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トリプルクラウンの争奪者  作者: 夏を待つ人


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35/66

35話 鉄腕

 カウボーイズは六連勝を果たし、首位シーホークスへと猛チャージをかける。

 しかし流石のシーホークスで、こちらも四連勝と、一歩も譲らない。

 両チームとも勝率六割五分を超えるという史上最もハイレベルな優勝争いは、さらに加速していく。


 七連勝をかけた今日のカウボーイズの対戦相手は、北海道ペンギンズ。

 今シーズンの対戦成績は、カウボーイズの11勝4敗と大きく勝ち越している。

 しかも、今日からは大阪ドームでの三連戦で、ホームでのカウボーイズの勝率は七割を超える。

 ペンギンズを三タテ――三連勝を果たし、九連勝と首位奪還を狙う。


 カウボーイズの先発はエース森本で、ペンギンズの先発は若き右腕、井口だ。

 今シーズンの井口の勝敗は5勝6敗で、防御率は四点代前半と、ぱっとしない成績。


 対して森本の成績はいわずもがな、文句の付け所がない。

 黒星はシーホークス相手に負けた一敗のみで、白星は既に15を数える。

 未だ防御率は一点代であり、支配的な投球を続けている。


 先発のマッチアップだけ見ると、十中八九カウボーイズの勝利だが、今日の試合はペンギンズが粘りを見せた。

 全バッターが、森本相手にファウルで球数を稼ぎ、四球で出塁する。

 バント、盗塁など小技を絡め、三点を奪う。

 六回時点で、森本をマウンドから引きずり下ろした。


 しかし、今のカウボーイズ打線は井口を問題にしなかった。

 五回までに五点を奪い、リードを保ったまま終盤七回へと入っていく。

 誤算だったのは、中継ぎだった。


 七回表、カウボーイズは二点を奪われ、同点に追いつかれる。

 リードを保てなかったのは、セットアッパー、平山佳人だった。


 平山は先日の埼玉ブロンコス戦でもリードした場面で登板し、逆転を許した。

 ここ最近、失点する場面が増えてきていた。


 同点になった以降、試合は動かなかった。

 両チームチャンスを作るものの、中継ぎ陣がピンチで踏ん張りを見せる。


 最後は延長十一回裏、陽翔がサヨナラヒットを放ち、カウボーイズが連勝を七に伸ばした。

 しかしシーホークスも勝利し、ゲーム差は縮まなかった。


 試合後、陽翔は思った。

 リードをした試合を締めにかかる、勝ちパターンのリリーフ陣に疲労が溜まっている。


 ただでさえ暑さで疲れやすい夏場に、大型連勝中ということもあり、負け試合が作れない。

 連勝中は、接戦を勝ち切るという試合が多くなっており、勝ちパターンの登板回数が多くなってきている。

 平山の投球が精彩を欠いているのも、疲労が原因だろうと考える。


 中継ぎが休める展開で、勝利する。

 そのためには野手陣が奮起し、大勝するしかない。

 リーグ優勝に向けては、どうしてもそれが必要だ。


 ◇◇◇◇


「くそっ!」


 試合後のロッカールームにて、平山佳人は衝動的にグラブを床へ叩きつけそうになった。

 自分への不甲斐なさで出た行動だが、あと少しというところで留まった。

 若い頃はよく道具に当たり、先輩に怒られたり、ファンに叩かれることもあったが、最近は自身の心をコントロールできるようになり、衝動的な行動はなくなった。

 しかし今日という今日は、自分への苛立ちが勝つ寸前だった。


 情けない。

 平山は最近の自分について、そう思う。

 鉄腕と呼ばれた自分が、疲労で調子を崩すなんて。


 現在平山の登板数は60試合で、シーズン登板数歴代二位のペースだ。

 でも過剰な登板数も、もう三十歳後半で体力の衰えも、最近の日本の夏は暑すぎるということも、何も言い訳にならない。

 今年は、なにがなんでも優勝を果たさなければならない。


 平山はカウボーイズ一筋19年、長年に渡ってカウボーイズの中継ぎを屋台骨として支えてきた。

 どんなに投げても壊れない、そう言われた平山は歴代屈指の登板数――現役では最多の登板数を誇る。


 若い頃はカウボーイズも上位に進出することもあったが、近年は暗黒まっしぐらいで、ほぼ四位以下――Bクラスが定位置だった。

 他球団、メジャーからの誘いもあって、何度も他のユニフォームを着る自分の姿を想像した。


 でも、カウボーイズから出ることはできなかった。

 生まれ育った大阪が好きで、子供の頃からカウボーイズのファンだった。

 チームのみんなにも愛着があるし、ファンのみんなも大好きだ。

