74.姫の監視
「ごめんね。魔王様から口止めされてるんだ」
なんとも言えない気まずい沈黙を破ったのはシルフィさんだった。
シルフィさんはいつもよりも少し低い声で、表情も曇っている。明らかに聞いてはいけなかったとわかるため、軽い気持ちで話題に出してしまい、申し訳ない気持ちになる。
魔王様から口止めされているんだったら、気にしないで欲しいと返事をしようと思ったが、口を開く前に気付く。魔王様から。と言う事は私を連れてきた理由をシルフィさんは知っているようだ。
チェルさんは事情を知らない。知ったらチェルさんが逃げてしまうからだと魔王様も言っていた。だから代わりにシルフィさん達が知っているようだ。そこはおかしくない。
だけど、ならどうしてチェルさんが私の監視をしているんだろう?
「姫ちゃんはこことロンディネ。どっちにいたい?」
突然ラビアさんが私に尋ねた。考えている途中で話かけられるといつもより理解するのに時間がかかる。ゆっくりとラビアさんの言葉を頭に浮かべる。
ロンディネと魔王城。聞くまでもない。ここに決まっている。だが私は囚われの身。ラビアさんにそう簡単に答えて良いだろうか。
「ロンディネって即答しないんだね。だからだよ。君を悪い人達から保護しているの」
ラビアさんが続けた。悪い人達から保護している。
そっとシルフィさんとノームさんを見るが否定はしない。どうやらラビアさんの言葉は真実のようだ。
「私を、保護?」
なんで魔王様は人間の姫を保護するのだろう。私がここにいると魔王様は勇者に殺される。それを魔王様は知らないと思うが、私を捕らえるのはデメリットしかない。
ラビアさんに尋ねるように繰り返す。ラビアさんは私の言葉に対して、表情を変えず明るい声色で答えた。
「うん。保護。答えられるのはここまでね。シルフィの言う通り、魔王様から口止めされているし。この城には姫ちゃんの敵はいない。だから安心してこの城に住んでいてね」
魔王様に口止めされている。魔王様に信用してもらうまではお預けと言うことだろうか。なら私一人で動かない方が良い。気にはなるが深追いはよそう。シルフィさんから無理に聞くのも悪い。
「チェルくんも君から奪ったりしないよ」
ラビアさんが釘を刺すように続けた。チェルさんを奪わない。チェルさんをこのまま私の監視にしていて欲しかったら、詮索せずに大人しくしてろとでも言いたいのだろう。まさかチェルさんを監視につけたのはそのため?
「チェルさんは物じゃありません」
チェルさんをハニートラップみたいに利用しないで欲しい。はっきりと伝えるとラビアさんが一瞬止まった。
「知っているよ。だけど姫ちゃんはチェルくんと一緒の方が良いでしょ。チェルくんを付けているのは、姫ちゃんがチェルくんのことを好きだからなんだし」
ラビアさんが目を細めると、口を開いた。
私が好きだから。やはり魔王様は私の気持ちに気付いているようだ。心当たりはちょっとある。たまに魔王様が私になんとも言えない視線を送っているのも気付いている。
いや、ちょっと待て。よく考えるとおかしい。チェルさんが私の監視になったのは初対面の時だ。私がチェルさんを好きになるかわからない。確かに美形のチェルさんに見とれたが、それだけで好きになったと思わないはずだ。
きっとチェルさんはこの城一番の美形だからだ。魔王様は美形をあてがえば良いとでも考えたのか。私はちょろすぎではないか。
「ラビアさん! 姫様。違うからね。姫様はチェルさんになら心を開いてくれそうだって」
「そうそう~。それにチェルさんは誰かに関与しようとしないから、お姫様もあまりストレスにならないかもって」
考えていたらシルフィさんとノームさんがフォローしてくれた。だが私がチェルさんの事を好きな事が前提になっている気がする。
もしかして私がチェルさんの事を好きって思ったよりも広まっている? チェルさんだから気付かれていないのかもしれないが、常識みたいに言うの止めて。
「あんた達も言うな。嫌だろ。冷やかされているみたいで」
ニクスさんの声が聞こえた。そのままニクスさんの方向を見るとニクスさんが視線を外した。ほんのりと耳が赤くなっていて、突然始まった恋バナに困惑しているのがわかる。
わかる。私もこの空気は居心地が悪い。ニクスさんにはこのいたたまれない空気を壊して欲しい。そのままニクスさんを見ているとゆっくりと私の方向を見た。
「俺は姫にその、出来ればこの城を好きになって欲しいです。だから過ごしやすいと思って欲しいです」
「この城はとても過ごしやすくて大好きです。チェルさんも」
無意識に出てきた言葉に思わず口ごもる。こういう風にとりあえずチェルさんと言うのが良くない。
「俺はその言葉が聞けて充分です。シルフィ、ノーム。あんた達もそうだろ」
ニクスさんは私が気にしないように淡々と言っていたが、その言葉は温かく感じた。
ニクスさんの言葉にシルフィさんとノームさんが明るく笑う。その表情が嬉しくて私も口元が緩んだ。
「うん!」
「もちろん~」
「僕も」
「あんたは冷やかしているだろ。脈絡もなくチェルの事を出すな」
ラビアさんも同意しようとするが、ニクスさんがすぐに一蹴した。だがラビアさんはそんなニクスさんの言葉など気にせず、クスクスと笑う。
「そう? おかしくないよ。姫ちゃんはチェルくんが事情を知らないって知ってるんだよ。そんなチェルくんが姫ちゃんの世話なんて妙でしょ。姫ちゃんに素直に言うのは良いけど、姫ちゃんのことを考えなきゃ」
先程考えていたこともラビアさんにはお見通しのようだ。相変わらずラビアさんは何を考えているかわからない。
「なら、最初から言え」
「余計なことは言いたくないだけだよ。姫ちゃんは僕が思っているよりも勘が良いからさ。言えないことは多いけど、君からチェルくんを無理矢理奪ったりしないよ。安心してここで過ごしてね」
ラビアさんがウィンクした。正直。褒められているのか、けなされているのかわからない。ただラビアさんが私がここに来た理由について口を閉ざそうとしているのは伝わった。
与えられた幸せで何も知らないで暮らして欲しい。
魔王様が閉ざしている理由はわからないが、これからの勇者が私を攫いに来る未来をしっているせいかそれは絶望を塗り隠すように作られた幻影のように感じた。




