79.チェルの忠告
愛し合う。冷静に考えるとやばくないか。実らないと思っていた片思いだ。私からは手を放すことはしたくない。だがチェルさんと私は普通の人間同士ではない。魔物さんと囚われの姫だ。魔王様はどう思う? チェルさんと私の子供はこの部屋で育てて良いのか? 嬉しいはずなのに出てくるのは不安要素ばかりだった。
「どうした?」
チェルさんの声が聞こえた。そのままチェルさんの方へ視線を移すと自然と目が合う。
「不安なことでもあるのか?」
私の目をじっと見ながらチェルさんが言った。その表情はとても悲しげで、見ているだけで胸が痛くなりそうだった。
「チェルさんは関係なくて、いや、関係はあるのですが」
早く伝えないと。気持ちだけが先走る。頭の中で整理が付かないまま話しているせいか、自分でも何を言っているかわからなくなりそうだ。
そんな私をチェルさんは何も言わずにじっと見つめていた。
「魔王様が私とチェルさんの子供をどう思うか考えていたんです」
焦る気持ちを落ち着かせるように小さく息を吐き、言葉にした。
チェルさんは私の言葉を聞くといつもの無表情に戻る。それから少しすると不機嫌な表情に変わる。
「魔王を気にしているのか?」
「私達はここに住まわせて頂いている身ですし、魔王様に反対されたら」
「それなら問題ない。魔王は俺がお前を愛しているのを知っている」
「え? どうしてですか?」
なんで魔王様が知っているんだ? 思わず言葉に出た。言ってしまった物は仕方ない。そのままチェルさんの返事を待っていると、チェルさんは私からそっと視線を外した。
なんだろう。気になる。そのままチェルさんを見つめていると再び私に視線を移し、観念したかのように口を開く。
「すまない。このままだとお前の子供を作ってしまうと、魔王に忠告した」
「チェルさんが? 私の子供を?」
「ああ。お前は弱いから俺が本気になったら敵わないだろう。お前が望まないことはしたくない。だから忠告した。それなのにあの男は俺の気など知りもせずに、俺と姫の問題だ。俺達の子を見てみたいと言っていた」
魔王様とチェルさんはそんな話をしていたのか。チェルさんにはそのつもりはないが、魔王様に私への気持ちを伝えたことになる。
魔王様は私達が想い合っているのを知っていて、チェルさんを預かってくれなんて言っていたのか。
「魔王様にはお見通しだったんですね」
魔王様の手の平の上で踊らされていたようで正直納得行かない部分はあるが、それでも魔王様の言葉がきっかけなのも間違いない。
消化しきれない感情を吐き出すように言うとチェルさんが私の肩に触れた。
「お見通し? もしかしてお前も魔王に報告していたのか? いつ?」
チェルさんの顔が近づいて来た。とても真剣な表情で圧倒されそうになる。
「い、いえ。報告していないです。ただ……私の場合はわかりやすくて」
「わかりやすい?」
私の言葉にチェルさんが怪訝な表情をする。チェルさんは感情に疎い。私の気持ちは言葉にしないとわからないのだろう。
「言葉にしなくても気付かれる時があるんです。魔王様はそう言うのに良く気付きそうで」
「策略のようなものか。確かにあの男なら考えられる。そうかあいつはお前の気持ちを知っていてあんな事を言ったのか」
「そのようです」
「あの男は……。お前の気持ちを言えば良いものを」
チェルさんは私から手を放すと悪態をつくように言った。さらっと言っているがそれは止めて欲しい。確かに私もチェルさんの気持ちを知っていたら安心する。それでもそんな風に私のあずかり知らぬ所で知られるのは嫌だ。
魔王様経由はありえないな。チェルさんの話を聞いていると、魔王様の今までの行為が優しく見えてくる。
「私は嫌ですよ」
勝手に魔王様に私の気持ちを聞かないで下さいね。そんな思いを込めてチェルさんへ伝えた。
チェルさんは私の言葉で眉間に皺を寄せる。どうやら意味を理解出来ていないようだ。チェルさんが愛を知っていたのは謎だが、チェルさんは感情に疎い。効率の良い方法で考えてしまうのだろう。そんな所もチェルさんらしいが、そこは譲れない。
チェルさんへの説明を考えているとチェルさんがゆっくりと口を開いた。
「俺は知った方が良い。それだったら死ぬなどと」
「死ぬ?」
不穏な言葉が聞こえた。そのままチェルさんを見つめているとチェルさんがしまったと言う顔をした。それから僅かに私から視線をそらす。
「お前がいないと俺は死んでしまう」
「えっ! 死なないで下さい」
「無理だな。飯を食う気にならない。そのまま餓死する」
凄く具体的だ。チェルさんは最近ご飯を食べていない。それはヘビの生態的な物だと勝手に思っていたが、どうやら違うようだ。餓死。とりあえずご飯を食べて貰った方が良い。
「チェルさん。ご飯を食べましょう」
目の前のハンバーグをフォークで一口くらいに切るとそのままフォークで差した。そしてハンバーグをチェルさんの口元へ移動する。
その瞬間、チェルさんの今日は止めておくと言う言葉が頭に浮かぶ。食べない方が良いのかわからない。とりあえず適当に誤魔化してフォークを下げようとしたら、チェルさんがハンバーグをぱくりと食べた。
「具合は平気ですか?」
チェルさんが食べ終わるのを見計らってから恐る恐る聞いた。食べてくれたのは嬉しいが、無理をして欲しくない。
「問題ない。食う気にならなかっただけだ。お前のおかげで食う気になった。やはり俺はお前がいなくなったら死んでしまうな」
淡々としているが、言葉が重い。私がチェルさんの命を握っているように感じてしまう。
「私は嫌ですよ。チェルさんに生きて欲しいです」
「お前がいなくなった後だろう。気にしないで欲しい」
「気にします。それに私は人間なので、チェルさんよりも早く死んでしまいますし」
チェルさんは話を聞いている限り、とても長く生きている。私に合わせていたらあっという間の人生だ。私の事を大切だと思ってくれているのは嬉しいが、もう少し自分を大事にして欲しい。
「そうだな。人は寿命が短かったな。そうだ姫。竜にならないか? 人よりも寿命が長い。一緒にいられる時間が長い」
一緒に長く居られるから、竜にならないか。予想外の言葉だったが、チェルさんらしい言葉に思わず口が緩んだ。




