EP 9
真の脅威『死蟲王サルバロス』覚醒と、繋がらない神への祈り
「はぁ〜……極楽、極楽ぅ……」
王都から遠く離れた辺境の屋敷。
中庭では、大天使ヴァルキュリアが『究極の天界マッサージチェア』の上で完全に骨抜きにされ、ヨダレを垂らして爆睡していた。
コタツの中では、創造神ルチアナと魔王ラスティアが『朝倉月人ライブDVD(特典映像付き)』を鑑賞しながらペンライトを振り、聖獣機神のメインコアであるガオンが、みかんを頭に乗せて太宰治を熟読している。
世界の監視ネットワークは、今この瞬間、完全に『オフライン』となっていた。
そして、神も魔王も調停者もサボったその空白を、悪意を持った「真のバグ」が見逃すはずがなかった。
――同時刻。人間界の中心、王都アルストロメリア。
「ひぃぃぃぃっ!! な、なんだあれは!?」
「空が……空が真っ黒に……ッ!!」
王都の城壁を守る騎士たちが、絶望の悲鳴を上げた。
太陽の光を遮り、空を黒く染め上げているのは、禍々しい機械の羽音を響かせる無数の『蟲』の群れだった。
空を飛んで毒針を放つ『死蜂型』、カマキリのような刃で鋼鉄の盾ごと騎士を両断する『死蟷螂型』、そして強酸を吐き出しながら城門を溶かす無数の『死蟻型』。
「ハロー、ハロー! 哀れな人間の諸君! 悲劇の幕開けにようこそ!」
阿鼻叫喚の地獄絵図と化した城壁の上に、一人の男が立っていた。
道化師の衣服に身を包み、不気味なピエロの仮面を被った男。その手には、身の丈をゆうに超える巨大な鎌が握られている。
「俺は死蟲軍の指揮官、魔人ギアン! さあ、絶望に顔を歪ませろ! 極上の恐怖のスパイスを振りかけてから、お前たちの魂を刈り取ってやる!」
ギアンが道化師のように大仰にお辞儀をし、指先をピクッと動かした。
その瞬間、彼を討ち取ろうと背後から迫っていた王国最強の騎士団長たちの動きが、不自然にピタリと止まった。
「な、なんだ!? 体が……勝手に……ッ!?」
「くそっ、見えない『糸』が……うわああぁぁっ!!」
ギアンの手から放たれた極細の魔鋼糸が、騎士たちの関節に絡みついていたのだ。
ギアンが指を弾くと、騎士団長たちは自分の意志とは裏腹に剣を振り上げ、あろうことか味方の騎士たちの首を次々と刎ね飛ばし始めた。
「アハハハハハッ! いいぞ、最高の群衆心理だ! 味方に殺される気分はどうだ? 狂え、絶望しろ! これこそが極上のエンターテインメント、悪の教典ってやつさぁ!」
狂ったように笑う魔人ギアンの背後。
王都の空に、巨大な魔法陣が展開され、その中心から「城そのもの」よりも巨大な、おぞましい機械と肉が融合した『蟲の王』が姿を現した。
『我ハ、死蟲王サルバロス……。長キ眠リヨリ、今コソ復活セン……!』
かつて神蟲魔大戦で世界を滅ぼしかけた大厄災。
その放つ瘴気だけで、王都の建物がボロボロと風化していく。
『女神ルチアナモ、聖獣ガオガオンモ不在……。ククク、世界ノ免疫機能ハ死ニ絶エタ。優レタ種ガ弱者ヲ喰ラウ……コレゾ「種ノ起源」ガ定メシ絶対ノ理……!』
サルバロスの複眼が赤く輝くと、地面が割れ、地下から巨大な『死王蟻型』が出現。次々と卵を産み落とし、無限に蟲の兵隊を増殖させ始めた。
城のバルコニーからその光景を見ていた国王は、その場にへたり込み、天に向かって両手を組んだ。
「ああっ……ルチアナ様! どうか、どうか我らをお救いください! 聖獣機神ガオガオンよ、邪悪なる蟲どもを焼き払いたまえぇぇぇっ!!」
国王の悲痛な祈りは、確かに天へと送信された。
だが。
――辺境の屋敷。
「あー、なんかシステムに着信入ってるわ。王都が蟲の大群に襲われてピンチですって」
「神様、どうするんですか?」
「無視無視! 今、月人きゅんがウインクした最高のシーンなんだから! はい巻き戻して!」
『俺の防衛システムにも出撃要請が来ているが……シンガポール法によれば、労働時間外の強制出勤は違法だ。俺は行かんぞ』
「私も行かないわよ。人間の悲劇なんて、このファンクラブ会報誌に比べればちっぽけなものだわ」
俺の屋敷に居座る世界の最高戦力たちは、誰一人として動こうとしなかった。
「……お前ら、それでいいのか。世界、滅びるぞ?」
俺が呆れながらツッコミを入れるが、神も魔王もポテチを食べる手を止めない。
「いいのよ。バグが一つ増えたって。どうせ明日になれば――」
ルチアナが鼻をほじりながらそう言いかけた、次の瞬間だった。
「ご、ご主人様! 大変です!」
クロエが血相を変えて、地球の情報を表示する錬金モニターの前に駆け寄ってきた。
「地球のニュースサイトに……『今週末の朝倉月人・福岡ドームライブ、謎の巨大蟲襲来(※次元の歪みの影響)により、中止の可能性大』ってテロップが……ッ!」
「「「…………え?」」」
ピタリ、と。
コタツの時間が、いや、世界そのものの時間が、凍りついたように止まった。




