21話 上菅雅己
『空振り三振! ヴィンセント・ケント、ノーヒットノーラン達成!』
カウボーイズの二番、ウィル・パーキンスが空振り三振に終わると、実況がけたたましく叫ぶ。
ノーヒットノーラン――ウォーリアーズの先発ケントは、一本たりともヒットを許さず試合を終えた。
森田楓はため息を吐きながら、次を打つ三番――陽翔に四回目の打席が回っていたならば、ノーヒットノーランはなかっただろうに、と思った。
今日は交流戦、カウボーイズとウォーリアーズの二試合目。
壮絶な打ち合いの末、カウボーイズが勝ち切った初戦とは打って変わり、両チームの投手陣がスコアボードに“ゼロ”を並べ続けた。
最終的なスコアは1-0でウォーリアーズの勝利、一回裏に上げた一点を最後まで守り切った。
この試合において、最も輝きを見せたのはもちろんケントである。
彼は元メジャーのオールスター選手で、通算百以上の勝ち星を挙げている。
実績では日本にいる助っ人外国人ではナンバーワンといっていい。
四月途中に一軍に昇格して以降、六勝一敗、防御率一点代という活躍を見せている傭兵右腕はこの日、来日以降最も素晴らしい投球を見せた。
ストレートは常時150キロを超え、変化球の制球も申し分なかった。
好調なカウボーイズ打線をまったく寄せ付けず、十二奪三振、許したヒットはゼロ――ノーヒットノーランを達成した。
「やった! 凄い!」
楓の母、結子は、自身の夫が監督を務めるウォーリアーズの勝利をただ、純粋に喜んでいた。
母の容姿には昔、国民的大女優だったころの面影が残り、引退から二十年以上の時がたった今なお、綺麗だ。
でも、もはや母の容姿以外のところから女優、芸能人といった要素を見出すことはできない。
楓と母が試合をテレビ観戦していた広いリビングには、豪華な調度品を囲うようにウォーリアーズのファングッズが並ぶ。
母は父との結婚を機に、女優を辞めた。
今はただ、ウォーリアーズの応援をするだけの専業主婦。
母がそんな自身に満足しているのだろうかと時々思う。
自分が母なら、夫が反対しようと絶対に女優を続ける。
テレビにて、父のインタビューが始まる。
丁寧に言葉を選びながらインタビュアーの質問に答えていく。
監督としての父は、自分はプロ野球の監督、名将なんだぞ、という常に雰囲気を醸し出し、余計な言葉を発さず、どんな展開にも取り乱さず、冷静な様子を決して崩さない。
もちろん今も、今日の試合中も、昨日の試合中もいつものように振舞っていた。
でも、父の内心が、決して平常でないことは楓にはわかる。
陽翔のことがよほど気に喰わないのだろう。
彼の今の活躍は、父にとって自分の考えを真っ向から否定するもの。
さらには父の監督として、そして野球人としての評価を揺らがせるもの。
父は間違っている、娘である楓も思う。
それでいい、間違いに気づいて欲しいと、家族として思う。
「楓、明日応援に行くんでしょ?」
「うん」
「明日勝てば交流戦優勝いけそうだし。頑張って応援してきてよ」
「おっけー」
ごめんママ、楓は心の中で母親に謝った。
私が応援するのはウォーリアーズではなく、カウボーイズの選手だ。
交流戦の優勝は、カウボーイズとウォーリアーズに加えて福岡シーホークスにも可能性が残っている。
試合消化が一試合少ないシーホークスは明日、明後日連勝すれば優勝。
逆にカウボーイズとウォーリアーズは、明日の直接対決に勝った上で、シーホークスが残り二試合のうち一試合を落とさなければならない。
シーホークスの結果は置いておいて、両チーム絶対に勝たないといけない明日の直接対決、カウボーイズの先発はベテランの木佐糠浩二、ウォーリアーズは絶対的エース、上菅雅己だ。
両先発の名前だけを見ると、圧倒的にウォーリアーズ有利だ。
日本代表のエース候補にも名を連ねる上菅に、落ち目も落ち目なベテランの木佐糠。
誰に試合の予想をさせたって、ウォーリアーズが勝つと答えるだろう。
それでも、今年のカウボーイズと五十嵐陽翔なら驚くべきことをやってくれる。
野球ファンなら知っている。
楓は確信にも近い期待を持っている。
陽翔にメッセージを送り、楓はリビングを後にした。
◇◇◇◇
昨日の試合は最悪だった。
チームはヴィンセント・ケント相手にノーヒットノーラン負け、陽翔自身も二つの三振を喫した。
試合後のヒーローインタビューでケントは興味深いことを語っていた。
