36話 伝承
九連勝を果たし、首位返り咲きを狙ったカウボーイズだが、翌日の試合からは二連敗を喫した。
ホームにおけるオウルズとの試合だったが、敗因は明白だった。
九連勝の立役者、打線の中心である五十嵐陽翔がまともに勝負されず、四球上等、最悪デッドボールでも良いという投球をオウルズが選択してきたからである。
陽翔の後を打つ四番、マイク・ハーパーの調子はここへきて下降気味だ。
チームの九連勝期間であっても、打率は一割台、ホームランはゼロ。
こうなってしまえば陽翔と勝負する意味がなく、四球で逃げてしまえばハーパーでカウボーイズ打線を分断できる。
チームが二連敗となった二試合で、陽翔のヒットはゼロだが、打球がフェアゾーンに飛んだのもわずか二回。
残りはすべて四球、死球だった。
こうした状況を見て、首脳陣はアルバラード・ロペスの一軍昇格を決めた。
◇◇◇◇
二連敗後のオウルズとの第三戦。
ロペスは陽翔の後を打つ、四番DHとして先発出場した。
一回裏、一番二番が連続で凡退し、ツーアウトランナー無しで三番の陽翔に打席が回る。
ここ二試合の傾向と同様、まともにストライクを入れてこなかった。
「ボールフォア」
『四番、ディーエイチ、アルバラード、ロペース!』
久しぶりのアナウンスと、大阪ドームの声援を浴びる。
右バッターボックスを均しながら、ロペスは思考を巡らせる。
“まずは待機、陽翔の盗塁待ち”、だ
試合前、ロペスは陽翔と話した。
「陽翔くん。四球で出たら、絶対、盗塁を狙ってくれ」
「……え、でもめちゃくちゃ警戒されてますし、できるかわかんないですよ」
「今の僕に狙って長打を打つ力はない。盗塁し二塁に行ってくれれば、絶対シングルヒットを打って見せる」
「わかりました!」
「陽翔。どんな強打者でも、絶対ストライクを投げてくれない時期は来る。そこで焦ってはいけない。どんな状況でも自分のできる仕事をして、待つ。そしたら相手もやり方を変えてくる。待てば海路の日和あり、だ」
「そんな慣用句知ってるんですね……さすがです」
「僕は日本人だからな」
陽翔は初球から走った。
投手の牽制も、盗塁を防ぐための素早い投球モーション――クイックも、キャッチャの強肩も問題にしなかった。
「セーフ!」
陽翔について、ロペスはなんて野球選手の理想形だろうと思う。
打って、走って、守って、全てがハイレベルだ。
ロペスは三球目をしぶとくライト前へ運んだ。
全盛期の豪快な打球にはほど遠い、勢いのない打球だったが、陽翔をホームに還すのにはそれで十分だ。
ロペスのヒットでカウボーイズが一点を先制する。
五回にも陽翔の四球から盗塁、ロペスのヒットで追加点を加えるなど、五点を奪った。
5-2と勝利し、カウボーイズは連敗を脱した。
試合後のヒーローインタビューにはロペスが呼ばれた。
ロペスにとって実に十一か月ぶりのヒーローインタビューだった。
◇◇◇◇
アルバラード・ロペスはドミニカ出身の来日十一年目、外国人としては歴代二位の通算1821本のヒットを記録している。
十一年前、名古屋ウイングスに助っ人外国人として入団。
ウイングスにてホームラン王を獲得するなどの活躍をして、三年総額十五億という当時としては破格の金額で東京ウォーリアーズに引き抜かれた。
ウォーリアーズでは高すぎる年俸に似合った活躍をできず、契約最終年には森田監督に干されていた。
その年のオフにウォーリアーズを退団し、今度は神奈川レッドスターズに入団した。
レッドスターズでは頼れるベテランとして復活し、二年目には打点王を獲得するなど、全盛期ほどではないものの、助っ人外国人としては十分な活躍をした。
二年目のオフにFA権を取得し、外国人枠(プロ野球では一軍に登録できる外国人選手は同時に四人まで)に数えられない――すなわち日本人と同じ扱いになった。
そして去年、日本十年目のシーズン前、FA権を行使し、初めてパリーグ球団、カウボーイズに入団した。
一年目はDHのレギュラーとして二割五分、本塁打二十五本と活躍したが、今年は開幕から調子が上がらなかった。
