71.新しい結末
姫が勇者に殺される。魔王の口から出たその言葉をチェルは簡単に消化出来なかった。
チェルは姫から勇者に殺されるのは魔王で、姫を守る魔物がいなくなったため勇者に攫われると聞いていた。
『姫が勇者に殺される。どう言うことだ。死ぬのはお前では』
”姫が殺される”それを言葉にするとチェルの胸の中にじわじわと喪失感が生まれて来た。突然の感情に戸惑ったが、その喪失感を消すようにチェルは首を振る。それからその首を魔王の方向へ伸ばした。
魔王は突然チェルに距離を詰められたことに驚き、思わず一歩後ろへ下がった。
チェルは今までそんな態度を魔王に見せることはなかった。それほどまでにチェルが動揺している。
魔王はチェルの光景に驚いたが、すぐに心を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐き、口を開いた。
「私が父親と言うことに気付いていないからな。この世界は姫の知っている世界と少し違うんだ。勇者に殺されるのは私と姫だ」
『何故殺されるんだ。勇者は姫をさらいに来るのではないのか』
「事故のようなものだ。勇者が魔王にとどめを刺す瞬間、姫は魔王の盾になるんだ。非力な姫は防御など出来ない。そのまま勇者に刺され命を落とす。そして目の前で娘を失った魔王が覚醒するようだ」
魔王は僅かに低い声をしていた。そして言い終えるともう一匹の魔王を侮蔑するように冷ややかに笑う。
漏れるように聞こえた魔王の笑い声にチェルが反応した。
『お前は姫が死ぬというのに良く笑っていられるな』
チェルが魔王へ送る視線が鋭くなる。笑い事ではない。その視線にはそう気持ちがこもっているようだった。
「私とは違う魔王の話だからね。正直。私は彼の事を気に入ってはいないよ。最初から本気を出さずに姫を失う愚かな魔物だ」
いつものように柔らかいもの言いだが、その言葉の一つ一つにもう一匹の魔王への嫌悪が込められていた。いつもと違う魔王の様子にチェルは驚きつつも頭は動かさずに魔王の方向へ向けていた。
『お前が魔王だろう』
「別物だ。私は姫を盾にはさせる気はないよ」
『盾にしない。その割にお前があまり動いているようには見えないが』
チェルは魔王から勇者と思われる人間について聞いたことがあった。その時の魔王はチェルに今の所は脅威ではないから放っておいていると答えた。
当時のチェルは魔王の言葉を流していたが、勇者のこれからの行いを知ると、なぜ魔王が放っておいているか気になった。
「そうだね。見えないように動いているからね。勇者にはこちらから関与しない方が良いんだ」
『関与しない方が良い。お前は俺が討伐しようとした時に止めようとしなかっただろう』
「君は勇者の元へは行かなかっただろう。止める方法は行くなと言うだけではないよ」
『そうか。……まあいい。話を続けろ』
「ああ。勇者はまだ勇者ではない。彼が勇者として功績を築く前にニクスを勇者に成り代わらせようとしている」
魔王の計画はチェルには予想外のものだった。
すぐに理解は出来なかったが、ニクスは勇者と同じく不死のスキルを持っている。無理やり理由を付け、納得させた。
だが次に浮かんだのは勇者に成り代わる方法についてだった。少なからず勇者と接触する必要があると考えた。方法は思いつかないが、勇者が未熟の方が成功する確率は上がる。それならば早めの方が良いはずだ。
だが魔王は勇者に関与しようとしない。チェルは魔王の話を聞けば聞くほどわからなくなるようだった。
『どのような方法だ』
「単純だよ。勇者が成し遂げる事をニクスが行うんだ。勇者は血筋ではなく、村や国を救う者に送られる称号のようなものだ。勇者だと人間達が感じたらニクスは勇者になる」
魔王もこれから起きることを知っていた。それならば勇者よりも先に勇者の役割を遂行できる。
相変わらず、ずる賢い男だ。普段は魔王の考えを快く思わないが姫の命が関わっているせいかほんの僅かだが心強く感じた。
『そんな方法もあったのか』
