91.姫のハッピーエンド
アヴェンチュラーミトロジーはリメイクされていた。そしてリメイク後の世界ではエリーゼが殺されてしまう。
どうしてエリーゼは死んでしまうんだろう? 勇者と結ばれる必要はない。姫だし、他国へ嫁がせれば良い。
「殺さなくても良いのに」
「そもそもマリーとエリーゼの選択肢を設定したところから誤っていた」
独り言のように呟くと魔王様が答えるように口を開いた。
マリーは勇者の幼馴染みのヒーラーだ。ゲームでは正ヒロインの風格を見せていたし、良くエリーゼと言う選択肢が出てきたなと思う。
「設定ですか?」
「エリーゼと勇者の結婚は突然過ぎたからね。勇者をマリーから奪おうとしていると人によっては感じるだろう。だから君とのエンディングを無理やり潰したんだろうね」
勇者と姫が結ばれるのはだいたいのゲームで定番だけど、このゲームではさすがに唐突過ぎるな。
だからと言って姫と勇者が何も起こらないのはおかしいのか。ゲーム的に。
それで魔王の娘か。魔王と一緒になかったことにすれば良い。臭いものには蓋をした。簡単だな。
そしてエリーゼが実の父親のために自分の命を犠牲に出来るよう道筋を立てた。
城での扱いは散々だったのもそのせいか。
以前の私だったらロンディネに戻るか魔王様の盾、どちらか選ばなければいけばければ、魔王様と秒で答えられる自信がある。自分で言うのはなんだが、エリーゼは可哀想だ。
「皮肉な事にその後にエリーゼ派が増えたと聞いているよ」
きっとある程度考察している人なら、エリーゼの環境も考察したらすぐにたどり着く。
きっと勇者だって、知っていたらエリーゼを選ぶかもかもしれないな。……それはまずい。私にはチェルさんという素敵な竜がいる。
竜となったエリーゼがチェルさんとこの城で末永く暮らす。これが私の理想のハッピーエンドだ。
勇者に事情を伝えたら見逃して貰えーー
「やはりチェル。彼女にはまだ」
「エル」
「ん? ひゃ、はい」
チェルさんの声が聞こえたので、急いでチェルさんの方へ視線を移す。チェルさんは私と視線が合うとゆっくりと抱きしめた。
「お前は簡単に殺させない」
チェルさんとのハッピーエンドを考えていたため、思わずチェルさんの背に手を伸ばそうとしたが、直ぐに引っ込める。
魔王様の目の前。しかも魔王様は私の父親だ。少し距離を取ろうとしたらチェルさんが眉をひそめた。
「なぜ。離れる?」
「魔王様の前ですよ」
恥ずかしいし怒られてしまう。小さな声で言うとチェルさんが苦い顔をする。そしてそのまま魔王様を睨もうとした。
ダメです。そう言おうとしたら魔王様の声が聞こえた。
「チェル。私は少し席を外す。エリーゼが落ち着いたら呼んでくれ」
魔王様へ視線を移動すると魔王様は椅子から立ち上がり、ドアの方へと歩いて行った。すぐにドアが開き、閉まる音がした。
「魔王はいない」
チェルさんがそう言いながら私を膝の上にのせた。大事な話の途中に魔王様を追い出してしまった。これは不味い。
「チェルさん。今は大事な話の最中ですよ」
チェルさんに抱きついている場合ではない。チェルさんの膝から降りようとするが、チェルさんは降ろさないと更に私を引き寄せる。
チェルさんの顔がいつもより近い。キスしようとしたら簡単に出来てしまうほどの近さだ。ここまで近いことはあまりないのでドキドキしてしまう。
「お前のが大事だ。突然殺されると言われたんだ。簡単に切り替えられるわけがないだろう」
話す度にチェルさんの息がかかってきそうだった。ドキドキして話どころではなくなりそうになるが、今は大事な話だ。
「切り替えられます。勇者に囚われるのも殺されるのも変わらないですよ」
ロンディネでの生活を考えるといっそ殺してくれるほうが良いかもしれない。とも思ったがそれは私の胸の中に仕舞う。
言い切るとチェルさんは怪訝な表情をした。
「動揺をしていないのか?」
「驚きましたが、それよりもこれからの事です」