結局、チームはロペスを見切り、マイク・ハーパーをシーズン途中で獲得。
ハーパーの活躍もあり、ロペスは二軍から一軍に戻ることはずっと無かった。
ロペスの年齢を考えると、衰えなど当たり前のことだ。
むしろ、去年の成績が驚異的といえる。
去年時点での年齢は、登録上三十九歳、実際は四十二だ。
中南米出身選手ではたまにあることだが、15~16歳で有望であればあるほど、MLB球団との契約を結んだ際の契約金は跳ね上がる。
そのため年齢をごまかし、実際より若い年齢を偽ることによって、高い契約金を得ようとする選手がいる。
十八歳としては目立たない選手の能力、体格であっても、十五歳としては破格のスペックとなる。
ロペスは実際十八歳のとき、十五歳としてMLB球団との契約を得た。
別にロペス本人が年齢詐称をしたかったわけではない。
ドミニカには選手と球団を結びつけるブローカー――仲介人がいる。
ブローカーはMLBを目指す十代の若者と契約し、金銭的な援助を行ったり、球団と若者を結びつける。
その際の契約金だったり、選手がその後の野球人生で得た大金の何割かを貰うことによよって、対価を得る。
ロペスは決して有望な選手ではなかった。
十八歳までMLBから声がかからなかったのがその証拠で、ドミニカの超有望な野球選手は、十五、六歳で囲い込まれ、契約が決まる。
ブローカーにとっては、ちょっとでもロペスの価値を上げなければならない。
この年までMLBに売り込めなかった選手をどうやって価値を上げ、契約を得るか。
ブローカーが考えたのがロペスの年齢を変え、売れ残りの微妙な十八歳を、若くて体格の良い十五歳へと変えることだった。
さらにはロペスの両親も年齢詐称をすることを望んでいた。
日々の生活も厳しいドミニカの貧しい家庭にとっては、息子がMLBと契約し、アメリカンドリームを掴むというのが、まさに夢であり、そのためなら何でもする。
ロペスの意向なんて関係なく、ブローカーと親の思惑によってロペスの年齢は変わった。
だから登録上よりも実際の年齢はもう少し上だ。
ロペスは悪い事をしたという自覚はあるが、今となっては紆余曲折を経て、日本に来ることができたので良かったと思っている。
◇◇◇◇
オウルズとの三連戦を終えたカウボーイズは、一日の休養を挟んでホームで埼玉ブロンコスとの試合を迎える。
前の試合で二打点を上げ連敗脱出に貢献したロペスは、この試合も変わらず四番DHで出場する。
試合前のバッティング練習を終えた後、大黒監督がロペスに言った。
「あのタイムリーは流石でした。あの右打ちは、君しかできない技です」
「ありがとうございます」
「しかし、今の君があの右打ちしか武器がないってわかると、相手も攻め方を変えてくるでしょう。おそらく君ならわかっていると思いますが、間違いなく相手は内角に速い球を連投してくる。どうしますか?」
「痛いところつきますね。耳が痛いです」
動体視力の衰え、スイングスピードの衰えにより、まずできなくなるのは、速い球を強くはじき返すことだ。
前の試合のバッティングは、外角低めのストレートを狙い打ち、やっとライト前へ落とすことができた。
衰えた自分がそれしかできないと相手チームにバレるのは時間の問題だ。
「確かに今の自分に、最近の速球派投手の内角ストレートを打つ自信はないです。ですが、来るとわかっていれば、やりようがあります。僕の野球人生の引き出しで、対応できると思います。
必要なのは、短期間であっても、四番の働き――陽翔くんの後ろのバッターとして最低限のバッティングをすること。短い間ならごまかしきれる。三浦君が帰ってくるまで、陽翔くんを守るのが僕の役目です」
「かつてセリーグの打撃タイトルを欲しいままにしてきた男が、随分と自己犠牲の精神ですね」
「この国に十年もいれば、フォアザチームの精神が勝手に養われますね。良い意味でも、悪意味でも」
大黒監督は笑みを浮かべた。
そう、残り少ないロペスの選手人生は、カウボーイズ日本一のため、そして日本野球の後進のため、己の野球人生の経験全てを捧げるつもりだ。
◇◇◇◇
「陽翔くん。これあげます」
