EP 10
推し活を守れ!コタツ防衛軍、出陣と理不尽すぎるオーバーキル
『今週末の朝倉月人・福岡ドームライブ、次元の歪みの影響により、中止の可能性大』
クロエが読み上げたその一文が、中庭の空気を完全に凍結させた。
「……ライブ、中止?」
ピキッ、と。
ルチアナが握りしめていたビールの空き缶が、握力でペチャンコにひしゃげた。
芋ジャージから、先ほどとは比べ物にならない、空間を軋ませるほどの凄まじい『神気』が立ち昇り始める。
「……月人きゅんが、この日のためにどれだけレッスンを重ねてきたと……? それを、次元の歪み(バグ)のせいで中止にするだぁ……?」
「許さない……絶対に、許さないわ……ッ!」
隣では、魔王ラスティアが『月人 命』の特製うちわをそっと置き、次元を切り裂く魔王剣を虚空から引き抜いていた。その瞳には、かつて世界を絶望に陥れた魔界の女帝としての、純粋な殺意が宿っている。
『……国際人権規約にも明記されているはずだ。いかなる者も、文化的な生活(推し活)を享受する権利を持つ、と。それを侵害する者は――』
コタツの中から、メカライオンのガオンがゆっくりと立ち上がった。
そして、マッサージチェアで爆睡していた大天使ヴァルキュリアも、バチッ!と目を開き、完全に疲労が抜けきった絶好調の顔で立ち上がった。
「ルチアナ様の推し活を邪魔する害虫……天の裁きを下します!!」
「私の推し活を邪魔する羽虫共ォォォッ!! 全機、出撃ぃぃぃっ!!」
ルチアナの絶叫と共に、神、魔王、天使、聖獣という、この世界のパワーバランスの頂点たちが一斉に空へ飛び立とうとした。
「おい待て、お前ら飛んでいくのか? 王都まで時間かかるぞ」
俺はため息をつきながら、【世界編集】のウィンドウを展開した。
「【座標の強制書き換え(Ctrl+X → Ctrl+V)】。対象・俺たち全員。目的地・王都アルストロメリアの上空」
カタカタカタ……ターンッ!
――王都アルストロメリア。
魔人ギアンが狂ったように笑い、死蟲王サルバロスが無限に蟲を産み出し、国が滅亡の淵に立たされていたその時。
彼らの頭上に、巨大な空間の穴(コピペの跡)が開き、そこから『最悪の防衛軍』が姿を現した。
「アハハハハッ! 絶望……ん? なんだ貴様らは!?」
魔人ギアンが、突然現れた俺たちを見てピエロの仮面を歪ませる。
「よくも……よくも私たちのチケット(SS席)を紙屑にしようとしたわねぇぇぇっ!!」
「消えなさい、ゴミ共がぁぁぁっ!!」
挨拶も何もない。問答無用のオーバーキルが始まった。
「喰らいなさい! 【神罰の光】!!」
ルチアナが(芋ジャージ姿のまま)両手を掲げると、空を覆っていた分厚い蟲の雲が、一筋の極太のレーザーによって文字通り『蒸発』した。
「なっ!? 馬鹿な、死蛾型と死蝿型の大群が一瞬で……!?」
「私の次元斬りの前で、甲虫の装甲など無意味よ! 消し飛びなさい、【超重力崩壊】!!」
ラスティアが魔王剣を一閃すると、地上の死蟻型や死蟷螂型が、空間ごと圧縮されてミクロのチリとなって消え去っていく。
「え、えええ……? ちょ、待て! 俺の計算(悪の教典)にこんな規格外の連中は……っ! ええい、なら同士討ちさせてやる! 踊れ、【操り魔鋼糸】!」
ギアンが焦りながら、十本の指から見えない魔鋼糸をルチアナたちに向けて放った。
だが。
「……ん? なんだこれ」
俺は【世界編集】でギアンの放った糸のステータスを全選択し、材質を『茹ですぎたスパゲッティ』に書き換えた。
「へ?」
ギアンの指先からピロピロと伸びたダルダルのスパゲッティが、ルチアナの顔にペチッと当たってポトッと落ちた。
「……私の顔に、炭水化物をぶつけたわね?」
「あ、いや、これは……」
「万死!!!」
完全に疲労回復したヴァルキュリアの光の槍が、ギアンの体を唐突に、そしてあっさりと両断した。魔人の断末魔すら上がらない瞬殺劇だった。
『バ、バカナ……! 我ハ死蟲王! 食物連鎖ノ頂点、神蟲魔大戦ノ覇者ゾォォォッ!!』
配下を瞬殺されたサルバロスが、王都を覆い尽くすほどの巨大な顎を開き、全てを溶かす強酸のブレスを吐き出そうとした。
『黙れ。ジュネーヴ条約違反だ。そして何より、アイドルのライブ前に不吉な音を立てるな』
ガオガオンのメインコア・ガオンが、胸の黄金のたてがみから『聖なる毛の針』をガトリング砲のように乱射し、サルバロスの複眼をことごとく粉砕する。
『ギャアアアアアアッ!?』
「さて、と」
俺は、悶え苦しむ死蟲王の巨体を前に、空中でキーボードを叩いた。
「もうすぐ福岡行きの飛行機(錬金術で作成予定)の準備をしないといけないんでな。バグの修正はパパッと終わらせるぞ」
ーーー
【個体名】死蟲王サルバロス
【存在意義】世界のバグ
【HP】99,999,999
ーーー
「全部署、デリート」
カタカタカタ……ターンッ!
俺がエンターキーを叩いた瞬間。
死蟲王サルバロスの巨体が、赤紫色のシステムエラーのノイズに包まれ、ポロポロとポリゴン(データ)の破片となって崩れ落ち始めた。
『コ、ンナ……。神ヤ魔王ナラトモカク、タダノ人間、ニ……。我ガ「種ノ起源」ガ、否定サレル……トハ……』
「起源だの食物連鎖だの、知ったこっちゃない。俺の屋敷の居候を怒らせたのが、お前の最大の失敗だ」
俺が冷たく言い放つと、サルバロスは完全にデータとなって空の彼方へ消え去り、王都の上空を覆っていた『次元の歪み』もパリンッと音を立てて砕け散った。
「やったわぁぁぁっ! 次元の歪み、完全消滅!!」
「これで週末の福岡ドームライブは決行されるわね! 月人きゅん、待っててねぇぇぇっ!!」
神と魔王が、空中でハイタッチをして歓喜の涙を流している。
眼下では、滅亡から救われた国王や騎士たちが、ポカンと口を開けて「あ、ありがとうございます……?」と間の抜けた声を出していた。
「よし、世界も救った(?)し、帰るぞお前ら。クロエ、うちわとペンライトの予備の錬成はできてるか?」
「はいっ! 電池式の最新型ペンライト、全員分バッチリですぅ!」
「ご主人様、わたくしも『ファンサもらうためのアピール術』という本を読んで予習しました!」
ルナまで完全に染まっている。
こうして、かつて世界を恐怖に陥れた真のバグは、辺境の雑用係と限界オタクたちの手によって、文字通り『一瞬』で片付けられた。
スローライフという名の、自由すぎる俺たちの日常。
次なる目的地は、異世界から飛び出して、まさかの地球・福岡ドーム。
「よーし! ライブの後は中洲で屋台のラーメンね!」
「私はもつ鍋が食べたいわ!」
俺の横でキャッキャと騒ぐ最強の女たちを見ながら、俺は【世界編集】のウィンドウを閉じ、小さく笑った。