今日の圧倒的な投球の要因をインタビュアーに問われたケントは、オープン戦で陽翔に二打席連続のホームランを打たれたことを自ら話題に出し、
「彼に打たれたことが自分を改めるきっかけになった。日本野球を自分が過小評価していたことを自覚し、全盛期に近い、あるいは同じレベルに自身の投球を戻さなければ、通用しない。年俸に見合った活躍はできないと思った。彼には感謝している。そのうち、メジャーでの活躍も見られると思う。しかし、絶対に抑え、今日はあの日のリベンジを絶対果たしたいと思っていた」
彼のような実績のある選手に褒められるのは嬉しいが、内心複雑だ。
陽翔は眠れる獅子を起こしたようなもので、オープン戦で打って彼の意識を変えていなければ、今日の試合でノーノ―を食らわなかったのかもしれない。
リーグの違うウォーリアーズとはもうシーズンでは対戦する機会はないが、日本プロ野球の最高峰、日本シリーズで対戦する可能性がある。
ただでさえ潤沢なウォーリアーズ戦力に全盛期並みのケントがプラスされたとなると、厄介極まりない。
いつまでも昨日のことを考えていてもしょうがない。
頭を今日の試合のことを切り替える。
試合開始まであと数時間、カウボーイズの選手たちは東京ドーム内で練習を行っていた。
「おい、五十嵐、上菅の攻略法とかねえのか?」
この三試合、先輩チームメイトたちがウォーリアーズのことを陽翔に聞いてくることが多い。
元ウォーリアーズの陽翔だけあって、何か知っていないかと考えているのだろう。
今日一番聞かれるのはもちろん、ウォーリアーズ予告先発の上菅雅己のことである。
「ないですね」
「無いのかよ!? こう……投球の癖とかよ」
「俺にわかるレベルの癖があったら、あの人はあんなに活躍できていませんよ」
ド正論を言われ、不満そうに彼らはどこかへ行った。
当たり前のことを言っただけなのに。
上菅雅己の攻略法、そんなものがあるならこっちが聞きたいぐらいだ。
このカードの初戦に先発した元カウボーイズのウォーリアーズ宮本が、投手としてのすべての要素が平均レベルというのに対し、上菅はすべての要素が球界最高峰。
ストレート、スライダー、フォーク、どの球種も一級品かつ、ほとんど同じフォームで投じられてくる。
どの球は狙えばいいか見当もつかない。
さて、どうしたものか。
現在ゲージの中では島岡壮太がフリーバッティングを行っており、陽翔は次の番で打つ予定だ。
上菅攻略方法を考えるも、思考がドツボに嵌りそうだ。
出たとこ勝負で、来た球を打つか、球種に山を張って狙い球が来たらラッキーぐらいで行くか。
その時、急に周りがざわつきだした。
何事かと陽翔は辺りの様子をうかがうと、練習を行っているカウボーイズの選手、スタッフたちの視線は、一塁側ダグアウト――ウォーリアーズの本陣の方へ向いていた。
「えっ」
大勢のカウボーイズのユニの中を一人、オレンジユニ――ウォーリアーズの選手がやってくる。
そして、その選手は陽翔のいる方へ歩み寄ってくる。
「久しぶりだな、五十嵐」
「お、お久しぶりです。上菅さん」
陽翔へ話しかけ来たのは、目下の悩みの種、相手今日先発の上菅だった。
突然のことで驚き、すっと言葉が出てこなかった。
彼と陽翔は、ウォーリアーズに同じ年のドラフトで入団した同期入団である。
とはいえ、向こうは投手で、大卒で、ドラフト一位で入団後ずっと一軍。
こっちは野手で高卒で育成ドラフトで入団後一軍にいたのはウォーリアーズ所属最終年の二か月ぐらいだけ。
何もかもが違いすぎて、ほとんど関わることはなかった。
それが、わざわざ向こうからあいさつに来た。
何だ、何か目的なんだ、と陽翔は身構えた。
「最近調子良いみたいだな」
「まあ、それなりに」
「お前がここまでの選手になるなんて、俺は想像してなかったよ。干されて良かったな」
「はあ……」
元チームメイトであるウォーリアーズの選手と会うと、大抵こんな流れの会話になる。
「じゃあな。まあ、お手柔らかに頼むわ」
上菅は、陽翔に背を向ける。
彼の性格を考えると、わざわざ陽翔を褒めに来るためだけのために、出向いてくるとは思えない。
元チームメイトであるが、陽翔と上菅は大して話したことすらなかったのだ。
「あ、そうそう。一個言い忘れてたが」
上菅は顔だけ振り向き、言う。
「お前最近、楓ちゃんに付きまとってるらしいな」
「は?」
陽翔は、もちろん上菅の言っていることを理解できなかった。
「俺は全部知ってるんだぞ。お前が楓ちゃんに執着して、強引にデートの申し込みしてるってことも」
