81.種族の違い
ひやりとした何かが頬に触れた。冬の朝には冷たいが、何故かとても愛おしく感じた。
その温もりを離さないように抱き締める。心地良いその温もりに身を委ねていたいが、これは何だろう。その疑問とともに私の意識が段々とはっきりとしてくるようだった。
そうか、もう朝か。そろそろ起きようかな。ゆっくりと目を開けると黒い服が視界に入る。黒い服? 誰の服だ? 急いで頭の方へ見上げると無表情のチェルさんと目があった。
「起きたか」
「は、ひゃ、はい。おはようございます」
一気に目が覚める。どうして私はチェルさんを抱きしめている? 思い出すようにゆっくりと昨晩のことを考えるが、まだ頭が覚醒しきれていないせいか、頭の整理に時間がかかっていた。
「おはよう。良く眠れたか?」
チェルさんは慌てている私とは正反対に淡々と言う。無表情で当たり前の光景とでも言いたげだった。何があった?
「はい」
返事をしながら思い出していると段々と昨晩のことが頭に浮かぶ。そうだ。昨日の夜、チェルさんが寝ぼけて私を抱き締めたんだった。そのままベッドに入って私も直ぐに寝てしまった。
所謂同衾だ。……何もなかったしセーフ。いや何かあってもチェルさんと私は愛し合っているから大丈夫だ。そう思いつつも何もないことを確認するようにチェルさんを見る。チェルさんはいつもより肌が見える格好をしている。
甚平のような服装で襟元からは白い胸が見える。知らない人が見たら勘違いするだろう。……愛し合っているから大丈夫だ。自分に言い聞かせるように心の中で呟く。
「そうか。風呂に入るか?」
「お、おおお風呂?」
チェルさんは相変わらず私の心を整理する時間をくれない。一緒のベッドに入っていたことでさえまだ飲み込めていないのに、さらにだ。一緒のお風呂はまだ早いが、イエスかノーのチェルさんだ。まだ早いと答えるとそれはノーととらえられてしまう。
「ああ。お前は風呂に入れなかっただろう。入れるのなら入った方が良い。風呂なら沸いている」
言葉を考えているとチェルさんが言った。お前は。ん? 私と一緒に入るのではないのだろうか?
「チェルさんは?」
「俺か? 昨晩入った」
入っていたのか。と言う事は私一人らしい。一気に冷静になる。そして恥ずかしくなる。自惚れすぎた。
「風呂に入るのが嫌なのか?」
「え?」
「俺も風呂は好きではないが、人の姿は清潔に保つ必要がある。体調に影響が出るからな。我慢してくれ」
チェルさんは私と一緒にお風呂に入るとは考えていなかった。結果的に良かったかもしれないが、少し複雑だ。
「大丈夫です。チェルさんと一緒に入るかと思ってしまい」
「俺と? それは良くない」
「良くない?」
チェルさんが言い切る。良くないと言う言葉に違和感があった。その言葉の意味を考えながらチェルさんをじっと見ていると、チェルさんが少し眉を下げた。
「勇者との戦いも控えている。それにもう少し、お前との時間を大切にしたい」
「私との時間?」
「人の姿で異性の前で裸になるのは求愛になると聞いている。違うのか?」
「きゅ、求愛!」
驚いたが、その言葉で思い出す。チェルさんは感情を知らなかった。人間のように愛を確かめるようなことはしない。誰かが愛を知らないチェルさんに人間に関わる注意として伝えたのだろう。
だからチェルさんの言葉はどこか事務的だ。求愛と言うわりに、その表情には照れなどは一斉ない。
「求愛は子供を作ると言うことだろう?」
確かにあっているかもしれない。動物は求愛行動なんて言うし。チェルさんは愛を知らないこともあり、その言葉がしっくりと来る。
「そうですね」
「魔王からは裸になることは求愛になる。人の姿の時は服を着ろと聞いている」
面倒事回避のため。チェルさんらしいと感じた。
そう言えばチェルさんは普段の服もあまり肌を出していない。最近は寒がりだからなんて思っていたが、ただ単に肌を見せないようにしていたのか、理由が良いとこのお嬢様みたいだ。そう言う属性のトップにいそうな私が言うのもおかしな話だが。
「そこまで厳密なものではないのですが、確かに考えてみると求愛に近いですね」
「近いもの?」
「はい。裸を見たからってわけではないんですよ」
「そうなのか? ならお前と風呂に入っても良いのか?」
「ひぇ、そ、それは」
相変わらず直球だ。嫌なわけではないが、まだ早い。
チェルさんは話を聞いている限り羞恥心がなさそうだ。ん? と言うかヘビの姿って裸だよね。裸が普通なら、ある意味普段着だ。羞恥心がないのも当たり前か。
「求愛にはならないが、求愛にすこぶる近いのか」
「は、い」
「わからないが、意味としては理解はした。人は難しいな。はっきりとしていない」
「すみません」
チェルさんが私の言葉に困っている。イエスでもノーでもない。これなら求愛と言ってしまえば良かった。
「謝ることではない。俺は蛇だ。お前と違う」
「そう、ですよね」
チェルさんなりにフォローをしてくれたのかもしれない。だが、わかっているがそうはっきりと言われるとくるものがある、そっと視線をそらそうとするとチェルさんが私を更に抱き寄せる。ゆっくりと見上げると柔らかい表情のチェルさんと目が合う。
「ずれが出てくるのは当たり前だ。気にしていたら仕方ない。少しずつで良い。俺はお前のことを知っていきたい」
「チェルさん」
ヘビと人間。違うのは当たり前だ。少しずつお互いに歩み寄れば良い。種族の差なんか大したことはないと思っていたが、とても大事だ。ヘビだろうとチェルさんはチェルさんだが、チェルさんはヘビ。私は人間。違うのは当たり前だ。
「それにお前が蛇でも俺の事を愛しているのは知っている。今はそれで充分だ」
「はい。私はチェルさんのことを愛しています」
チェルさんの目を見て言うと、チェルさんが私の言葉にゆっくりと頭を撫でる。表情も嬉しそうで私の口元も緩む。
チェルさんはヘビ。その言葉は気にしすぎてはいけないものだと思っていたが、本当は一番大事にしないといけないと感じた。
間が空いてしまいすみません。少しバタバタしていたのが落ち着きましたので、週一更新が出来ればと書いております。お休みの間、感想ありがとうございました。とても励みになります。感想後ほど返信いたします。遅くなりすみません。
チェルは食器の回収に来た魔王に気づき起きました。
魔王と少し話してから、お風呂に入り、着替え、エリーゼを抱きしめて寝ました。体調が悪くても魔物なので、エリーゼ以外の物が来たら目を覚まします。