 いつかこの地で、このチームで、みんなと再び日本一になる。

 そう心に秘め、身を粉にしてチームのため投げ続けた。


 日本一に向け、今年は最大にして最後のチャンスかもしれない。

 三浦と森本という投打の両巨頭に、五十嵐陽翔、山上宗次郎という新世代の怪物も台頭した。

 戦力的には、今年のカウボーイズは平山入団以降で最強といっていいかもしれない。

 そして、チームの雰囲気も最高だ。


 三浦と森本は今年が日本ラストイヤーで、来年のカウボーイズの戦力は落ちるのは確実だ。

 今年で日本一。

 暗黒期を堪えてきたチーム、ファン、そして自分のためにも、必ず成し遂げる。


 本来なら今年のカウボーイズは、リーグを独走していてもおかしくないのだが、運が悪い事に、黄金期である今年のシーホークスもここ十年で最も充足した戦力を誇る。

 ここを逃したら、次優勝のチャンスが来るのはいつだろう。


 少なくとも、平山の残り少ない現役生活の間に、これほどチームにタレントがいることはないだろう。

 だからこそ今年、平山は過去の自分と比べてもハイペースの登板を自ら志願し、すべてが終わってもいい覚悟で、ここまで投げ続けてきた。

 自分が投げまくることで、他の中継ぎ陣の負担が減らせたと自負しているし、ここまで多大な貢献を今期のカウボーイズにできているはず。


 ただ、こんなところで力尽きるわけにはいかない。

 チームにとってはここが正念場だ。

 これ以上炎上が続くようなら、二軍降格などを自分から進言しなければならないが、それも嫌だ。

 あと二ヶ月弱、最後の力を振り絞って、チームに貢献し、日本一を果たして、力尽きたい。


◇◇◇◇


 翌日の試合前、平山の元に一報が入った。


「北岡が……?」


 本日先発予定だった北岡が、試合前の投球練習で肘に違和感を覚えた。

 カウボーイズは試合開始一時間前に、急遽代役を立てなければならなくなった。


「俺が行きます」


 平山は監督、コーチへ進言した。

 ほとんど反射的に、考えるより先に口が動いていた。


「いいのか?」


「全然いけます。なんなら、完投して見せます」


 チームのためなら、なんでもする。

 大黒監督は静かに、「お願いします」と平山の左肩に手を置いた。


 ◇◇◇◇


「先発ピッチャー、ひらやまーよしとー!」


 ドームDJのアナウンスに、大歓声が上がった。

 アドレナリンが身体中をひしめく中、平山の投球練習を行う。


 試合前開始一時間前のメンバー発表では、“先発平山”というアナウンスに、困惑の声ばかりが上がった。

 しかし試合が始まると、北岡故障のニュースがドームの観客にも伝わってきたのか、先発として登場した平山には応援の声しか聞こえなかった。


 大好きなハードメタルな曲をバックに、キャッチャー目掛けてボールを投じる。

 先発なんて、いつぶりだろうか。

 たしか、プロ三年目ぐらいに一軍で何試合か先発したっけ。

 あれで結果が残せなかったから、中継ぎ専門に転向した。


 たぶん、これがプロ野球人生最後の“先発”だろう。

 この時間を目いっぱい楽しもう。

 いけるとこまで。


『一番、センター、西村春樹』


 一番の西村に対峙し、平山は、第一球を投じた。


 ◇◇◇◇


 急遽先発としてマウンドに上がった平山は、文字通り魂の投球で、ペンギンズ打線に点を与えなかった。


 決して相手を圧倒したわけではない。

 それなりにランナーを出すが、ピンチの場面では決め球のスプリットが冴えわたり、ペンギンズ打線から三振の山を築く。

 五回無失点、被安打四で、四球は二、奪三振は五。

 完璧な投球とは言えないが、急ごしらえの先発で、これは上出来といえるかもしれない。


 しかし、援護はない。

 相手先発の伊原いはらも絶好調で、連勝中ずっと当たりの止まらなかったカウボーイズ打線を、ものの見事に抑え込んでいる。

 だったら、味方が点を取ってくれるまで、投げ続ける。

 それが先発ピッチャーの役割だ。


 五回表をゼロに抑えた平山へ、投手コーチが言った。


「お疲れさん。これ以上ないぐらい最高のピッチングだ。ゆっくり休んでくれ」


 しかし、平山は、


「いや、俺はまだいけます! 行かせてください」


 コーチは「え、なんで?」と首を傾げた。


「もう十分、代役先発の役目どころか、普通の先発としての役目すら果たしているだろう」


「無失点でまだ余力のある普通の先発が、五回で降りますか? 今日の俺は先発です。中一日での登板とか、そんなの関係ない。中継ぎ陣の疲労が溜まっていて、今は九連戦中の真っただ中です。少しでも投手を温存できるならした方がいい」


