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トリプルクラウンの争奪者  作者: 夏を待つ人


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62話 日本シリーズ第七戦②

 扇の要と言われるキャッチャーは、身体的にも、精神的にも、多大な負担のかかるポジションである。

 アメリカでキャッチャーは、常に身体の接触を伴うアメリカンフットボールのいくつかのポジションと並んで、最も体への負担が重いスポーツのポジションの一つだと言われる。


 他のポジションと違い、守備の間、常にしゃがんでいることは足への負担が計り知れない。

 バッターの打ち損ねたファイルが後ろに飛んできて、キャッチャーのマスクに当たることも多々あり、脳へのダメージが残ることもあり得る。

 頭に当たらなくてもワイルドピッチを体で止めたり、ファウルボールが体に当たったり、常に体へのダメージリスクが存在する。


 それでいて、キャッチャーは敗戦の責任を負わされることが多い。

 勝負所において、味方のピッチャーが打たれてしまったとき、その配球が批判される。

 なぜその球種を投げさせたか、なぜそのコースか。


 打たれてしまったのは結果論のようなものであり、だからこそ、誰でも結果で批判できる。

 ましてや強いチームであれば、重要な場面、注目度の高い場面が増え、批判にさらされることも多くなる。

 ウォーリアーズという球団、さらに日本代表の正捕手である阿田慎太郎である。

 なおさらそのような批判に晒される場面は、多く経験してきた。


 負担の大きいポジションであるからこそ、能力に秀でたキャッチャーを確固たるレギュラーとして固定できれば、チームの大黒柱となり、他チームへの大きなアドバンテージを得られる。

 その希少性からか、打力ある選手は少なく、キャッチャーのレギュラーとして許される打力の閾値しきいちは他のポジションより低い。

 その中で、チームのクリーンアップを任せられ、首位打者、本塁打王など打撃タイトルを獲るような打力のあるキャッチャーがいたら、他球団に大きく差をつけることができる。


 阿田は、十年以上東京ウォーリアーズの正捕手としてマスクをかぶり続けた。

 そして打撃タイトルを獲得、あるいはタイトル争いに絡むような活躍を続けてきた。

 ここ10年近くのウォーリアーズ黄金期の貢献度としては、最も大きい選手と言っても良い。


 阿田慎太郎ほど“勝利”を義務づけられてきたプロ野球選手はいない。

 常勝軍団――東京ウォーリアーズの中心選手として、優勝、日本一は常に達成して当然のミッションだった。

 阿田が成し遂げたリーグ優勝は7回、日本一も4回、これはどちらも現役最多の数字である。


 その道のりは決して平坦ではなかった。

 どんなに困難な状況でも、ウォーリアーズに“敗戦”という二文字は許されない。


 ある年は、8月頭時点で一位の兵庫ブルーサンダースに最大13.5ゲーム差をつけられた。

 ファン、メディア、誰もがブルーサンダースの優勝を確信する中でも、ウォーリアーズは諦めを許されない。


 ウォーリアーズは八月のお盆休み明けから破竹の連勝街道を突き進んだ。

 十連勝を達成し、一度負けを挟み、さらに六連勝。

 リーグ終盤、ついにウォーリアーズはブルーサンダースをまくり、一位に浮上し、そのままリーグ優勝を果たす。

 メイクミラクルと呼ばれたこの出来事は、外から見れば爽快な逆転優勝劇にしか見えないが、当事者であるウォーリアーズにとっては、一つとして無駄に負けられない重圧という目に見えない敵と戦い続けた二ヶ月だった。


