73.チェルの話
視点が戻ります
チェルさんが離れていくようだった。
理由はない。何となくだ。そう思っても勇気が足りなかった私は遠ざかるチェルさんに手を伸ばせなかった。
だけどすぐに私の背を押すようにシルフィさんとノームさんが声をかけてくれた。”チェルさんを迎えに行こう”
私はその言葉に勇気づけられて、チェルさんがいる魔王様の元へ向かった。
途中。ラビアさんとニクスさんがついてきたりとちょっとしたハプニングがあったが、私達は無事、魔王様の部屋に到着した。
先程チェルさんと来た時と扉は変わらないが、心が重たいせいかとても大きく見える。チェルさんは本当に中にいるだろうか。恐る恐る扉に近づいてみるが、声は聞こえなかった。
「外からは聞こえないようになっているよ」
ラビアさんの声が聞こえた。魔王様の部屋だし、聞かれたくない話もあるだろう。
以前チェルさんが即死トラップと言っていたこともあった。扉にはあまり近づかない方が良さそうだ。扉からそっと離れた。
何が仕掛けられているのだろう。そっとラビアさんの方向へ視線を移動するとラビアさんが柔らかく笑った。
「ふふっ、トラップないよ。扉にかけられている魔力は部屋の中をわからなくするくらいだよ。仲間でも自分の生活を干渉されるのはあまり気分が良くないでしょ。襲撃があったら魔王様が雷を落としてくれるし」
トラップはなかった。疑ってしまったのが申し訳ない。
それにしても魔王城はプライバシーにとても配慮されていて、魔物さん達に優しい。魔王城と言うよりもホテルみたいだ。
「くく、扉にトラップ。なんて考えるのはこの城ではチェルくんくらいだよ。チェルくんは特別だからね」
ラビアさんがクスクスと笑った。チェルさんくらい。わかっているが、やはりチェルさんは他の魔物さん達と違うんだと改めて思う。
「チェルくんは良い魔物でも悪い魔物でもないから、敵対しないようにここで世話をしてるの」
「世話?」
チェルさんのことを考えているとラビアさんが補足するように続けた。
ラビアさんの言いたいことはわかるが、その言葉とチェルさんへの態度は合っていなかった。魔王様達はチェルさんに対して敬うことや媚びることはない。どちらかと言うと家族のように接している。以前、三人で夜ご飯を食べた時のことを考える。
「一緒に住んでいると心配と言う部分のが大きくなったけどね。チェルくんは人と接するには足りない部分が多すぎるしさ」
足りない部分に心当たりはあった。チェルさんは魔王様達に出し抜かれている。だからと言ってラビアさんの言葉を肯定するのは良くない。出し抜かれているのを認めることになる。
そのままラビアさんを見ているとクスクスと笑いながら続けた。
「この城にも簡単についてきちゃったし。チェルくんの事だから、力技でなんとかすれば良いって思っていたのかもしれないけど、もう少し警戒して欲しいよ」
「簡単に?」
「うん。僕達のする事を少し手伝ってくれたら、ご飯と安全な寝床を用意するよ。って言ったら。わかったってこの城に来たんだよ」
ちょろい。ちょろすぎる。確かにチェルさんは安全な飯と綺麗な住まいと言っていたが、そう簡単に知らない人について行くのは良くない。
「チェルも魔王様に連れてこられたんだな」
私がしっかりしないと、心の中で気合いを入れているとニクスさんの声が聞こえた。どうやらニクスさんもチェルさんの事を知らなかったみたいだ。
「そうだよ。ニクス。突然どうしたの?」
「いや。チェルは勝手に住み着いているのかと思っていた」
ニクスさんの言葉に同意しかけた。”住み心地が良さそうだ。邪魔する”そう言いながら魔王城に入るチェルさんが頭に浮かぶ。
「チェルくんは知らない魔物がたくさん居る場所に近づこうとしないよ。魔王様が連れてきたんだ。チェルくんはここに来る前は神様でね~」
「チェルさんが神様?」
チェルさんの事を話すラビアさんを見ていると複雑だ。なんかちょっと負けた気がする。勝ち負けではないとわかっているが、私だってチェルさんと一緒にいる。
「そうだよ。種族とかじゃなくて、人が勝手に祀っているだけ。きっと神様だなんて本人も知らないんじゃないかな」
「確かに。チェルはたまに畑に雨を降らせているな。その姿を人に見られたら神と思われるかもしれないな」
ロンディネの蛇神さまも雨を降らせている。まさかと思ったが、思い浮かぶのは否定する言葉ばかりだ。チェルさんが人間に対して望みを叶えるなんてことはしない。雨を降らせるから近づくなとかそんな感じだろう。
「そう言っているニクスもだよ」
私に考える暇を与えないように、ラビアさんが再び私の知らない話をさらりと言う。正直、頭の整理が追いつかないが、無理やり整理させニクスさんの方向を見る。
ニクスさんはラビアさんの言葉に驚いているようだった。ニクスさんも自分が神様と知らなかったのか。ラビアさんは詳しい。まだ私の知らない情報がポンポンと出てくるかもしれない。とりあえず出来る限り頭の中に入れよう。
「俺も?」
「ニクスは傷を癒やす聖獣って伝説になっていたよ」
「へー俺が。そう言えばたまに人の傷を治していたな。そこからか」
ニクスさんには心当たりがあったらしい。人の傷を治していた。ニクスさんはここに来る前から人間に対して友好的だったんだ。
「そうだよ。魔王様と僕で各地の伝説を調べて、人に対して友好的な魔物を探していたからね」
「もしかして、あたし達も」
シルフィさんが言った。シルフィさんを見ると目がキラキラと輝いていた。
「君たちは討伐されそうになっていたよ」
「そっか」
シルフィさんがしゅんとした。確かにゲームではシルフィさん達は敵だった。四大精霊辺りのストーリーは。
ニンファ村の真ん中の家に入る→中にいる人に話しかける→聖なるほとりに向かう→四大精霊戦
ダメだ。私の情報ではストーリーはわからない。
「悪意のある魔物だったら退治する予定だったんだよ。そしたら人が勝手に悪意があると決めつけていただけだったんだ。ここにいたら君達も危ないし、討伐したことにしてここに連れてきたんだよ」
「そう言えば、ここに来た時、ディーネが人の姿を保てるまではこの城に居た方が良いって言っていたっけ。そっか、ディーネは知っていたんだ」
「ディーネが一番魔王様の話を理解しているからね」
魔王様は人間の敵にならないようにうまく動いている。
「私はどうしてここに居るんでしょうね」
ラビアさん達の話を聞いていると自然と言葉が出た。
聞くつもりはなくて、今の話の延長だった。だがそれは聞いてはいけなかった話みたいで、何となく嫌な空気になる。
ちらっとシルフィさんの方向を見るとそっと視線を外した。