自分の知らない話に驚いたが、チェルさんとのハッピーエンドに向けて動くことは変わらない。
だからこそ私は死ぬことを考えてはいけない。そんな暇があるなら魔王様からの情報を手にいれた方が良い。
「先程から沈んだ表情をしていた。落ち込んでいた訳ではないのか?」
「私の記憶と違ったので、整理していたんです。魔王様からなるべく情報も聞きたいですし」
「そうだな。考えなければならない事が多いな」
チェルさんが苦い顔をした。勇者との戦いを考えているのかもしれない。
やはり魔王様の話は大事だ。魔王様を呼びに行きましょう。そう言おうとしたら、その前にチェルさんが口を開き、続けた。
「聞き逃したら聞けば良い。気にする必要はない。それよりもエルの心の方が大事だ」
「私の心?」
「お前は弱い。死にやすい者は死を怖れるのだろう。無理はして欲しくない」
ショックを受けていないか心配してくれているようだった。チェルさんが気にかけてくれるのは嬉しいが、私はあまりショックを受けていなかった。
私は魔王様の娘で人間に嫌われている。殺されかけたこともあり、死が目の前にあった。だから、死に対する恐怖は少ない。
もちろん他にも大事な理由がある。チェルさんの存在だ。
「私にはチェルさんがずっと一緒にいてくれますから、怖れる必要はないんです」
「俺が一緒に? 何を当たり前の事を言っている」
「はい。だから死ぬと決めつけてはいません。死なないように一生懸命です」
私の言葉にチェルさんが少し視線を外した。そして小さく息を吐く音がしてすぐに私をじっと見た。
「腹立たしい。エルじゃないな。俺にか」
「チェルさん?」
「俺はエルの心が耐えられないと感じていた」
私の心が耐えられない。その言葉は予想していなかった。
ヘビと人間。私とチェルさんは感覚が違う部分が多い。正直チェルさんは死ぬ前に殺せば良いと言うと思っていた。
チェルさんが私に寄り沿おうとしてくれていた。だから私に言えなかったんだ。先程まで寂しいと思っていたが、その部分が一気に愛しさで埋まった気がした。
チェルさんは私を愛してくれている。思い浮かんだ言葉で思わず頬が緩みそうになる。
「どうした?」
そんな私の様子が不思議だったのか、チェルさんが困惑した表情をした。
「チェルさんが愛してくれて嬉しいです」
「俺がエルを愛している? 当たり前のことを突然どうした」
「言葉にしたくなったんです。私もチェルさんのことを愛しています。だから……やっぱり死ぬなんて考えている暇はないですね」
チェルさんが何か考えるように天井を見上げる。「俺が一緒だからか」と小さく呟くと私へ視線を移し続けた。
「エル。俺は言葉よりもキスの方が嬉しい」
チェルさんが目を細めると、何も言わずに目を瞑った。私からキスをしろと言うことなんだろう。
自分からキスするのは恥ずかしいが、チェルさんの気持ちは嬉しかった。チェルさんの気持ちに応えるようにチェルさんの頬にキスをした。
「唇ではないのか?」
「頬の方がキスしやすかったからです」
「そうか」
チェルさんが私に唇を近づけて再び目を瞑る。そのままキスをするかと思ったら、止まったままだ。やり直しらしい。小さく瞬きをしてゆっくりとチェルさんの首元に唇を近づけた。軽く当たると直ぐに離した。
首元へのキス。先程から余裕たっぷりなチェルさんにちょっとした仕返しだ。
チェルさんは目を開けると何も言わなかった。しばらくして私を更に引き寄せ抱きしめた。
「魔王との話どころではなくなる」
少し拗ねたような口調だった。「私もですよ」そう言うとチェルさんは考えるように再び天井を見上げ、少ししてから立ち上がった。
そのまま私をソファーにのせる。すぐにチェルさんも私の横に座り、真剣な表情でじっと見た。
「エル。お前に頼みたい事がある」
珍しいチェルさんの頼み事。チェルさんの頼み事ならなんでも引き受ける。それでも真剣な表情が気になった。