 ある年の日本シリーズは、パリーグの王者である福岡シーホークス相手に初戦から三連敗を喫した。

 ウォーリアーズは、日本一になるにはここから四連勝が必要な状況に追い込まれたのである。


 長い日本シリーズの歴史において、三連敗から日本一を果たした例は、わずか三例しかない。

 三連勝したチームは、あと一勝でも勝てば日本一だから、一戦必勝で試合に臨める。


 そもそも野球という競技は、確率のスポーツと呼ばれ、他のメジャースポーツと比べても試合の結果に実力差が反映されにくいと言われる。

 どんなに弱いチームであっても、シーズンで3回に1回ぐらいは勝つ。

 ましてや日本シリーズという一戦必勝の舞台で、相手は捨て試合を作ることなく、リーグ王者たる潤沢な選手層で、死に物狂いであと一勝をもぎ取りに来る局面だ。

 まさに絶対絶命である。


 それでも、阿田たちは成し遂げた。 

 阿田の活躍もあり、ウォーリアーズは四連勝で日本一を果たした。

 数々の栄光を勝ち取った阿田のキャリアの中でも、最も痛快で、愉悦に震えた瞬間であると同時に、どこか胸を撫で下すような、ウォーリアーズの一員として責務を果たせたという、大きな重圧から解放された瞬間だった。


 数々の逆境を乗り越え、常勝軍団の最も重要なコアであり続けた阿田である。

 その阿田にとっても、三勝三敗で迎えた日本シリーズ、二回表終わった時点で6点差をつけられたこの状況は、かつて経験した絶体絶命の局面に匹敵するほどの、困難な場面だと感じていた。