 現在日本はお盆休み中だが、プロ野球は稼ぎ時ということもあり、普段ある一週間に一度の休養日もなく連戦が続く。


「しかし、お前だってその中継ぎの一員だろう。ここで無理したら……」


「俺は、今年で終わって良い――すべてを出し切る覚悟です」


 ここまで口を閉ざしていた大黒監督が言う。


「わかりました。今日は、気の済むまで」


「監督……いいんですか」


 大黒監督は頷いた。

 平山は「ありがとうございます!」と深々と頭を下げた。


 こうなったら背水の陣じゃないが、自分のわがままで続投を志願した以上、必ず結果を残さなければならない。

 絶対に後ろに迷惑をかけない形――ピンチでマウンドを降りるとか、先に失点するとか、あってはならない。


 ダグアウトで呼吸を整え、味方の援護を待つ。

 六回裏、ワンアウト満塁。

 本日最大のチャンスで最も期待のできる男へ打席が回る。


『三番、センター、いがらしーはるとー!』


 大阪ドームのボルテージは最高潮だ。

 三浦が怪我で離脱し、大型連敗をしてしまいシーホークスに首位を奪われたカウボーイズ。

 チーム状況がどん底だったカウボーイズの雰囲気をがらりと変え、七連勝へと導いたのは間違いなく陽翔の力だ。


 オウルズ戦での三打席連続ホームラン、あれが全てのはじまりだった。

 あの試合は、野球の歴史において、ターニングポイントとして語られる試合になるかもしれない。

 もし今年のカウボーイズが優勝できれば、チームの分岐点の試合として。

 そして、五十嵐陽翔という選手の本当の伝説の始まりとして。


 育成出身で、FA選手の人的補償選手に過ぎなかった彼が、オールスター投票一位になるほどの活躍を見せた前半戦。

 それだけで今年の陽翔は驚異的で、後々に語り継がれる物語を作っている。


 出来すぎだとか、後半戦は落ちるだろうとか、今年が野球人生のピークだろうという外野の声もあった。

 三浦の離脱後におけるチームの連敗中に、陽翔が調子を崩したときは、多くの者が後半戦は前半戦のような華々しい活躍は見られないと思っただろう。


 でも、陽翔は多くの者の予想を裏切り、調子を取り戻るどころか、さらにギアを上げた。


 木製バットが真芯でボールを喰う気持ちの良い快音。

 満塁から陽翔の放った打球は、ライトフェンスを越え、観客のグラブに収まった。

 満塁ホームラン――待望のカウボーイズの先取点は、やはり、陽翔のバットによりもたらされた。


「しゃあっ!」


 当たりが出た瞬間、平山はダグアウトを飛び出した。

 五十嵐陽翔のこの活躍ぶりに、ケチをつけさせてはならない。

 彼の大活躍があっても、チームはリーグ優勝を逃した、そんなことはあってはならない。


 ましてや、優勝を逃した原因が自分たち中継ぎ陣なんてことは、絶対にさせない。

 野球人生を掛けてでも、チームの中継ぎ陣の肩を守る。

 それが後先短い自分の野球人生の、最後の仕事だ。


 ◇◇◇◇


 回を重ねるごとに、平山がマウンドに上がる際のファンのどよめきは大きくなっていく。

 先発平山は早めに降りると思われていたのだろう。

 五回以降は、「早く変えろ!」という野次も聞こえてきた。


 それでも九回の登場時には、聞こえてくるのは拍手と声援だけになった。

 六回裏の陽翔の満塁ホームランに加え、八回に打撃陣はさらに四点を加えてくれた。


 リードは八点、もう誰も平山の続投に異議を唱えるものはいない。

 こんな大差の試合、他の勝ちパターンの投手も、若手の中継ぎも、肩を消耗する必要はない。

 平山は、試合の最後を締めにかかるべくマウンドに上がった。


 ワンアウトは簡単に取った。

 しかし続く打者にヒットを打たれ、さらに四球を出し、ワンアウト一、二塁となる。


 ピンチの場面で迎えるのは、四番の千丈せんじょうである。

 今季既に二十本を超えるホームランを記録する強打者を前に、投手コーチがマウンドに来た。

 コーチは交代を進言することもなく、間を取りに来ただけだった。

 最後は「任せたぞ」といって、ベンチに戻っていった。


 千丈に対し、平山は得意のスプリットを連発した。

 最後は、


「アウト!」


 ショートフライに抑え、ツーアウト。

 五番のカノーには、初球のストライクを打たれた。


「ああっ……」


 カノーのスリーランホームランで、カウボーイズのリードは五点に縮まる。

 でも、ベンチは動かない。