「全然言ってる意味わかんないんですけど。楓って……森田楓のことですか?」
「当たり前だろ」
上菅は、彼の父もウォーリアーズの選手、さらに祖父は高校野球の有名監督という野球一家の出身だ。
森田監督とも小さい頃から親交があるという。
上菅と楓が知り合いであってもおかしくない。
二人とも有名プロ野球選手の子供。
お坊ちゃまとお嬢様。
スペックだけみたらお似合いなのかもしれないと思った。
「確かにちょっとあいつと関わることはありましたけど、付きまとってなんか絶対してないです! むしろ、こっちが付きまとわれているというか」
陽翔と楓の関係をちゃんと知っていたら、百人が百人、付きまとっているのは楓だと答えるだろう。
「何をバカなことを。いいか、楓ちゃんがお前に興味を示すわけないだろ。あのな、楓ちゃんはな。俺のことが好きなんだ。幼馴染である、俺をな。結婚する! って言われてるんだぞ。あっちからな。わかったら、楓ちゃんからは手を引け」
「手を引けと言われましても、俺はなんもしてないし、あっちが……」
「ふん、どうしても譲らないようだな」
「話聞いてます?」
自分の中の上菅のイメージを思い返してみると、こんな人ではなかったように思う。
寡黙で、野球一筋。
常に向上心を持って、侍のように自身の武器を研ぎ澄ましているイメージだったが、女が絡むとこうも変わるのか。
「わかった。じゃあ、こうしよう。今日の試合で、お前が俺にノーヒットに抑えられたら、もう彼女に手を出さないと誓え」
「もし俺がヒット打ったら」
「その時は別に何もない」
「その勝負、俺に何のメリットが……」
「じゃあな。ストーカー野郎」
上菅は、走って一塁側ダグアウトに消えていった。
陽翔は呆然としてその場に残された。
◇◇◇◇
「って上菅さん言ってたんだけど」
試合前のロッカールーム、少しだけ時間が空いたので、楓に電話してみた。
思い付きで掛けたので出てくれるかはわからなかったのが、ワンコールで返ってきた。
「結婚する、なんて絶対言ってないよ! ただ……」
「ただ?」
「小っちゃい時、あの人に野球が世界一上手い人と結婚したいとは言ったかも」
「それをあの人は自分へのプロポーズだとずっと思ってる」
「のかも。ていうか、なんで私と陽翔のこと知ってるんだろう。最近全然会ってないし……」
ストーカー、という言葉が頭をよぎり、なんだか寒気がしてきた。
孤高の天才ピッチャーとして有名だった上菅があんな人だったとは。
投手野手違えど、野球人として尊敬していた陽翔にとっては、結構ショックである。
「ていうか、試合前なのにわざわざ心配して電話してくれたの? そんなに私のこと気になった?」
「……上菅さんとあなた結構お似合いだと思うよ。いいバカップルになりそう」
「え?」
「じゃあな、切る」
「ちょ……頑張って! じゃあね!」
電話を切った。
今日、楓は試合を見に来ると言っていった。
上菅に見つかって、面倒なことにならなければ良いなと思った。
◇◇◇◇
「プレイ!」
球審が右手を前に突き出し、試合が始まる。
左バッターボックスにカウボーイズ一番の島岡が立つ。
カウボーイズ、一回表の攻撃が始まる。
「ストライク、バッターアウト!」
「しゃあ!」
一番の島岡を空振り三振に抑え、上菅は吠えた。
さらに二番のパーキンスも三振に抑えた。
今日の上菅は妙に気合が入っていて、その上、絶好調だ。
陽翔は三浦の言葉を思い出す。
「上菅は、俺が公式戦で対戦した中では、一番のピッチャーだ」
現日本人最強バッターの三浦にして、そこまで言わせる上菅雅己。
全神経を総動員する。
『三番センター、五十嵐陽翔』
大歓声を背に、陽翔は上菅との第一ラウンドに向かった。
◇◇◇◇
181.牛を飼う名無しさん
上菅気合入りすぎやろ
日本シリーズWBC並みやん
189.牛を飼う名無しさん
>>181
上菅の好きな18禁エロソシャゲがサービス終了したらしいで
その悲しみをぶつけてるんやないか
196.牛を飼う名無しさん
>>189
ええ…なんでそんな趣味バレたんや
211.牛を飼う名無しさん
>>196
ツイッターアカウントを非公開から公開にしたときリツイート消してなくてバレた
215.牛を飼う名無しさん
>>211
草
アホやん
218.牛を飼う名無しさん
エロタップ投法上菅
230.牛を飼う名無しさん
なんでもいいけど打ってくれ五十嵐
昨日一本もヒット打ってないから早いとこ一本みたい




