84.久々の食堂
魔王様と三人で食堂へと向かう。
向かう途中にチェルさんが魔王様に腕を組んで良いか、抱きしめて運ぶのはどうかと聞いている。正直とても恥ずかしい。
魔王様もいつものように柔らかく笑いながら答えているし、恥ずかしくなっているのは私だけのようだ。
そしてチェルさんは魔王様の答えに眉間に皺を寄せる。そのせいかあまり空気も良くなかった。流石にそんな中に入れないので、自然と私は聞いているだけになる。
そして二人の話を聞いているとあっという間に食堂に近づいた。段々と入り口が近づいてきて、扉の近くの人影に気付く。
その人影は私に手を振っているようだった。誰だろう?
「エルちゃん!」
すぐに少し大きめの優しい声が聞こえた。ユンさんだ。ユンさんが私に向かって手を振っていたようだ。私も急いで空いている手で小さく返した。
するとユンさんが直ぐ気付いてくれたようで、早足で私の元に来てくれた。
「エルちゃん。待っていたわ」
ユンさんに合うのは数日ぶりだったが、色々ありすぎて、それ以上に感じた。
「ユンさん。お久しぶりです」
「ふふ。エルちゃんが来なくて寂しかったわ。食欲はあるかしら?」
ユンさんが不安気な表情で私に近づいた。突然食堂に行かなくなったから、心配をかけてしまった。
魔王様から事情を聞いているかもしれないが、申し訳ないことをした。
「はい。お部屋で食べることを伝えていなくて、ごめんなさい」
恐る恐るユンさんへ伝えるとユンさんは柔らかく笑った。ユンさんの笑顔は安心するせいか、自然と私の表情も緩んだ。
「良いのよ。食堂で食べなきゃいけない訳ではないんだから。それよりも無理はしてない? エルちゃんがチェルくんの面倒を見ているときも心配で様子を見に行こうと考えていたのに、魔王様が勝手にカートを持って行っちゃうし」
魔王様が近くにいるのにそんな風に言って良いのかな。少しハラハラしながら聞いていると魔王様が小さく咳払いをした。ユンさん。魔王様が咳払いをしましたよ。心の中で伝えるがユンさんは気付いておらず、変わらずに少し拗ねたような表情をしている。
「ユン」
「あら? 魔王様? 本当でしょ? 今日もエルちゃんと一緒に来て」
ユンさんは魔王様の事を気にする様子はなかった。魔王様よりも囚われの姫。四天王の皆さんは魔王様に対してどう思っているのか気になる所だ。
「たまたま会ったんだ。そしたらチェルに朝食を一緒に食べないかと誘って貰ってね」
「チェルくんが? あら、珍しいわね」
魔王様の言葉にユンさんが驚く。確かにチェルさんはあまり魔王様に関わろうとしない。やっぱり珍しいんだな。
「魔王から話を聞いていただけだ。今朝から廊下で姫を抱きしめるなとうるさい」
「廊下で? エルちゃんを?」
「廊下の真ん中で姫を抱きしめていたんだよ。チェルには悪気がないからね。チェルが食堂で姫を抱き締める前に忠告しただけだよ」
「エルちゃんとチェルくんが? ふふっ。それは困るわね」
魔王様とユンさんが笑いながら言っているが、こっちは笑い事じゃない。食堂は人が多い。チェルさんが抱きしめてくれるのは嬉しいが、それ以上にもの凄く恥ずかしい。
「笑い事ではない。今も姫を抱きしめたいのを我慢している」
チェルさんが不機嫌な表情をしながら言う。”笑い事ではない”私と同じ言葉だが、チェルさんとは意味合いが違いそうだ。
チェルさんには恥ずかしいと言う気持ちが私より少ない。と言うかない。抱きしめたい。直球のその言葉が嬉しさの他に恥ずかしさや色々わけわからない感情が広がる。
「なら早く朝ごはんを食べないといけないわね。ここで抱き締められたらエルちゃんも困っちゃうだろうし」
「エル? 姫が?」
ユンさんの言葉にチェルさんが私を見た。
「この城のルールは人間を基準にしているだろう」
困ると伝えて変に行き違いを起こすのは良くない。チェルさんへ伝える言葉を考えていると魔王様が補足するように言った。人間を基準。そう言えば以前チェルさんが人間と共存するために人間に馴染むようにしていると言っていた。
「そうだったな。姫。抱きしめるのは嫌か?」
「嫌じゃないです。嬉しいです。ただ人間はあまり人前で抱きしめる事はしないので、ほんの少しだけ、恥ずかしいです」
チェルさんがじっと私を見る。この流れで問題ないとは言えなかった。
チェルさんの様子を見ていると何か考えているのか顔をしかめる。変に伝わりませんようにそう祈ることしか出来ない。
「恥ずかしい?」
少しの間の後にチェルさんが尋ねるように聞いた。恥ずかしいと言う意味を考えていたんだ。恥ずかしいは……恥ずかしいってなんだろう。言葉に表し辛い。
と言うか恥ずかしいは恥ずかしいだ。他の言葉は思いつかない。
「人間はあまり仲の良い姿を他の人間に見せてはいけないとルールのような者が決められているんだ。ルールから弾かれた人間は一人で生きていかなければならない。だから姫はルールを破ってしまうことに対して罪悪感を抱いているんだよ」
確かにいけない事なんて言う事もある。いけないと言われているから罪悪感がわくのかな?
