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83.魔王城のルール

 チェルさんと抱き締めあっていたら、魔王様に見つかってしまった。魔王様は私とチェルさんの事を反対していない。だからと言って廊下の真ん中はアウトだろう。私だって目の前でカップルがイチャイチャしていたら、反応に困る。おかしな話ではない。


「そうだが。どうした?」


 だがチェルさんは違う。ヘビだから。思った通りチェルさんは魔王様の言葉の意図に気付いていない。種族が違うし、仕方ない。ここは人間である私の出番だ。人前ではイチャイチャしてはいけない。口を開こうとしたら魔王様の声が聞こえた。


「チェル。そういったことは君達の部屋の中以外ではしないでくれ。ここは多くの魔物が住んでいる。些細なことでも不和が生じやすい。君の嫌いな面倒事に巻き込まれるかもしれないよ」


 多分、人前でイチャイチャするなってことだと思う。チェルさんに伝えると少し難しい言葉になるのか。確かにイチャつくなと言っても、チェルさんはその意味を知らない。


「部屋以外で姫を抱き締めていたら、絡んでくる魔物がいるのか?」

「君にとっては会話をする事と変わりないかもしれないが、種族によっては求愛しているように見えているからね」

「求愛? 姫。お前にとってもか?」


 チェルさんが少し低い声で言った。その声はとても切なくて、聞いていると胸が痛くなるようだった。チェルさんは恋を知らない。抱き合うのは恋人同士のスキンシップなんて言っても伝わらない。


「求愛じゃないですよ」


 恋人同士で行うことだが、求愛ではない。屁理屈かもしれないが、チェルさんに伝えるのはこれで良い。チェルさんは私の体温が心地良いと言っていたし、抱きしめたい時に抱きしめて欲しい。今朝のお風呂のことを考えながら伝えると、すぐにチェルさんの小さく息を吐く音が聞こえた。


「なら良い。魔王。お前の言った通り、ここで抱きしめるのは止める」


 なんとなく安心しているようだった。求愛と言う言葉は私にとっては最高の愛情表現だが、チェルさんにとってはあまり良くないもののようだ。人間としては複雑な部分はあるが、チェルさんは私を愛していると言ってくれている。それで充分だ。


 気持ちを整理するように瞬きをしてから、チェルさんを見る。チェルさんは少し不満げな表情をしながら立ち上がる。

 そして私を包んでいたチェルさんの温もりがなくなった。

 私から離れたからだ。チェルさんが離れたことを確認してから、手を繋ごうと手を伸ばすが、その手は届く前に私の視界から消えた。


「姫。少し待ってくれ。魔王。姫と手を繋ぐのも止めた方が良いのか?」


 チェルさんの言葉ではっとした。外に出る時は手を繋ぐのが当たり前だった。だから気にしていなかったが、見る人が見たらイチャついていると思う。


「どうしたんだい? 手を繋ぐのは姫を逃がさないためではないのか?」


 確かに以前のチェルさんはその気もなしに手を握ったり、私をお姫様抱っこしたりしていた。だからと言って、このタイミングでほじくりかえすように言うのは意地悪だ。と言うかチェルさんの中で求愛判定されたら、私はチェルさんと気軽に手を繋ぐことが出来ない。


「そうだったが、それだけではないくらいは気付いている。面倒な事が起きるのなら、それも我慢する」

「手を繋ぐまでなら問題ないよ。何かあった時に姫にはチェルの手を握っていて欲しいからね」

「何か?」


 チェルさんの近くにいた方が良いことがあるのだろうか。そう言えば私の捜索依頼が出たこと。勇者が向かっていることは聞いた。近々何か起こるのだろうか? 魔王様の言葉を待つようにじっと見ると魔王様が苦く笑った。


「ついこの間もキングタートルの襲撃があっただろう。たまに魔物の襲撃があるんだよ。ここは人間が迷い込まないような場所に作っているからね。その分魔物の襲撃にも備えないといけないんだよ。怖いかもしれないが、チェルの手を繋いでいれば安心だよ」


