76.理論と感情
チェルさんと一緒に部屋へ戻る。チェルさんは先程の魔王様の言葉は気になるが、私の部屋が嫌かなんて聞くのは勇気がいる。チェルさんの様子を窺うように視線を移動すると、いつの間にか胴体の中に埋まっていたチェルさんの頭が胴体の上へと移動していた。
『姫』
私の視線に気付いたのかチェルさんの声が響いた。
そのまま見つめているが、いつもとは違い、チェルさんは私に何か伝える様子はない。頭も胴体の上に載せたままだし、聞き間違いだったかもしれない。そのまま視線を上げようとしたらチェルさんの声が再び聞こえた。
『もし、邪魔になったら言ってくれ』
「邪魔に」
『お前の気持ちは嬉しい。だが、俺はその言葉のまま受け取って良いかわからない』
予想外の言葉に驚きつつチェルさんを見る。チェルさんは隠すように再び絡まっている胴体の中に頭を入れた。
「そのまま受け取って下さい」
『だが、お前には何の見返りもない、俺が一方的に搾取している』
チェルさんの頭が再び胴体から出てきた。そのまま私の方向へ頭を動かした。
「一緒に戦ってくれると言ってくれましたよ」
『それは。俺がお前と一緒にいたいからだ』
「私もチェルさんと一緒にいたいからです。なので早く元気になって欲しいです」
『そうか』
相槌を打ってくれたが、チェルさんは未だに頭を私の方に向けたままだった。少し待っていると再びチェルさんの言葉が頭の中に響いた。
『姫。俺は気持ちと言うものがわからない。だから蛇の俺が一方的に搾取して不快ではないかと考えてしまう』
「そんな事」
『ないと思っている事は知っている。だが蛇は人間に気味悪がられている。だからかお前が俺のことを気味悪いと思っていたら。そんな事ばかり頭に浮かぶ』
チェルさんは戸惑っているようだった。チェルさんは前に感情がわからない。理解するつもりもないと言っていた。そんなチェルさんが私の気持ちを気にかけている。気持ちとしては嬉しいが、チェルさんらしくないせいか、胸の奥が痛くなるようだった。
「チェルさん」
『お前のことを疑っているわけではない』
「だ、大丈夫です。私もチェルさんに人間は嫌だと思われたらって……考えて、いますし」
『お前を。お前は人間だが、エリーゼだ』
「ヘビだ。ヘビだと言うチェルさんには言われたくないです」
私だってチェルさんが人間に対してどう思っているか考えてばかりだ。素っ気なく見えるが優しいので悪いようには思われていないはずだ。だけどどこかで監視だからと不安に感じるところはある。
『それは……そうだな。頭では理解しているのにどうしてだろうな。答えは出なさそうだ。姫。もしお前が構わないのなら、帰る前に俺の部屋に寄って欲しい。やりたいことがある』
「はい。もちろんです」
しばらく私の部屋にいることになりそうだし、持っていきたい本でもあるのかな。とりあえず、言われた通りにチェルさんの部屋へと向かった。
チェルさんの部屋につくと扉を開いてからゆっくりとしゃがむ。そしてチェルさんが落ちないように床に置いた。
チェルさんの丸まっていた体は床の上でゆっくりと伸びていく。まっすぐになったと思ったら、頭を私の方へ向ける。
『姫。少しだけ扉の外で待っていてくれないか』
「はい」
チェルさん一人で大丈夫かな。今のチェルさんはヘビの姿をしているし、物を動かすのも大変そうだ。心配だが、チェルさんがそう言っている以上、待っているのが一番良い。
邪魔にならないようにしないと。待っていて欲しいって言っていたし、じろじろ見ない方が良いかな。立ち上がろうとすると再びチェルさんの声が響いた。
『すまないが、中に入ったら扉を閉めてくれないか』
「はい。わかりました。扉ですね」
見られたくない。気にはかかるが詮索はしてはいけない。そのまま立ち上がりノブに触れる。
チェルさんはそのまま部屋の中に入ると思ったが、チェルさんは部屋の中へ入ろうとせず、私の方向へ頭を上げた。
「どうかされましたか?」
『いや。直ぐに戻る。待っていてくれ』
「はい。もちろんです」
『誰か来たら、この部屋に入ってくれ。お前には見られたくないが、お前が危険に晒されるのなら、そうは言っていられない』
「はい」
チェルさんを見送ると扉を閉めた。
見られたくない。チェルさんの言葉を考える。男の人の部屋だ。私に見られたくないものの一つや二つあるだろう。えっちな本とか。いや、チェルさんはきっと持っていないな。興味無さそうだし。と言うか異性に興味がない。
ならなんだ? 気になる。チェルさんの部屋の外で待っていると直ぐに扉が開いた。扉が? どうやって開いたんだろう。扉を見るとチェルさんの服が視界に入った。
そのまま見上げるとチェルさんと見つめ合う形となる。いつものとても綺麗な顔。目の前のチェルさんは人の姿をしていた。