 二回裏、四番の阿田が打席に立つ。

 心なしか、ウォーリアーズファンの歓声は、まだまだ期待に満ちていた一回表よりも小さかった。

 今季セリーグを制圧したヴィンセント・ケントが先発だった以上、ウォーリアーズファンの大半は、この第七戦の勝利をなかば確信していたのかもしれない。

 そのケントが二回で六失点を喫したという事実は、ファンにとっても重くのしかかっているのだろうと思う。


 カウボーイズ先発結木のカットボールを阿田は振りにいったが、力無いセカンドゴロに終わる。

 阿田は全力で走らなかった。

 その姿を見てか、ウォーリアーズファンの一部が阿田にブーイングを浴びせた。

 鈍足の阿田が全力で走ったとしても、何も起こらないだろうに。

 あんな力の無いゴロを守備の上手いの田中栞緑セカンドが手間取ることもないだろうに。

 試合展開に対する苛立ちを、全力疾走しない阿田という、目について叩きやすい現象にぶつけているだけだ。


 ファンというのは勝手なもので、勝っているときは自分が成し遂げたように喜び、負けているときは選手に罵声を浴びせる。

 しかし、そんなことをプロスポーツで言ってはいけない。

 プロスポーツ選手として、目指すのは勝利のみ。

 ましてや、東京ウォーリアーズの一員としては、勝つ以外の選択肢は無い。


 ◇◇◇◇


 阿田の後、五番の岡村もサードゴロに終わる。

 一個アウト取っただけで、相手先発の結木はガッツポーズし、球場の四割強を占めるカウボーイズファンは大歓声を浴びる。

 これでは、どっちのホームかわからない。


 早々にウォーリアーズファンは、意気消沈している。

 しかし、ウォーリアーズの選手たちはプロフェッショナル集団で、常勝軍団である。

 ダグアウト内の雰囲気は変わらない。

 ノックアウトされ、顔を真っ赤にしてベンチに座るケント以外は、誰一人顔色を変えていない。


 六番のミレット・マホームズがセンター前に抜けるゴロを放ち、ウォーリアーズはこの試合初ヒットを記録する。

 七番の秋定は結木の甘く入ったツーシームを捉え、右中間を割っていく。

 マホームズは判断よくスタートし、三塁を強く蹴り、本塁まで陥れる。


 1-6。

 一点を返した。

 これだけでウォーリアーズファンは息を吹き返した。


 さらに、八番の清川がレフト前に落ちるヒットを放つ。

 秋定が余裕をもってホームを踏み、二点目がウォーリアーズに入る。


 打順は九番ピッチャーのケントに回るところ、ここは当然、代打が出る。

 かつて首位打者も獲得したベテラン、長原が打席に入る。

 初球を叩くと、痛烈なゴロがピッチャー結木の足元を抜け、センター前へと抜けようかという打球を放った。


 ショートの五十嵐陽翔は、素早く回り込み、左腕グラブを伸ばす。

 ボールを掴み、勢いを殺すことなく一回転し、送球する。

 ノーバウンドで正確な送球が、三浦ファーストのミットを指す。

 さらなる反撃への期待は、かつてのチームメイトによって刈り取られた。


 先ほど陽翔の守備に、阿田は坂根勇気の姿がダブった。

 やはり、この男が立ち塞がる。


 阿田は陽翔について、大した記憶を持ち合わせていない。 

 彼がウォーリアーズ時代に一軍にいたのはわずか数か月である。

 十年以上のプロのキャリアを持つ阿田にとっては、生えては消えていく、足は速いが、まるで打てない、典型的な小兵選手にしか見えなかった。

 陽翔がここまでの選手になるなんて、つゆほども思わなかった。


 坂根などは陽翔にかなりの期待をかけていた。

 単純な話、坂根には陽翔の才能を見抜いた慧眼けいがんがあり、自分にはなかったというだけなのだが、全ては結果論で、過ぎ去った過去のことだ。

 必要なのは、厄介な相手と化した奴を、どう封じ込めるかということ。

 奴のプレーは、カウボーイズを活性化する。


 今もそうだ。

 二点を返し、ドームはウォーリアーズの雰囲気になりかけていた。

 ところが、奴のプレーによって、再びカウボーイズファンは勢いを取り戻す。

 認めたくはないが、五十嵐陽翔は生粋のスターだ。


 盛り上がるカウボーイズファンと対照的に、ウォーリアーズファンはブーイングをし始める。

 この日本シリーズ、最初は暖かく陽翔を迎えていたウォーリアーズファンだったが、彼にボコボコにされだすと、すぐに態度を180度反転させ、ブーイングを浴びせ始めた。

 少しでも陽翔を動揺させ、プレーに悪影響を及ばせたいのだろうが、効果はまるで出ていない。

 五十嵐陽翔は、日本シリーズ史に残る活躍を披露し続けている。


 だが、阿田にはわかる。

 ファンたちのブーイングという悪意は、決して陽翔に向けたものではなく、彼を育てられず、大して役に立たなかった宮本の人的補償としてむざむざと放出したウォーリアーズフロントに向けたものであると思う。


 とりわけ、陽翔を干した(とされる)森田監督への不満は明らかだ。

 ファンの隠しきれない不満を察知したフロントは、来シーズン以降、森田監督との契約を結ばないだろう。

 チームのキャプテンである阿田にもまだ直接の話が来ているわけではない。

 だが、十中八九そうなっていく予感がある。

 たとえこの日本シリーズ、ウォーリアーズが日本一を成し遂げようが、無様に負けようが、五十嵐陽翔を干しただけの理由で、監督は辞めさせられる。


 かつてのチームメイト、五十嵐陽翔の存在は、少なからずチームにも影響を及ぼしている。

 表立って陽翔のことで監督やフロントを批判することはないが、彼について、さまざまな考えがチーム中に渦巻く。


 彼を干したウォーリアーズと大成させたカウボーイズの違いについて、考えるものもいる。

 批判に晒された森田監督に、采配の変化が見られることに気づくものもいる。

 森田監督の采配に不満を持つ選手も多くなってきたように思う。


 頑固な監督が代われば、あるいはチームが変われば自分も五十嵐のように華を咲かせることができるかもと夢を見る一軍半、二軍選手。

 その考えたちのどれもが、ウォーリアーズに悪影響を及ぼしているのは確かだ。

 実に、阿田にとっては不快だった。


 ◇◇◇◇


 三回の表、カウボーイズの攻撃、ウォーリアーズのピッチャーは二番手の山居に代わる。

 山居は、リードした終盤に出る勝利の方程式の一人である。

 彼を四点ビハインドの三回で投入することの意味は、これ以上の失点は絶対に避けろ、という監督の指令だ。


 監督の期待通り、山居はカウボーイズ打線を簡単に退けた。

 六番から始まる攻撃を、三人で打ち取る。


 三回裏、ウォーリアーズの攻撃、打線は二巡目に入る。

 カウボーイズのマウンドには結木が立ち続ける。

 先ほど二点を失ってはいるが、気合十分の表情で一番の吉村を三振に切って取る。


 二番の松井はファウルで粘り、四球で出塁する。

 三番の坂根はレフト前へと打球を運び、ワンアウトで一、二塁のチャンスを迎える。


『四番、キャッチャー…』


 阿田の名がコールされようとした瞬間、相手の大黒監督が動いた。

 結木を諦め、セットアッパーの平山を投入する。


 平山は山居と同じく、試合の終盤を締めにかかるピッチャーだ。

 その平山を、カウボーイズにとっては四点をリードする三回から投入すると言うことは、先ほどの山居と同様、これ以上の失点は避けたい、と向こうのベンチは考えているのだろう。

