89.姫の家族
エリーゼは魔王の娘。私の記憶に全くない情報に、思考が停止しかけた。
囚われの姫が魔王の娘なんて有り得ない話だ。魔王様が父親なのを否定したいわけではない。だが私の記憶がそれを否定する。
もしかしたらここはアヴェンチュラーミトロジーの世界ではない? だが魔物の情報や地図はあっていた。なのに、なんで私は知らないんだ? 目的はゲームクリアだったから? 確かにストーリーをじっくり読んでいないが、ムービーやストーリーのスキップはしていない。なら私の記憶レベルが足りないのか? 流石にそんなストーリーの根幹に関わりそうな所が抜けるのはおかしい。
あとは考察。プロデューサーがどっかの雑誌で話していたとか? それならまだわかるかもしれない。
「チェル。君は唐突すぎる」
姫の設定について考えていると魔王様の声が聞こえた。そうだ。魔王様の話の途中だった。急いで視線を魔王様に戻すと隣からチェルさんの声が聞こえた。
「お前が焦らしているからだろう。どんなに時が過ぎてもエルがお前の娘には変わらない。さっさと言ってしまう方が良い」
「何度も言っている筈だ。物事には順序がある。順を追って話してくれ。姫。すまないね。チェルの言っている事はあっているよ。関係が証明出来れば良いが、ここには先進的な技術はなくてね。そうだな。黒目は珍しい。君の黒目は私の遺伝だよ」
魔王様の目は赤い。どう言うことだろう。魔王様の様子を窺いながら見ていると魔王様が自身の目に優しく触れようとする。
その光景は見ているだけで痛くなりそうで、思わず目を反らした。
「驚かせてしまったようだね。もう取れたよ」
直ぐに魔王様の声が聞こえた。何が取れたんだろう。恐る恐る魔王様へ視線を戻すと、魔王様の目が黒くなっていた。
魔王様の手へ視線を移すと指先に赤い何かが乗っていた。
コンタクトレンズかな? ……そうか。赤いカラコンで黒い目を隠していたんだ。
黒目は珍しいらしい。私も外出する時はチェルさんの魔力で目の色をオレンジに変えて貰っている。きっと同じように魔王様も変えていたんだろう。
珍しい黒目。理由としては充分だ。実際私も自分と同じ黒い目をした人が親だと思っている。
だがそれは母親の話だ。私の父親はもういる。ロンディネの王だ。もちろん王も私と共通点がある。私と同じ髪色だ。父親が二人いるのはおかしい。
「国王も私と共通点があります」
その言葉に魔王様が複雑な表情をした。
何でだろう? あっ、どんな理由でも私はあなたの子供ではありませんって言われるのは嫌だな。
「違います。えーっと、違うと言うのは魔王様の娘じゃないって言いたいわけではなくて。ただ私はロンディネの城に住んでいました。髪も王様と同じ色で……そこが、気になりまして」
恐る恐る魔王様へ伝えていく。前世の記憶の設定だ。なんて魔王様には言えない。
ここはゲームの世界と言うのも普通に考えるとあり得ない話だし、信じて貰える筈がない。それ以前にチェルさんの相談なしに勝手に伝えるのは嫌だ。
「君の髪色は母親に似たのだろう」
「母様にですか?」
「君の母親は国王の娘だよ。国王は君の祖父に当たる。父親が不明。黒い瞳を持っていたから両親から引き離した方が良いとされたんだ。そして君は国王の娘として育てられた」
「引き離した?」
なぜ引き離してまで城で預かるのだろう。あんな扱いをするなら、追放してしまえば良い。
近隣の平原には魔物が巣くっているし、非力な姫はすぐに野垂れ死ぬだろう。
「きっと黒い瞳の父親が君を使って国家の乗っ取りでも計画するのではないかと考えたんだろうね」
手元で監視している方が良いのか。勇者がさらいに来るのも何となく納得した。
母親が王族で父親が魔物。逆ではあるが私の予想に近い物だった。これなら魔王様が父親と納得がいく。設定にないのがとても引っかかるが。
そして改めてロンディネでの生活に納得する。父親がわからない黒い目の姫。客観的に見ると良く生きていられたと思う。
「他に聞きたいことがあったら言ってくれ。認めたくないかもしれないが、君は私の娘だ」
「私も魔王様が父様だったら嬉しいです。ただわからない事が多くて、整理したいだけです」
「それは良かった。もし君の知らない設定で整理が出来ていないだけなら、ゆっくり理解してくれれば良いよ」
ん? 魔王様は今なんて言ったんだ。設定? なんで魔王様の口からそんな言葉が出たんだ?
「君はわかりやすいね」
これは確実だ。私に記憶があることがバレた。いやとっくに気付かれていたみたいだ。どうしよう。思わずチェルさんを見るとチェルさんは苦い顔をしていた。
「食堂の飯を旨そうに食っていただろう。それで魔王に気付かれた」
なんでご飯を食べたらバレるんだ? 食べ方とか? ロンディネにいた時と変わらないはずだ。マナーは問題ないとチェルさんが言っていた。
「ラーメンやシュークリームはこの世界にはないらしい」
ラーメンはこの世界にない? いや、食堂にある。ラーメンが庶民の食べ物だから姫が知っているのはおかしいと言うことだろうか。整理がつかず、そのままチェルさんを見ていると、チェルさんが口を開き続けた。
「魔王も前世の記憶がある。ラーメンはその世界のもののようだ。俺は人の世界を知らないからな。お前がラーメンを知っていたのも当たり前だと考えていた」
「魔王様も前世の記憶が……」
この城は良く考えるとロンディネよりも住みやすかった。流石ゲームの世界と思っていたが、ゲームは関係なく、ただ魔王様が住みやすくしていたからのようだ。
「チェルの言う通りだよ。私も君と同じく前世の記憶がある。ラーメンもアヴェンチュラーミトロジーもあったから、私と君はどうやら同じ世界から来たみたいだね」
これはかなり前から気付かれていたな。
「そう、でしたか」
「あまりにも君はこの城に馴染み過ぎていたからね」
この城がおかしかったんじゃない。私がおかしかったんだ。ゲームだからと勝手に思っていた。だが違った。とても迂闊だった。
「怖がらないで欲しい。この城の者は君のことを利用しようとしないからね。ただこの城の者以外に転生者と気付かれるような行動は気をつけてくれないかい。特に君の知識は有用だ。不自由を感じさせてしまうが、出来れば外出するときはチェルと一緒にしてくれ」
魔王様は私が転生したと知っている。しかもそれを言うことがなかった。魔王様の目的はなんだ。一緒にいる限り悪い魔物さんではない。お父様も本当なのか?
一回疑い始めると一気に今までの事まで信じられなくなる。考えれば考えるほど、不安まで押し寄せてくる。
『俺が一緒にいる』
考えていると突然頭の中にチェルさんの声が響いた。そうだチェルさんも一緒にいる。私も出来る事をしないと。ゆっくりと瞬きをすると少し心が軽くなった気がした。




