88.魔王の話
魔王様が十時にこの部屋に来て話をしてくれる。なので私達はそれまで部屋で待機となった。
今は九時三十分。私はいつものようにチェルさんの膝の上に座っていた。
チェルさんの膝の上が慣れてしまったせいか、いつもならここで本を読んでいるが、今日に限ってはそんな気分にならなかった。後三十分で私がここに来た理由を知る。とても気になって落ち着かない。
考えていてもどうにもならない。他のことを考えようと頭の中から話題を無理やり探すと、昨日の仕事が思い浮かんだ。ニズヘグの資料が途中だった。休んだのも突然だったし、シルフィさん達は困っていないかな。
私達が今日仕事を休むことは魔王様からシルフィさん達に伝えてくれているようなので、無断欠勤にはならないが、欠勤には変わらない。シルフィさん達に心配をかけていないだろうか。
気にはかかるが、私から伝えるのもどうなんだろうな。これからの話は私がここに来た理由だ。
シルフィさんと話している中で、私がここに来た理由が話題になりかけた事がある。その時にシルフィさんは知っているが話せないと言っていた。なのでシルフィさんは私がここに来た理由を知っている。
私から何か話したら気を遣わせてしまいそうだし、魔王様に任した方が良い。シルフィさん達とどう話すかは魔王様の話を聞いてから考えよう。
結論が出てしまった。次の話と考えても出てくるのは仕事の事だけだ。どうしよう。このままソファーに座って本を読んでいれば良いのだが、落ち着かない。
そうだ。魔王様が来るし、お茶の準備をしよう。
「チェルさん。魔王様が来られますし、お茶を用意しますね」
チェルさんの膝からゆっくりと降り、棚へと向かう。そして棚の中に仕舞ってあるコップを取った。最近用意した来客用のコップだ。
チェルさんと一緒に住むようになってから、この部屋に魔物さんが訪れる事が増えた。と言ってもお仕事だが。チェルさんがヘビになっているのが来訪の大きな理由の一つのため、お茶くらいはと用意している。
「俺も用意する。来客用の紅茶だったな」
「はい」
コップを取ろうとすると横からチェルさんの声が聞こえた。声の方向へ視界を移動するとチェルさんが手を伸ばし、カップの近くにある缶を持った。来客用の紅茶だ。ノンフレーバー。前世だとダージリンと言われているお茶に近い。
私達が普段飲んでいる紅茶でも良いが、薔薇や蜜柑などのフレーバーがついているものが多い。美味しいが香りの強い物は好みが別れる。冒険はしたくないし、来客にはノンフレーバーが無難だ。
チェルさんは紅茶の缶とその横にあるポットを取り、二つを机に運ぶ。私もチェルさんに続いてコップとその横に置かれているお猪口を二つ取り、机へと運んだ。
後は魔王様が来たら茶葉をポットに入れて、チェルさんが作ったお湯をいれれば良い。 次は仕舞ってある来客用の椅子を取り出そうとしたら、チェルさんが既に持っていた。そのまま椅子を組み立て、机の前に置く。準備完了だ。時計を見ると九時四十分。後二十分。何をしよう。
「エル。怖いのか?」
「チェルさん?」
見上げるとチェルさんが私を抱き寄せた。そのまま私を抱えてソファへと向かう。ソファーに着いてもチェルさんは私を離すことはせず、そのままゆっくりとソファーに座った。
それから私のお尻がゆっくりとチェルさんの膝の上に乗った。
「いつもだったら一緒に本を読んでいるだろう」
チェルさんの方向を見るとチェルさんが口を開いた。
「これからの話が気になってしまい」
「なら話す」
息をするように話そうとするのは止めて欲しい。気にはなるが、後二十分待てば良いだけだ。
チェルさんが話さないように、チェルさんの口に私の手を当てる。
「チェルさん。魔王様を待ちましょう。後二十分だけです。チェルさんだって、魔王様に文句を言われちゃいますよ」
『そうだが』
チェルさんの声が頭に響いた。そうだ。チェルさんはテレパシーを使えた。意味がない。
ゆっくりとチェルさんの口を塞いでいた手を離す。私が手を離すのを待ち、チェルさんはゆっくりと口を開いた。
「それよりもエルが大事だ。お前を不安にさせたくはない」
「チェルさんが一緒ですし、何があっても大丈夫です」
「そう簡単に、ん? なんだ?」
チェルさんの言葉を遮るようにトントンと扉を叩く音が聞こえた。魔王様だろうか。まだ十時まで二十分ある。
チェルさんは私を抱えながら立ち上がる。そしてゆっくりと私をソファーに置いた。
「様子を見てくる。エルはここで待っていてくれ」
「はい」
立ち上がろうとしたが、チェルさんの言葉で再び座る。
そのままソファーに座ってチェルさんを見送ると、扉の開く音がした。続いて聞こえたのはチェルさんの声と魔王様の声だった。
どうやら魔王様だったらしい。チェルさんが急かしているのか、いつもよりも大きな足音でこちらに向かってきた。
魔王様が直ぐに私の視界に入る。魔王様は私の視線に気付くと柔らかい表情で口を開いた。
「姫。おはよう」
「おはようございます」
私も立ち上がり挨拶を返すと「座ったままで良いよ」と魔王様が言ってくれたので、再び座った。
「突然で悪かったね。君の話をしに来たよ」
「私の話ですか?」
引っかかる言い方だ。私が来た理由ではないのだろうか? 魔王様から探るように尋ねると魔王様は目を伏せ、寂しげな表情で口を開いた。
「君がここに来た理由とこれからの話だ」
「そんなもったいぶるような言い方はするな。さっさと座れ。飲み物は普通の紅茶で良いな?」
ここに来た理由とこれから。勇者の話だろうか。考えているとチェルさんの声が聞こえた。そうだこのまま話を聞けば良いだけだ。余計な事は考えるのをやめよう。
そのままチェルさんの方向を見る。チェルさんは魔王様の言葉を待ちながら紅茶の缶を持っていた。
「ああ。ありがとう。普通の紅茶で頼むよ」
魔王様が座りながら相槌を打つのを確認すると、チェルさんが紅茶の茶葉を豪快にポットへ入れる。スプーンは使わない。目分量だ。
それからお湯を作り、少ししてからカップに紅茶を注いだ。続いてお猪口に紅茶を入れると、チェルさんも私の隣に座る。
「エル。もう待ったな」
魔王様の言葉を待つように見ていると隣からチェルさんの声が聞こえた。
もう待ったな。なんの事だろう? そのまま見つめるとチェルさんは小さく息を吐き、口を開いた。
「エル。お前は魔王の娘だ」
こいつ。魔王様のことだろう。私は魔王様の娘。
突然出てきた知らない設定は頭の中に入るまで時間がかかった。