陽翔は大量のノートを見て、目を丸くしていた。
ロペスが両腕で抱える段ボールには、A4サイズのノートが三十冊以上入っている。
「これは……なんですか?」
ロペスが段ボールを床に置くと、陽翔は中のノートをペラペラとめくり始めた。
「僕が、プロ野球人生二十二年間で書き溜めたノートです。技術的なこと、精神的なこと、肉体的なこと、選手のこと、全てをここに込めたつもりです。全部スペイン語で書いていましたが、日本語に翻訳しています」
「こんな量を翻訳したんですか……ありがたいですけど……なんで俺に」
「最後に、誰かに自分の野球人生のすべてを託したくなったのです。実は三浦君に渡したのですが、いらないと言われました」
「最後って……」
「今年で引退しようと思って」
「そ、そうなんですか」
「自分の野球観を、活用してくれるかはわかりません。それでも託したいと思って、二人に渡そうと思い日本語に翻訳しました」
ロペスは、自分の野球ノートを最も活用してくれそうな人に渡したいと思っていた。
そして思い浮かんだのが、三浦と陽翔――才能のある二人の選手だった。
「……活用できるかわからないですけど……ありがとうございます!」
「引退したら、どうするんですか?」
「とりあえずどこでもいいので、日本でコーチを目指します。ゆくゆくは監督になりたいです」
ロペスは日本人となった。
日本人女性と婚約し、国籍を取った。
「僕が監督になったら、大黒監督のような監督になりたいです」
「それは確かに、わかります」
「たくさんの監督の下でプレーしてきましたが、特に印象的なのは、大黒監督と森田監督の二人です」
「ああ、森田監督も経験あるんですよね」
「彼は勝てる優秀な監督ではありますが、陽翔君。君は森田監督の下では才能を開花させることはなかったでしょう。きっと、大黒監督の下でだからこそ、才能を磨き、それを生かす場を与えられた」
陽翔は、照れくさそうに頭を掻いた。
「が、がんばってください。きっとロペスさんなら、上手くいくと思います」
「ありがとう。ちなみに君の目標とかはありますか?」
「えー今は……メジャーとか、興味あります」
「そうなんですね! ノートにはアメリカ時代のことも書いてあります。役に立つかはわかりませんが、ぜひ読んでください」
「ありがとうございます」
◇◇◇◇
埼玉ブロンコスとの試合はやはり接戦となった。
4-5、カウボーイズの1点ビハインドのまま、試合は九回まで進んだ。
ロペスは思う。
この試合、もしこのまま負けてしまったら責任はほぼ自分にあると。
三番センターの陽翔は無安打。
といっても3つの四球があり、実際のところ安打はゼロだけど、三つの出塁がある。
しかも、二回盗塁を決めており、チャンスは十分作っている
対して、四番DHで先発出場のロペスは無安打で、当たりが出ていない。
今日の四回の打席のうち、三回は得点圏にランナーがいる状態での打席だった。
味方のお膳立てがあったのに、一回も打点を上げられていないようでは、四番失格だ。
九回裏、二点リードのブロンコスは守護神の盛山がマウンドに上がる。
160キロ越えのストレートを武器にしており、今のロペスには、最も与し難い相手だ。
ツーアウトから、二番の田中栞緑がツーベースを放った。
同点に追いつくチャンスでの三番、五十嵐陽翔の打席。
球場の期待は最高潮へと高まったが、一瞬にしてしぼむことになった。
申告敬遠で、陽翔は一塁へ歩かされた。
今日四つ目の四球である。
『四番、ディーエイチ、アルバラード、ロペース!』
最終回、一点ビハインドでのチャンス、四番の打席――の割に歓声は疎らだった。
純粋な声援をファンが送れない理由は、四番にあの頼れる存在がいない、すなわち三浦の不在に口惜しさを感じているのと、今日いいところがない四番に期待ができない、そんな層が確実にいるからだろう。
全盛期には、有らん限りの声援を受けた場面だろうに、今の自分の立ち位置をそのまま表すファンの声は、純粋で残酷だ。
衰えというのは誰にだってあるが、全盛期との格差があるほど、ファンの憐みの目は強くなる。
