90.知らない真実
チェルさんも一緒だ。大丈夫。一呼吸置いてから整理する。魔王様も転生者だった。
アヴェンチュラーミトロジー。この名前を誰かに伝えたことがない。誰も知らないはずの名前をさらりと言った。魔王様が転生者の振りをしているわけではなさそうだ。
そして魔王様の言葉で似たゲームと言う考えも消える。ここはアヴェンチュラーミトロジー。だが魔王とエリーゼの親子関係と私の知らない設定がある。だが魔王様は知っているようだ。
私の記憶はバレているし、魔王様も話をしに来たと言っていた。ここは素直に聞いてしまおう。まずは魔王様の情報の確認だ。話から察するに魔王様は考察関連の情報に詳しそうだ。
「魔王様はアヴェンチュラーミトロジーをどこまで知っていますか?」
すぐに答えてくれると思ったが、魔王様は何も言わず、眉を下げて気まずそうに笑った。
「すまないね。遊んだことはないんだ。だが有名なゲームだから、あらすじ程度は知っているよ。囚われの姫が実は魔王の娘。内容が衝撃的だったからね。ゲームに疎い私の耳に入るくらいにとても話題になっていたよ」
確かに衝撃的だが、未プレイの人にまで囚われの姫が魔王の娘と知られているのはどうなんだろう。酷いネタバレだ。
ん? それよりも。話題になっていたら私は覚えている筈だ。なんで覚えていないんだ?
「きっと君がプレイしていたのはリメイク前のゲームだったんだろうね」
「リメイク?」
考えていると補足するように魔王様が続けた。
リメイク。昔の人気ゲームを作り直すことだ。ゲームのハードは五年もすれば新しいものに変わってしまう。世代を超えて愛されるゲームは新しいハードでも遊べるように新たに作られることが多い。
そうかリメイクされていたんだ。
「アヴェンチュラーミトロジーはリメイクされているんだ。主な内容は難易度調整とストーリー追加だ。君はリメイク版から私の娘になった」
だから私の知識はあっていた。だがここで新しい疑問が生まれる。
「私はなんでリメイクされているのを知らないんでしょうね」
リメイク版も絶対プレイしている筈だ。私の記憶にないのはおかしい。
「これは予想だが。前世の君はこのゲームがリメイクする前に亡くなったんだろうね。リメイクされるまで二十年くらい経過していたからね」
二十年。それは長い。前世の私は長生きできなかったんだな。
「死んでしまったようですね」
「そうか……やはり君の記憶は完全ではないようだね」
「は、い」
そうだ。死んだことも覚えていなかったんだな。なんですぐに気付かなかったんだろう。私の記憶は完全だと感じていた。
気付いていないだけで、覚えていないことのが多いかもしれない。それもわからない。歯痒いな。
記憶が完全ではない。それがなんとなく気まずくて、魔王様からそっと視線を外そうとすると、魔王様が小さく笑った。
「君が正常だよ。新しい世に前世の記憶は不要だ。普通は生まれ変わる時に消されて、まっさらになるんだけどね。だが消せないくらい頭に刻まれているものは残ってしまう。そしてそれが今世も縛り続けるんだ。呪いのようだよ」
魔王様は寂しげな表情だった。魔王様の前世には触れない方が良さそうだ。私は前世の記憶がはっきりとしていない。それはとても歯痒かったが、記憶があることも手放しで喜べることではないらしい。
「ただこういった世界なら記憶は大事だ。話が脱線してしまったね。君の設定はゲームの通りだ」
魔王様の娘。不思議な感じがするが、ゲームの設定通りなのか。まだしっくりきていないが、今まであった妙な居心地の悪さはなくなって来るようだった。
「私は魔王様の娘、なんですね」
「ああ。そうだ。君がこの城に来たのは私が君と一緒に暮らしたかったからだ。本当はもっと早くここに来て欲しかったのだが、ゲームのプロローグには刃向かえなかったよ」
私は最初から魔王城の住人だったんだ。一緒に暮らしたかったから。魔王様のその言葉で心のどこかにあった不安が消えた気がした。
「ここは私の家。だったんですね」
「ああ。今更どうしたんだい?」
「私は囚われの身でこの城からは簡単に切り捨てられる存在だと思っていました。勇者も来ますし、ここにいて良いかと考えることもありまして」
魔王様は優しかった。それでも勇者が来たら私はどう扱われるか不安だった。
「……そうか。すまなかったね。君に何も言わなすぎた。君は私の大切な娘だよ。だが私は君の近くに居るわけにはいかなかったんだ。君を私に依存させてしまうのが怖くてね」
依存? 私は魔王様の娘だ。魔王様も認知している。この城で好き放題されたら困るのだろう。
「問題ないです。ここの生活は十分で、これ以上望みません」
「ん? もし欲しいものがあったら言ってくれ」
「いえ、魔王様に依存しないようにします」
魔王様は本が欲しいとお話したら本をたくさん買ってくれた。他のものも同じように買ってくれると思う。
だからこそ甘えすぎてはいけない。それに私はお給料を貰っているし。欲しいものは自分で買えば良い。
「君は私の娘だ。助けるのは当たり前だ」
「そうですが、少しは自立しないといけませんし」
「君は十分自立しているよ。この城の中でも自分で居場所を見つけていたからね。私がいなくても生きていけそうで安心しているよ」
「魔王様がいなくても?」
「ああ。何かあったときは私ではなくチェルの手を握っていてくれ」
十中八九、勇者の事だろう。この城は勇者の襲撃を予定している。その時にチェルさんと一緒に居た方が良いのは確かだ。
「勇者の話ですか?」
「そうだよ。この部分もストーリーが追加されていてね。このゲームが話題になった一つだ。エリーゼは魔王につく。そしてエリーゼは自分の命を省みず魔王を守ろうとした」
「自分の命を?」
「まどろっこしい言い方だな。エル。筋書きではお前はこいつを庇って死ぬ」
魔王様ではなくチェルさんが答えた。エリーゼは勇者に殺される。自分の事だが自分の事のように感じなかった。
「エリーゼは魔王様を庇って」
「ああ。勇者が渾身の一撃を放とうとした瞬間。エリーゼは魔王の前に立つ。そして勇者の攻撃を受け、死んでしまうんだ。大切な一人娘を失った魔王は覚醒する」
所謂、第二形態への変身というのか。少しボス戦も変えたのか。こっちのが熱い展開だな。姫のために覚醒。どちらが主人公なんだろうと言うツッコミはやめとこう。
「姫は死んでしまうんですね」
「そうだ。ロンディネの王には姫は魔王に魔物にされてしまった。人としての尊厳を守るために討伐したと報告されたようだよ」
とても鬱なストーリーだ。リメイクでよくやったな。これは確かに衝撃だ。話題にあがりゲームに疎い魔王様の耳にも入るかもしれない。
エリーゼは殺されるんだ。人の尊厳を守って。
人の尊厳。余計なお世話だな。小さい頃から魔物扱いされていた姫が人の尊厳など持っていない。
まずは私のようにエリーゼになってから考えて欲しい。
自分に未来の筈なのに、チェルさんが一緒にいてくれるからかどこか他人事だった。




