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75.いつもの場所

 魔王様の部屋の扉が開くまでに時間がかかった。

 中にチェルさんはいるのだろうか。段々と不安になってきて、このまま部屋に入ってしまおうか相談をしていると、突然ドアノブが動いた。

 急いで扉から離れる。扉はゆっくりと開き、中から魔王様が出てきた。チェルさんは一緒だろうか? 魔王様の足下に視線を移そうとしたら、頭の中にチェルさんの言葉が響く。


『姫か』


 そのまま視線を床に移動するとくねくねと動くチェルさんが視界に入った。急いでしゃがんで視線をチェルさんに合わせると、チェルさんも私を見つめるように頭を上げた。


「はい」

『どうしてここにいるんだ。部屋に戻ってはいなかったのか』

「すみません。チェルさんが気にかかり、来てしまいました」

『俺が』

「はい。今はヘビの姿をされてますので、歩くのも大変そうですので、運ぶくらいなら出来ると思います」


 チェルさんがいなくなりそうだからとは言えなかった。

 チェルさんを助けるなんて、何も出来ない私が言うのは烏滸がましいかもしれない。それでも私はチェルさんの乗り物代わりにはなれる。


『そうか』


 不要だ。とは言われなかった。大丈夫そうだ。そのままチェルさんへ向けて右手をゆっくりと出す。

 チェルさんが頬で私の右手に触れる。その頬は先程よりも冷たかった。心配だ。温めるようにゆっくりと左手で胴体に触れるとチェルさんが勢いよく私の方向を見た。急に触ったから驚いているのかもしれない。そう言えばチェルさんは触れようとしたものを氷漬けにすると魔王様が言っていた。


「すみません」


 触れ過ぎない方が良い。少し下がろうとしたら、チェルさんが私との距離を詰める。


『いや。お前の手は心地良い。それよりもお前の腕の中に入っても良いか』

「はい」


 急いでチェルさんを抱きしめるとチェルさんが私の腕の中で丸くなる。胴体をまるめ終えると頭を上にのせる。その頭は溶けてしまうのではないかと思うほどにくったりとしていた。

 ヘビの姿で歩いたりしていた。疲れたのかな。ゆっくりとチェルさんの胴体を撫でるとしっぽで私の腕に触れる。


「姫はチェルを迎えに来てくれたのかい?」


 魔王様の声が聞こえた。そうだここは魔王様の部屋だ。いつもの調子でチェルさんに話しかけてしまったが、ここにいるのはチェルさんだけではない。魔王様達もいる。こんな事をしているから冷やかされるんだ。私の横でラビアさんがニヤニヤと笑っているのは気のせいにしよう。


「はい。すみません。勝手に部屋から抜け出してしまい」


 ゆっくりと立ち上がると魔王様に声をかけた。魔王様は私が勝手にここに来たことを咎めることはせず、いつものように柔らかく笑った。


「シルフィ達が一緒なら問題ないよ。丁度チェルを君の部屋に連れて行く所でね。助かったよ。チェルをこのまま運んでもらっても良いかい?」

「もちろんです。チェルさんは調子が悪いですし、私が出来ることでしたらなんでもやります」

「なんでも、か。それだったら、そのままチェルを君の部屋で預かってくれないか?」


 思ったよりもあっけなかった。

 預かる。調子が良くないから様子を見ていて欲しいと言う事かな。


『おい、魔王。姫に勝手に頼むな』

「チェル。姫の腕の中だよ。暴れたら姫が怪我をするよ」


 魔王様に返事をしようとすると丸まっていたチェルさんが思い切り頭を上げた。思わずチェルさんを落としそうになったので、少しだけ引き寄せる。

 だがチェルさんはまだ私の腕の中で動こうとしていた。このままだとチェルさんが私の腕から落ちてしまう。仕方ないのでチェルさんを落とさないように思い切り抱きしめようとしたら魔王様の声が聞こえた。


 その声で、チェルさんが大人しくなった。とりあえず魔王様と話している間は一回降りて貰った方が良いだろうか。チェルさんに向けて声をかける。


「降りますか?」

『いや。良い。それよりも姫。嫌……ならば。はっきりと言ってくれ』

「チェルさん。そんな事ないです。チェルさんが頼ってくれて嬉しいです」

『ならいい。姫の部屋にいく』


 チェルさんはそう言うと魔王様からそっぽを向くように私の方向に頭を向けるとそのまま胴体に置く。拗ねているみたいだ。

 魔王様の様子を見ると小さく笑っていた。怒ってはいないようだ。


「それは助かるよ。チェル。君はしっかりと回復すること。姫のご飯を運ぶついでに君の様子も確認するからね。もし何か必要なものがその時あったら言ってくれ」

『わかった』


 チェルさんが私の部屋にいるか確認するようだ。チェルさんは魔王様にそっけなく返事をすると今度は胴体に頭を隠す。魔王様と話したくないのが伝わってくる。


「全く。姫。困った事があったら、チェルに言ってくれないか?」

「ひゃ、はい」


 胴体に頭を埋めているチェルさんを見ていると魔王様が私に話しかけた。急いで返事をしてしまったがよく考えるとおかしい。話すのが魔王様ではない。確かにチェルさんの方が話しやすいが、その言い方には違和感がある。

 チェルさんでも良い。ではなくてチェルさんに言ってくれ。って言っていた。と思う。


「どうしたんだい?」

「魔王様へは言わなくて良いんですか?」


 おかしな事ではないはずだ。チェルさんから聞いていないなんて後から言われても嫌だし。確認するように聞くと、魔王様は未だに柔らかい表情のまま口を開いた。


「チェルに聞くから問題ないよ。チェルが」

『姫。さっさと帰るぞ』


 魔王様の声を遮るようにチェルさんの声が頭に響く。そのままチェルさんを見ると次に『そろそろ部屋に戻りたい』と言葉が響いた。

 魔王様の言葉が気になるがチェルさんの体はいつもよりも冷たい。チェルさんを見ると未だに胴体の中に顔を隠し、丸まっていた。


「はい。あの……魔王様。すみません。そろそろ戻って」

「チェルとの話も終わったし、問題ないよ。今日は大変だっただろう。ゆっくりと休んでくれ」

「魔王様。ありがとうございます。シルフィさん達もありがとうございました」


 魔王様に一礼をしてから、シルフィさん達の方向へお礼をする。シルフィさんはいつものように明るい表情で私を見た。


「良いって。そうだ。チェルさん。何かあったら姫様のところ行くので、しばらく休んでいて下さい」

「うん。姫様もゆっくり休んでね~。今日はありがと~」


 気にしないでと温かい言葉をかけてくれるシルフィさん達に再びお礼を言ってから、部屋へと戻る。

 段々と温かくなってくるチェルさんに触れていると先程の妙な寂しさはどこかへいってしまったようだ。

 シルフィさん達が一緒にいてくれたのもあるかもしれない。ここの魔物さん達は優しい。私のせいで死んではいけない。勇者が来る前にチェルさんと必ずこの城から出よう。ここで過ごすほど段々と離れる寂しさが生まれてくるようだった。


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