈悲に収穫されていた。
なんというか、生態系がシュールすぎる。
「のどかでいい所ねぇ。空気も美味しいし」
ルチアナが大きく伸びをする。さっきまでの死にそうな顔が嘘のようだ。
「あら、お客様ですか?」
その時、ポカポカとした陽だまりの中から、鈴を転がすような可愛らしい声が聞こえた。
振り返ると、村の広場のベンチで、ラフで動きやすいオーバーオールを着た一人の少女が座っていた。
頭には、ピンと立った白くて長いウサギの耳。獣人族――月兎族の女の子だ。
「ポポロ村へようこそ。わたくし、この村の村長をしております、キャルルと申します」
キャルルはふわりと微笑みながら立ち上がった。
その手には、可愛らしい人参柄の刺繍が施されたハンカチが握られている。
「村長? こんな若い女の子が?」
ラスティアが驚いたように目を瞬かせる。
「ええ、前任の村長さんがお亡くなりになりまして、流れの冒険者だったわたくしが、色々あって引き継ぐことになったんです」
キャルルはぽっけをゴソゴソと探ると、「はい、どうぞ」と俺たち全員に甘いフルーツの飴玉を配ってくれた。
なんだこの子。めちゃくちゃ良い子じゃないか。ルナとはまた違った、小動物的な庇護欲をそそる可愛さがある。
「あの、俺たち、ここの『肉椎茸』と『月見大根』を食べに来たんだけど、どこか食べられる場所はあるかな?」
俺が尋ねると、キャルルはパァッと顔を輝かせた。
「それなら、ぜひわたくしの家(村長宅)にいらしてください! ちょうどお昼に、肉椎茸のワサビ醤油丼と、月見大根の煮込みおでんを作ったところなんです!」
「「「行く(行きます)!!」」」
俺が返事をするより早く、神と魔王とヒロインたちが食い気味に即答した。
「ふふっ、大歓迎です。あ、でも……」
キャルルは村長宅へ案内しながら、少しだけ困ったような、苦笑いを浮かべた。
「わたくしの家に、今、ちょっと『居候』がいまして……。とても良い子なんですけど、少し、その……たくましいというか、不憫というか……」
「居候? 気にしないわよ、一緒にご飯食べればいいじゃない!」
ルチアナが気前よく笑う。
そして、俺たちはポポロ村の村長宅の扉を開けた。
そこには、キャルルの言っていた「不憫な居候」の姿があった。
「あ、キャルルちゃんおかえりなさい! 見て見て、今日の朝、公園のラジオ体操に一番乗りしたら、おばちゃんから『茹で卵』を丸ごと一個もらえましたぁ!」
部屋の中心。
みかん箱の上に座っていたのは、透き通るような美しい水色の髪と、宝石のような瞳を持つ、絶世の美女――人魚姫だった。
しかし、彼女の右手には「パンの耳」、左手には「茹で卵」。
そして、ボロボロになった「ポイントカード」と「無料試供品の束」が、テーブルの上にうず高く積まれていたのだった。




