80.チェルの生態
一緒にいられる時間が長いから竜になってくれないか。チェルさんの言葉は予想外だったが、チェルさんらしいと思ったせいかそこまでびっくりしなかった。
ただ気になることがある。竜と言う言葉はどこから出て来たのだろう。チェルさんはヘビだ。チェルさんと長く一緒にいられるならば、ヘビも竜も変わらないがその言葉は気になる。
「ヘビではないんですか?」
「ん? ああ。そう言えば伝えてなかったな。俺は種族としては竜になる。蛇から変異した」
ヘビは長く生きたら竜になる。以前チェルさんが話していたな。そうかチェルさんは竜だったんだ。それならなんでヘビと自称しているのだろう。竜のが格好良いし、強い。
「竜とは言わないんですね」
「あまり自覚がなくてな。それに竜は珍しい。絡まれるのも面倒だからな。わざわざ自分から言う必要はない」
ラビアさんが竜は珍しいと言っていたことを思い出す。生態が謎。抜け柄が回復アイテムになる竜もいる。私みたいな勇者に竜とバレてしまったらまずい。
「確かに。それで竜なんですね」
「ああ。竜は変異種だから繁殖相手がいない。相手に合わせるか、相手を竜にするかのいずれかなんだ」
「ん? 竜一択ではないんですか?」
チェルさんの話を聞いている限り珍しい生物だ。竜が竜でなくなるのは惜しいと感じてしまった。
「意外といるらしい。長く生きているせいか、長寿にしがみつかない者は多い。それに竜だったものの子孫は竜になりやすい。竜の血が絶えなければ、問題もない。俺もお前が人のままが良いと言ったら俺は人を選ぶ」
「私が」
「他の竜も似たような気持ちだったのだろう。お前との暮らしの前なら種族など些細なことだ」
長く生きていると感覚が違うのだろう。チェルさんは私がいないと死んでしまうと言った。重い言葉だと思ったが、長く生きているからこそ、あまり生に執着がないのかもしれない。
と言うか私も勇者が迎えに来たら死にたくなる。人間も長く生きるだけでは幸せになれないな。
「わかる気がします」
「そうか」
チェルさんが私を見ながら目を細めた。
チェルさんの気持ちもわかる。だからと言って、チェルさんが簡単に死んでしまう事を選ばせるつもりもなかった。
「チェルさん。簡単に死なせはしませんからね」
「簡単に?」
「私を竜にしてくれませんか? 一緒に長く生きましょう」
私はチェルさんと一緒にいたい。竜にならなくても一緒にいられるが、竜になった方が確実に一緒にいることが出来る。それに竜になれば自分の身くらいは守れるかもしれない。勇者との戦いも控えているし、私が竜になれば話が変わる可能性もある。チェルさんと生き残る。それが今の一番だ。
もちろん竜になれたら人間でなくなることもわかっている。それは大事な事なのだが、私はあまり人間に対して良い思い出がない。殺されかけていたし。この城で良くして貰っているからか魔物さん派だ。うん。メリットしかないな。ロンディネには未練もない。魔王様も私達の問題だと言っていたし、反対はしないだろう。きっと大丈夫だ。
「良いのか?」
「はい。もちろんです」
「そうか……嬉しい。お前と長くいられる」
チェルさんが柔らかく笑った。私はこのまま竜になるのかな? チェルさんの様子を窺うようにじっと見る。するとチェルさんが気まずそうにそっと私から視線を外した。
「今の俺は本調子ではない。春になってからでも構わないか?」
竜になる方法はわからないがチェルさんの力を使うらしい。先程までヘビになっていた。いつまたヘビに戻るかわからない。無理はさせない方が良い。
「はい。チェルさん。良くなるまで無理はしちゃだめですよ」
「わかった。お前と長く生きれるんだ。無理はしない。お前も無理はするな」