声援を送るのが本当のファンだ、というのは綺麗ごとだと思う。
たまに衰えを見せたくないのか、すぐに引退する選手もいる。
そういった美学をロペスは否定しないが、今の自分でもできることはある。
後進の育成。
そしてこの場面でも、今の自分にできる最善のプレーをする。
盛山は、セットポジションから内角への160キロのストレートを投げ込んできた。
ロペスは手を出せず、ワンストライクを取られた。
大黒監督の予言通り、今日のブロンコス投手陣はひたすら内角へのストレートで攻めてきた。
体に近いところへの速い球で詰まらされ、力無い打球しか飛ばせていない。
こうなればストレートを狙わず、変化球を狙う、しかもカウントを取りに来る次の二球目を。
相手バッテリーはそう考えているだろうと、ロペスは読んだ。
しかし、本当の狙いは三球目に来るであろう内角へのストレートだ。
二球目は、外へのカットボールだった。
カウントを取りに来る球とはいえ、クローザーの持ち球である。
素晴らしいキレを持って、外角を切り裂く。
ロペスのバットは空を切った。
こんなの、狙っていても打つのは厳しいだろうと思った。
布石は打った。
残りのミッションは、十中八九、次に来る内角への剛速球に対し、どうアプローチするか。
現状の後ろ捌きが厳しいなら、打つポイントをピッチャーより前進させ、前で捌くしかない。
ロペスの打撃は基本的に後ろ捌きだ。
後ろで打つことによって、長くボールを見れるし、変化球を見極めやすい。
この打撃スタイルによって高い打率を長年に渡ってキープすることができた。
後ろで捌くというが、簡単なことではない。
ロペスの強靭なスイングスピードがあるからこそ、体に近いポイントであっても強烈な打球を打つことができた。
身体の衰えにより、スイングスピードも落ちてきた。
ましてや全盛期にプロ野球にほとんどいなかった160キロ越えのストレートに対しては、後ろ捌きは厳しい。
なんとか右方向――ライト前に落とすのが精いっぱいだ。
この何日かで、今の一軍のストレートに目は慣れてきた。
前で捌くタイミングを掴むため、ひたすら生きたボールを見て、イメージを固めた。
すべてはこの打席で打つためだ。
盛山のストレートを、前で捌いた。
全盛期なら角度がついただろうに、打球はゴロになった。
強い打球が三塁線を抜け、長打コースになった。
「フェアっ!」
三塁審が宣告する頃には、田中は三塁を回っていた。
まずは一人目がホームインし、同点。
普通なら一塁ランナーが三塁止まりだっただろうが、そこは陽翔だ。
最後はレフトからショートへの中継、ショートからキャッチャへの送球と競争になったが、陽翔の左手がホームに触れるのが早かった。
6-5、カウボーイズのサヨナラ勝ちとなった。
ロペスの活躍もあり、ブロンコスとの三連戦にカウボーイズは勝ち越す。
この結果を持って、カウボーイズと首位シーホークスとの差は0.5ゲーム。
一つでも勝ち越せば首位奪還という状況で、ビジターでのシーホークス三連戦を迎えることになった。
◇◇◇◇
213.牛を飼う名無し
ロペスサヨナラwwwwwwww
227.牛を飼う名無し
引退しろとかいってすまんな
231.牛を飼う名無し
五十嵐足早すぎじゃね
240.牛を飼う名無し
>>231
四球で逃げたとて盗塁されるし
ガチで厄介な選手だと思う
412.牛を飼う名無し
【朗報】三浦、9月復帰へ
https://www.nikkensports.com/baseball/news/1721250.html
415.牛を飼う名無し
>>412
ファッ!?
418.牛を飼う名無し
>>418
全治二か月じゃなかったっけ
421.牛を飼う名無し
>>412
>>関係者によると三浦は既にリハビリを開始し、9月1日への復帰へ向け調整中だという。
超人定期
431.牛を飼う名無し
>>412
化け物やん
441.牛を飼う名無し
>>412
これは朗報すぎる
そろそろパーキンスも復帰するし
三浦帰ってくるまではシーホークスに離されないで欲しい




