78.感情と確認
チェルさんと一緒に住むことになった。だがここ最近はチェルさんとほぼ一緒にいたせいか、正直実感がわかない。
ただ棚の上に置かれたチェルさんのお酒やそこの棚に入っているチェルさんの服など、新しく増えた物を考えると少し胸がくすぐったいような不思議な気持ちになる。
チェルさんとの二人きりの生活。これからの進展に少し期待してしまいそうになるが、心の中で何度目かわからない言葉を呟く。期待してはいけない。
いつもよりも遠く感じる私とチェルさんの間に空いたスペースをちらりと見た。もしかしたらそう思っているのはずっとヘビのチェルさんを抱き締めていたからで、離れているように感じているのは私の気のせいかもしれない。それでも気になってしまい、妙な寂しさが生まれる。
チェルさんはどうだろうかと時々チラリと視線を送るが、チェルさんは気にせず本を読んでいる。意識しすぎだ。
これから一緒に住むのに最初からこうでは、そのうちチェルさんが居心地が悪いと出て行くかもしれない。それは良くない。気持ちを切り替えるようにまばたきをすると、持っていた本へ視線を送る。文字を読もうとするが、内容は頭の中に入ってきそうもなかった。
いつもと変わらない筈なのに、今日に限っては夜ご飯までの時間が長く感じた。私が無理やり文字を追いかけていると、夕ご飯を知らせる音がした。
「そうか。飯の時間か」
夕ご飯を取りに行こうと本を閉じていたら、チェルさんの声が聞こえた。そのままチェルさんの方を見るとチェルさんはソファーの上に本を置き、立ち上がる。
「私も行きます」
急いで本を机の上に起き、チェルさんの手に触れようとする。だがそれをチェルさんがそっとよけた。チェルさんを見ると私から視線を移動した。
拒否された? 何でだ。チラチラ見ていたのに気付かれた? 突然のことに着いて行けず、頭の中が一気に真っ白になる。それでも無理矢理、頭を働かせる。私の気持ちは詮索されたくない。気付かないふりをしないと。
「俺だけで問題ない。お前は休んでいてくれ」
「はい。ありがとうございます」
うまく笑えたかわからないが、そのままチェルさんが扉へと向かう。チェルさんが視界から消えるとすぐに扉が開く音がした。
魔王様の声がする。内容は聞き取れないが、魔王様と何か話しているようだった。話し声は直ぐに止まり、再び扉が動く音がした。話が終わったようだ。すぐにチェルさんがカートを持ってきた。ご飯は私の見間違いでなかったら一人前だ。一人前? 何でだ。そっとチェルさんを見る。
「戻ったばかりで食欲も湧かない。今日は止めておく」
私の分だけのようだ。チェルさんは食べない。ヘビの時に食べていなかった。戻ったばかりだからだろう。わかっていても心配になるが、チェルさんは詮索されるのは嫌だろうし、なるべく気にしないように立ち上がり食器を取る。
「食べたくなったら言って下さいね」
食器を机の上に置くとゆっくりと座る。距離を取られるのは寂しいし、あまり近づかないようにしよう。少しだけ距離を取り、チェルさんの隣に座る。さっきより離れている。だがここから距離をつめて、拒否されるのも嫌だし、このままの方が良い。
「姫」
「は、ひゃ」
いただきます。と言おうとしたら、チェルさんが私を呼んだ。突然声をかけられるとびっくりする。急いでチェルさんへ視線を移動すると、チェルさんは何かを考えているようだった。
「俺の隣が嫌ならば、言って欲しい」
「どうしたんですか? そんな事は」
「無理しなくて良い。いつもよりも距離がある」
その言葉は予想外だった。私はチェルさんにいつもよりも離れているとは言えなかった。なのでこんなにもはっきりと言うチェルさんに少しモヤモヤした。
チェルさんが先に距離を取ろうとした。そう言ってしまいたい気持ちもあったが、チェルさんの表情を見ていると言えなかった。
「気のせい」
「ではない。俺が気に障ることをしてしまったか?」
チェルさんの表情が更に曇る。これくらい違うと親指と人差し指で長さを示す。細かい。そこまで覚えていたならなんで先程は距離を取っていたんだ。モヤモヤする気持ちもあるが、このままだと有耶無耶にしようとするのは良くないと感じた。
「いえ、その、全くないです! チェルさんに近づいたら邪魔かなって」
「邪魔だとは思っていない。近づきたい! 俺はお前を愛しているからな。だがこれ以上近づいたら危ない。そのままお前の子を、いや。何でもない。出来ればこのくらいの距離は近づきたい」
あいしている? あい? 愛! 予期せぬ言葉にチェルさんを見つめていると、チェルさんは私の事など気にせずに、立ち上がると棚へと向かった。
「いや。そんな話は困るな。俺はそこで本を読んで落ち着かせてくる」
チェルさんがそのまま棚の中に入っている本を取ると、棚の前で本を読み始めた。
愛している。私の聞き間違いでなければ、チェルさんはそう言った。私もチェルさんを愛している。チェルさんへ視線を向けると、今の言葉が嘘だったかのようにページをめくっていた。
「私も、愛していますよ」
結局チェルさんの背中に向けて呟く事しか出来なかった。チェルさんには聞こえないだろう。
それでも言葉にしたら少し落ち着いた。愛している。チェルさんが知らなそうな言葉だ。きっと何かの言葉と聞き間違えたのだろう。いつも通りにしよう。そのまま視線を夕食へ戻す。
チェルさんが隣にいないのは寂しい。先程から色々とありすぎて、同じ部屋にいるのに遠くに感じる。考えているから寂しくなるんだ。ご飯を食べる事だけを考えよう。
ゆっくりと視線をご飯に移動しようとするソファーに何かが乗り、沈んだ。
そのまま沈んだ所を見るとチェルさんのズボンが視界に入る。ズボンの方向をゆっくりと見上げるとチェルさんと目があった。
「姫。俺が愛していると言ったのはお前と一緒に暮らしたいからだ。お前が許すなら子供を作り、一緒に育てたいと考えているからだ」
目が合うとチェルさんが口を開いた。一緒に暮らして子供を育てる。夫婦みたいだな。チェルさんも愛を知っているのは予想外だった。
「お前も同調しているようだったが、どうやら意味が違ったか、忘れて」
「あっています! 私はチェルさんの事を愛して、います。チェルさんとの子供も欲しいです」
立ち上がりそうになるチェルさんを引き留めるように急いで答える。恥ずかしいがそれよりも伝える方が大事だ。チェルさんの返事を待つが、チェルさんは固まったように動かない。
「チェル、さん」
「お前が俺を愛してくれるとは思っていなかった。俺は蛇で」
チェルさんに恐る恐る声をかけると、チェルさんは未だに静止したまま、ぼんやりと呟くように言った。
「私は人間ですね」
種族が違うの一緒。そんな意味を込めて伝えると、その言葉にチェルさんは気まずそうに眉間に皺を寄せた。そのまま視線を宙に移動するが、少しして私の方向へ視線を移動した。
「そうだな。エリーゼ。お前が俺と同じ気持ちで嬉しい」
チェルさんの視線が固定されるとふわりと笑いながら言った。チェルさんの笑顔が眩しくて、私の心臓は壊れてしまうんじゃないかと思ってしまう程だった。