「単純だけど楽じゃないよ。それに私一匹では出来なかった。勇者の倒す魔物の調査だけでもとても長くかかった。それに結局私達の力では足りず、姫の力も必要となっただろう」
「コカトリスにギルドのクエストか」
ラビア達がギルドのクエストをこなすため、姫は彼らに魔物の知識を伝えていた。
姫の知識量は魔王も敵わないのだな。そう思いながらチェルは魔王を見つめた。
「筋書きには関係ないが、名声が上がるんだ。成り代わる以上は彼の名を上げるに越した事はない。実際、ニクスを指名してくる者も出てきた。もう少し有名になったら姫の救出クエストを受注する予定だ」
『ラビアが言っていたな』
「ああ。それだよ。簡単に救出したらニクスがロンディネからお金を取るために誘拐したなど話が出てくるだろう。ニクスが勇者として認められたら、ニクスがロンディネに姫を連れて行く。後はニクスが姫と愛し合い、ここに戻ってくれば」
『おい。ちょっと待て、なぜニクスが姫と愛し合う』
チェルが魔王の言葉を遮った。予想以上の反応だったのか魔王は一瞬呆気にとられたが、小さく咳払いをすると言葉を続けた。
「形式上だ。仕方ないだろう。勇者は姫を愛すると言わないと城から連れ出せないんだ」
『それも姫の記憶とも違うな。姫からは勇者がさらいに来ると聞いていた』
姫と勇者の結婚は姫が殺されないリメイク前のシナリオだった。姫はチェルにチェル以外の者の元に嫁ぐことを隠している。姫の気持ちを考えるとこれも新しい筋書きと伝えた方が良い。矛盾していることに気付かれそうだが、その時までに答えを考えておこう。魔王が目を細めるとチェルへと伝えた。
「みたいだな。勇者と愛し合うなど姫も嫌だろう。内緒にしておいてくれよ」
『わかった。そうか。姫が生き残るにはニクスと愛し合う必要があるのか』
チェルが反芻するように言葉に出した。
魔王の言葉を理解しているが、心のどこかでは受け入れられていないようだった。
「勇者を今から君に変えられたら良いのだが、今からだと厳しいな。今の所はそれが一番良い方法だ」
『俺にしろとは言っていない。ただ驚いただけだ。まさかあいつが勇者と愛し合うとは思わなかった』
チェルは魔王の言葉を否定していたが、やましい部分があったのか魔王から僅かに頭をそらした。
「前の世ではお姫様は助けてくれた者と愛すると決まっているんだ」
『勇者は姫をさらいに来ているだろう。寧ろ助けているのは俺達の方で』
「確かに。勇者を倒したチェルと愛し合うと言う展開も良さそうだな」
魔王が明るい声で言った。
チェルが言葉に出来ないことを魔王が容易く口にしたせいか、チェルは魔王のその声色に不機嫌になる。
『茶化すな。姫と蛇などあり得ない』
「決めつけるのは良くない。エリーゼだって魔物と姫の娘だよ」
『魔物は人に怖れられている』
「そうだね。だけどそれは真実ではないよ。私は魔物が人間に怖れられていると君に言い過ぎた。悪かった」
『お前は嘘をついていたのか』
チェルが魔王に詰め寄るように首を伸ばす。それは魔王の予想通りで魔王は表情を変えずにそのまま続けた。
「君は白か黒か決めつけてしまうからね。嘘ではないが真実でもない。君だって全ての人間が嫌いなわけではないだろう。それと同じさ。君は人の世に疎い。出来る限り、人の世に馴染むように大げさに言いすぎた」
チェルが考える。チェルは姫を愛しているが、他の人間に対しては興味がない。同じ人間でも違う。たくさんの人間がいる。魔王の言っていることが何となくわかった気がした。
『そうだな。お前が人間を怖れているのは真実なのだろう。お前は勇者に殺されると言っているからな』
「ああ。人間は怖いよ。知恵が回る」
魔王は勇者とは戦わず、ニクスにその立場を成り代わらせようと考えている。
人間は魔物に比べると弱い存在だ。それでも脅威となる。勇者は自分が思っている以上に厄介な相手なのだろう。
『俺が姫を殺させない』
一筋縄ではいかない。勇者のことを考えるとチェルはその言葉が自然と出た。
姫の側から離れるなど元々無理だったんだな。チェルは魔王に伝えると地面を見るように首を床の方へ向けた。