 あと少し。


 汗が止まらない。

 完投するというのは大変だ。

 毎回のように完投をしている森本は、なんてスタミナなんだろう。


 バックネット裏より少し上がった席に自分の家族――妻と小学生になる息子の姿が見えた。

 今日平山が先発するという話を聞いて、急遽観戦に来たのだ。


 息子は野球に興味を示さなかった。

 妻がカウボーイの試合を見に連れて行っても、すぐあきてしまい、試合以外のことに熱中してしまう。

 平山が中継ぎで試合の中で出番が不確定であり、出たとしても試合の終盤なので、息子にちゃんと自分の登板姿を見せようとしても、なかなか難しかった。


 最近はユーチューブばかり見ていて、野球なんてまるで興味ない。

 でも、今日は見た感じでは、平山の姿を目に焼き付けようとしてくれているみたいだった。


 最後の一球は、やはりスプリットだった。

 六番の野田のバットが空を切る。

 空振り三振で、ゲームセット。

 家族に向けて、右腕を上げてガッツポーズをした。


 平山のプロ初完投で、カウボーイズは九連勝を果たした。



 ◇◇◇◇


 翌日の試合、平山はベンチメンバーに入らなかった。

 本人としては今日も投げるつもりだったが、さすがに首脳陣に止められた。

 疲労を抜くため、入念にマッサージを行い、投球はせず、軽く体を動かすだけに留めた。


「平山さん」


 平山の元を訪れたのは、五十嵐陽翔だった。


「おう陽翔。なんか用か?」


「昨日の試合、めっちゃ感動しました」


「ありがとよ。俺も、お前のグランドスラムに感動したよ」


「あざっす。今日の試合も絶対大量得点して、中継ぎの方たちを休ませてみせます。あと――」


 陽翔は続けて、


「平山さんの力はまだまだ必要です。こんなところですべてを使い切っちゃだめです。昨日の疲労をしっかり抜いて」


 最近の陽翔はいきいきとして見える。

 成績は人外の域に達してきたし、なにか陽翔の中で、覚醒の出来事があったのだろうか。


「今日の試合、ゆっくりとお茶でも飲んで見ててください」


 平山の話を聞くことなく、一方的にまくし立てて陽翔は消えた。

 なんとも頼もしい後輩は、宣言通りの活躍を見せてくれた。


 一回、一番島岡と二番田中の出塁後、陽翔はツーベースを放ち、カウボーイズは二点を先制する。

 三回にも陽翔のタイムリーで追加点。

 勢いに乗ったチームは、その後も得点を重ね、気づけば十五点のリードを奪う。

 先発の山上は八回三失点。

 ほとんどの中継ぎが今日も休むことができた。


 これでチームは十連勝を果たした。

 首位シーホークスとのゲーム差は1。

 再び首位の背中を捉えた。


 ◇◇◇◇


 124.牛を飼う名無し


 九連勝キターーーーーー


 126.牛を飼う名無し


 陽翔きゅんかっこよ


 128.牛を飼う名無し


 平山のプロ完投感動的すぎたし

 チームに勢いつくやろ


 132.牛を飼う名無し


 >>128

 15連勝不可避


 140.牛を飼う名無し


 >>128

 大黒監督「チームとしては2イニング投げてくれれば十分だった。本人が志願したため、差最後まで投げさせた。この勝利は大きい。中継ぎも休めたし、チームにとって大きな完投だったと思う」


 145.牛を飼う名無し


 平山は元々先発志望で若い頃は中継ぎ起用に不満があったんだよね

 どっちかという俺が俺がの性格でチームの勝利よりも自分が目立ちたかったから

 チームと起用方針を巡って対立することもなった


 それがいつしか落ち着いてチームのために中継ぎで奮闘するようになった

 チームが低迷しても他球団やメジャーの誘いを断り投げ続けた

 そしてやっと迎えた優勝のチャンスで先発登板し完投

 それも他の中継ぎ陣を休ませるために


 若いころあんなやんちゃだった平山がベテランとしてこんなキャリアの終盤を迎えるなんてずっとカウボーイズファンやってたやつほど感動するんじゃないかな


 160.牛を飼う名無し


 >>145

 ネットで3行以上の文章を読めないワイ、なぜかこれは読めて号泣


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― 新着の感想 ―
3桁以上読めるわいも感涙( ω-、)
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