今まで何気なく使っていたせいか、魔王様の言葉に正直ピンとは来ないが、チェルさんが納得するならそれで良い。
「集団で生きていくための制限か? 大変だな」
「君みたいに好き勝手に生きられるほど個々は強くないからね」
「確かにそうだな。習性のようなものか?」
「それが近いな。常識や良識なんても言われているからね」
習性。私は何も言わない方がよい。チェルさんの説明は魔王様に任せよう。チェルさんも納得しているし。そのままチェルさんを見ていると私に視線を移動する。
「姫。魔王の言っていることはあっているか?」
「えーっと、多分、あっています。そんな風に考えた事がなく」
「そうか」
チェルさんが考えている。イエスかノーのチェルさんにとって、どちらでもあってどちらでもないと言う事が理解しがたいのはわかる。
「私はチェルさんに嫌だと思われてしまうのが一番嫌ですからね」
「俺に?」
「はい。恥ずかしいですが嫌ではないです」
私の言葉にチェルさんがじっと見る。それから私の方に空いている手を伸ばした。
「チェル」
肩に触れるくらいの所で魔王様の声が聞こえた。チェルさんは伸ばしていた手を戻し、不機嫌な表情をしていた。
「言われなくてもわかっている。姫。魔王。さっさと飯を食うぞ」
「なら姫と一緒にいる時はそう拗ねるのはやめろ。つまらないわけではないだろうに」
魔王様がため息をつきながら言った。そう言えば魔王様と会ってからチェルさんは不機嫌だ。
「お前が原因だ。今朝から我慢しろと言い過ぎだ」
「君は自由気まま過ぎるんだ。姫と長く暮らすのだろう。すぐに変えろとは思っていない。少しずつ理解してくれ。これくらいは普通だ」
魔王様が呆れた表情でチェルさんに伝えるとトレイの方向へと向かう。どんなに伝えてもチェルさんはあんな調子だし、そろそろ疲れたのかもしれない。
「そうだな」
チェルさんも魔王様に文句を言いながら続いて行くと思ったら、呟くようにその場に立っていた。
「チェルさんが無理する必要はないですからね。私がチェルさんに合わせれば」
チェルさんにとって人間の気持ちは複雑で理解出来ない難しいことくらいわかる。そう伝えるがチェルさんは未だに優れない表情をしていた。
「いや。人の生活の方が暮らしやすいだろう。俺が慣れた方が良い。それにお前が俺のことを愛してくれるだけで十分だ」
チェルさんはずるい。そうさらっと格好良いことばかり言う。私だって愛しているんですよ。ここが食堂じゃなかったら言っていた所だ。
「ふふっ。仲良しね。チェルくん。早くご飯を食べるんじゃないの?」
ユンさんの声が突然聞こえた。そうだ。ユンさん達と話していた。魔王様に怒られるのは私もこんな風にチェルさんにデレデレなのも問題だ。しっかりしないと。
「ああ。そうだな。姫。行くぞ」
チェルさんは特に気にせずにユンさんの言葉でトレイの方へと向かっていく。
「エルちゃん。またね」
「はい。また後で」
ユンさんが苦笑いをしながら手を振った。私も空いている手でユンさんに手を振るとチェルさんに視線を移動する。チェルさんは未だに難しい表情をしていた。
「早くご飯を食べてお部屋に帰りましょうね」
「……そうだな」
チェルさんにだけ聞こえるように小さい声で伝えるとチェルさんは小さく笑った。
素っ気なく見えるかもしれないけど、チェルさんは優しい。それは私だけ知っていれば良いと思った。
更新が不定期となってしまい、すみませんが、来年もよろしくお願いいたします。