「はい」
竜になるまでは人間だ。人間は弱い。ちゃんと生きなければ。気合いを入れるように返事をするとチェルさんがそっと視線をご飯へ移動する。
「飯は大事だ。飯を食ってくれ」
「はい。そう言えばチェルさんはご飯を食べられますか?」
「どうした?」
「もしよければ、半分ずつに食べませんか?」
竜やヘビのことはわからないが、ご飯が食べられるのなら食べた方が良い。チェルさんは嫌なら嫌だと言うから聞いた方が良い。
「いや。いい。そんな事をしたらお前の分がなくなる」
「後は寝るだけですし、私は半分で充分です。それに人間も一食くらいなら抜いても死にませんよ」
「そうなのか?」
「はい。大丈夫です。それに一緒の方がご飯も美味しいですし、チェルさんと一緒に食べたいです」
「そうか。なら食べたい」
チェルさんの言葉を聞いて、急いでパンがのっていたお皿にチェルさんの分を取り分ける。ぎゅうぎゅうとお皿にのってしまい、盛り付けた方には申し訳ないが、緊急事態だ。仕方ない。
盛り付け終わるとチェルさんへフォークを渡す。私はスプーンを使おう。
いただきますと言ってから食器を持つ。ハンバーグをスプーンで掬い、口に入れた。久々にチェルさんと一緒に食べたご飯はいつもよりも美味しく感じた。幸せだ。
そっとチェルさんを見てみるとヘビになる前と変わらず食べていた。今まで食べる事はなかったからな。食べているのを見ると安心する。
夕ご飯を食べ終え、カートにお皿を戻し終える。
一息ついてソファーに座ると視線を感じる。視線の方向を見るとチェルさんが私をじっと見ていた。
「チェルさん。どうされましたか?」
お腹が空いたのかな? チェルさんに声をかける。真剣な表情で私を見つめる。
「お前を抱きしめたい」
「は、ひゃい」
返事をするとチェルさんの腕が私の背に周り、直ぐにチェルさんと私の距離がなくなる。少し低いチェルさんの体温が心地良い。ゆっくりと私もチェルさんの背に手を伸ばすとチェルさんの頭が私の肩にのった。
「暖かい」
チェルさんの声が私の耳元で聞こえた。距離が近いせいか低い声がいつもよりもはっきりと聞こえた。
その言葉の通りチェルさんの体が段々と温かくなっていった。チェルさんの体が私の体温と変わらなくなると、チェルさんがゆっくりとソファーに倒れ込む。
恐る恐るチェルさんを見ると、とろんとした表情をしている。あまり意識もなさそうで、とても眠そうだ。
今のチェルさんは体調が悪い。毛布を掛けないと風邪を引いてしまいそうだ。
「チェルさん。ベッドで寝た方が良いですよ」
「そうだな」
小さく欠伸をするとチェルさんがゆっくりと立ち上がる。眠いのか体が少しふらふらしている。ベッドまで案内しようと私も立ち上がろうとしたら、突然ふわりと視線が上がった。そしてすぐに私の視界は眠たそうな表情をしているチェルさんで占められた。
お姫様抱っこだ。チェルさんは寝ぼけているのか私を抱きしめていることに気付いていないようだ。動揺して動いたら落ちてしまうかもしれない。落ちないようにしっかりとチェルさんの背に手をまわす。
チェルさんはそんな私に気付かずにベッドへ向かう。毛布をめくり私をベッドの中へ入れると、続いてチェルさんもベッドに入った。
「暖かい」
再びチェルさんの温もりと呟くようなささやきが聞こえる。私のことは相変わらず湯たんぽのように思っているのかもしれない。そのままゆっくりとチェルさんの背に手をまわすとチェルさんの頭が私の肩にのる。そして直ぐに寝息が聞こえた。
私もチェルさんの眠気が伝染したのかもしれない。段々と眠くなってくる。
小さく欠伸をし、目を瞑ると段々と意識が沈んでいった。
次の更新は遅くなるかもしれません。すみません。