 前世の地図を思い出す。ここは最終ダンジョン。確かに魔物がたくさんいた。しかも中ボスクラス。勇者以外にも気をつけないといけない事が多い。


「はい」


 手を繋げるなんて喜んでいたが、それだけではなかった。気を引き締めないと。そう思いながら思い切り返事をすると魔王様は心強い返事だね。そう言いながら小さく笑った。


「姫。問題がないのなら、手を繋ぎたい」


 チェルさんはいつものように淡々と言った。魔物の襲撃よりも私と手を繋ぐ事のが大事のようだ。この辺りの魔物はチェルさんに取っては恐るるに足りないものらしい。流石チェルさんだ。だから魔王様も安心なんだろうな。

 そのまま手を出すとチェルさんが先程と同じ、いつもの強さで私の手を握る。チェルさんは私をじっと見てから、魔王様へ視線を移動する。


「魔王。お前は朝飯を食ったのか?」

「ん? 私? まだだよ。突然どうしたんだい」


 チェルさんが魔王様に話しかけるのが意外だった。魔王様も私と同じだったのか、いつもとは違い驚いているようだった。


「姫。魔王も一緒で問題ないか?」


 魔王様も。全く問題ないが、チェルさんから切り出されたのは不思議だった。


「はい」

「なら、魔王。後は食堂で教えてくれ。あれも駄目だ。これも駄目だと言われたら、姫に何も出来ない」


 そうはっきり言うのもあまり良くない。なんて思ってもそれは私の心の中にとどめる。チェルさんなりに寄り添おうとしている。今度は魔王様に窘められる前に人前はだめってちゃんと言おう。


「わかったよ。一番大事なのは姫の気持ちだからね」

「姫は俺を愛している。壊さなければ問題ない」


 力加減のことを言っていると思う。チェルさんの中で愛しているから何でもして良いとなっている。仕方ない。それに問題ないと言ってはいるが、ちゃんと私の事を気遣ってくれている。言い方の問題だ。


「そうか。チェルを愛しているのか」


 魔王様が噛み締めるようにゆっくりと言った。凄く恥ずかしい。


「なんだ。昨日話しただろう」


 チェルさんが言った。そう言えば昨晩魔王様がカートを回収しに来られたとお話していた。私との事を報告したんだ。ホウレンソウが大事なのはわかっているが、更に恥ずかしくなる。


「そうだったね。この前まで、君は蛇は人間に気味悪がられると言っていただろう」

「それはこの前の話だ。今は違う」


 チェルさんが魔王様を睨み付ける。今は違う。人間がヘビの事が好きと言う事だろうか。それはあまり良くない。ヘビが目の前にいるだけで退治しようとする人間もいる。チェルさんなら人間なんて相手にならないと思うが、束になったら苦戦するかもしれない。あまり人間と敵対するのは良くない。


「姫。どうした?」


 考えているとチェルさんの声が聞こえた。このタイミングで言うべき事ではないが、チェルさんの前で誤魔化すことは出来ない。心を落ち着かせるように小さく深呼吸をしてから、チェルさんの目を見る。


「チェルさん。ヘビが苦手な人間もいますので、ヘビの姿はあまり人間の前では見せない方が良いですからね」

「蛇の姿を?」

「えっと……。私はヘビの姿のチェルさんを愛していますが、それは人間の中では特殊かもしれませんので」


 愛していると伝えるのは恥ずかしいが、チェルさんに勘違いされるのは嫌だ。


「わかっている。お前はお前だ。お前以外の人間は魔物に好意的ではない。この城から出るときは人の姿をするから安心してくれ」


 私の気持ちがチェルさんに伝わっていたのが嬉しかった。思わずチェルさんと握っていた手が強くなる。

 まずい。最初の強さに戻しながら、魔王様の様子を窺うと魔王様はチェルさんの言葉に驚いているようで、僅かに目を大きくしていた。だが直ぐにその目を細めると口を開いた。


「ふふっ。二匹とも楽しそうだけど、私もいる事を忘れないでくれ。さて、そろそろ食堂に行こうか。姫もお腹が減っただろう」


 そう言いながら魔王様が食堂へと向かった。置いて行かれないようにチェルさんと一緒に歩く。久々の食堂はいつもと違う出来事が起きているが、新しいチェルさんが見られて嬉しかった。


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