 逆に言えば、ここで追撃できれば、試合の流れをウォーリアーズに引き寄せられることができる。

 試合は、まだまだわからなくなる。

 

 投球練習を終え、マウンドの平山は鬼気迫る表情で阿田に第一球を投じてきた。

 真ん中付近の140キロ半ばのストレートだったが、阿田は見逃す。

 たった一球のストライクで、カウボーイズファンは沸く。


 阿田と平山は同年代の選手だ。

 数々の大舞台を経験してきた阿田と対照的に、華々しい舞台と疎遠だった平山である。

 この一戦に野球人生の全てを掛ける! などと思いながらマウンドに立っているのだろう。

 阿田にとっては、実にどうでも良い話だ。


 二球目、平山の得意なスプリットだった。

 低めへ落ちていく球を掬い上げた。

 打球の行く先を見るまでもなく、スタンド越えを確信した。

 高い弾道を描いた打球は、ウォーリアーズファンの集うライトスタンドの上段へと着弾した。


 五十嵐陽翔のことも、森田監督の退任が決まっていようと、相手がどんなチームで、どんな想いでこの試合に臨んでいようと、関係ない。

 ただ勝利を義務付けられているのがウォーリアーズだ。


 阿田はガッツポーズすることもなくダイヤモンドを一周し、5点目の本塁を踏んだ。

 スリーランホームラン。

 これで一点差だ。


 ダグアウトに戻るや否や、阿田は叫ぶ。


「おいお前ら、俺たちはウォーリアーズだ。試合前に何があろうと、試合後に何があろうと、相手が誰であろうと、関係ない! 勝つぞ!」


 突然の阿田の言葉に、多少は面食らったようだが、チームメイトたちはすぐに「おー!」だの「よっしゃあ!」「一点差!」だの、各々の言葉で呼応した。


 ◇◇◇◇


 6-5。

 阿田のスリーランホームランで一点差に詰められたカウボーイズ。

 平山はその後続く二人を打ち取り、さらなる追加点は食い止めた。


 四回表の攻撃、ウォーリアーズは山居が続投する。

 先頭バッターは抑えたものの、一番の田中栞緑がヒットを放つ。

 二番のパーキンスをピッチャーゴロに抑えた後、三番陽翔、四番の三浦は連続四球でツーアウト満塁。


 ここで打席に立った五番のマホームズがレフト前ヒットを放つ。

 三塁ランナー、そして二塁ランナーの陽翔がホームに還る。


 8-5。

 一点差に詰め寄られた後、カウボーイズは二点をすぐさま返した。


 ◇◇◇◇


 368.牛を飼う名無し


 やはり結木じゃ無理か…


 391.牛を飼う名無し


 とんでもない試合になって草


 408.牛を飼う名無し


 6点リードした時の安心感はどこへ


 418.牛を飼う名無し


 うちの中継ぎ陣で6点リードぐらいで安心するのはにわかや


 432.牛を飼う名無し


 というか平山まで出してあと6回誰を投げるんですかね…


 451.牛を飼う名無し


 >>432

 向こうの三回から山居投入を真似したんでしょ(適当)


 460.牛を飼う名無し


 >>432

 3~6回 平山

 7~9回 アレンビー


 これやろ


 471.牛を飼う名無し


 あと二転三転しそう

 このままは終わらなさそう


 487.牛を飼う名無し


 阿田がホームランを打った後ベンチで叫んでるけど

 何言ったんやろうな


 509.牛を飼う名無し


 心臓が痛い

 打ち合い止めて

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