70.魔王と姫の記憶
姫は魔王の娘。魔王からの告白をチェルが受け入れるのに時間がかかった。
いや、言葉を理解すると言うのが正しいかもしれない。チェルは魔王の言葉に納得はしておらず、頭に浮かぶのは姫が魔王の娘である事を否定する言葉ばかりだった。
『姫はお前に似ていない。あいつの目も髪もお前と違う』
チェルがまず思い浮かべたのは姫の容姿だった。姫は黒目に白銀の髪をしている。赤目、黒髪をしている魔王の要素はない。
「私の瞳も実は黒い。赤が混ざっているように見せていてね」
魔王が目に触れる。すると何かが外れたように目の赤が消え黒目になる。魔王の指には外れた赤い瞳が付いていた。だがチェルは何も反応しなかった。今のチェルは細かい色が認識出来ない。魔王は少し考えてから申し訳なさそうな表情をして、口を開いた。
「今の君は色がわからなかったね。君に伝わる方法があれば良いのだが」
『お前が俺を騙そうとしていないことはわかる』
「そうか」
『だが、信じたくはない』
魔王が真実を言っている事は声色から伝わるが、出来る限り姫と魔王の親子関係を否定したかった。
再び否定をする理由を考える。だが思い浮かぶのは更に彼女と魔王の関係を肯定する内容だった。姫の魔力について。チェルは心の中で舌打ちをした。
『姫は雷の魔力を持っている』
チェルは以前、姫から雷に助けて貰った事があると聞いた。姫の様子や話を聞いているとそれが魔物の関与によるものと考えにくく、姫が雷の魔力を持っている可能性が高いと感じていた。
連れて来た姫が魔王と同じ力を持っている。魔王と何か関係があるのかもしれないと薄々感じてはいたが、親子とは認めたくはなかった。だがその言葉で今までの事が腑に落ちるのも確かだった。
「雷?」
チェルの雷に魔王が反応した。姫の魔力。それは魔王にとって初耳だった。魔王はチェルの言葉を待つように見つめる。
『ああ。あいつは死にかけた時に雷に助けられた事があると言っていた』
「そうか」
死にかける。その言葉に魔王は寂しげな表情をした。黒目の姫が人間の国でどのように扱われていたか。その言葉で簡単に想像がつくようだった。
『あいつは運が良かったなどと言っていたから、そう言うことにしている。言いたいことはたくさんある。誰のせいだ。魔物が人間からどのように思われているか知らないのか』
「知っているよ。君に教えるくらいにね」
『なら、なぜ人との子を作ろうと思った』
魔王がチェルから視線をそらす。瞬きをするとチェルが聞こえるかくらいの弱々しい声で呟くように言った。
「チェルはあの子が生まれない方が良いと思ったか?」
『厄介な事を聞くな』
魔王はチェルの質問に答えなかった。
チェルは聞いているのはこちらだ。魔王の回答に対し、頭に浮かんだのはその言葉だったが、すぐに消した。
そして魔王に伝えた。知っている事を聞くな。チェルはそう思っているからか、伝え終えると魔王から頭を反らした。
「答えてくれないか? とても大事な話だ」
『あいつのいない世界は死んでしまいそうだ』
チェルは頭を反らしたままだった。チェルの言葉に魔王が寂しげな表情をする。死んでしまいそう。そう思う程なのに、チェルは姫を手放そうとした。
「私もだ。だから私達は彼女を産むことを選んだ。それが私の役目だからね」
その言葉にチェルが反応した。役目。そう言えば先程も言っていた。筋書きが決まっていると。魔王のその言い方はまるで姫と同じようで、これから起きることを知っているように感じた。
『役割。まさか。お前も前世の』
チェルは思わず魔王に伝えた。
姫には前世の記憶がある。それは魔王に知られるわけにはいかなかった。伝えている途中で気付き、何でもないと無理やり誤魔化そうと思ったが、その前に魔王が口を開いた。
「ああ。持っているよ。チェルは姫からこの世界のことを聞いていたんだね」
姫が前世の記憶を持っていることに魔王は気付いていた。
だが姫とチェルが隠しているのなら無理やり聞かない方が良いと考え、魔王は姫に対して詮索することを控えていた。
『気付いていたか』
「あんな軽々とキングタートルを倒せる姫などいないだろう。それにこの城は住みやすい。文明が少しだけ進んでいるからね。戸惑いなく受け入れるのはおかしいんだ」
チェルは魔王の言葉を考える。文明と言われても元々洞穴に住んでいたチェルには馴染みがない言葉だった。チェルに伝わるよう魔王が言葉を探しながら天井を見上げる。そして再びチェルの方向を見ると口を開いた。
「ラーメンがない世界でラーメンを知っているのがおかしいだろう」
『訳がわからない事を言うな。ここにラーメンは存在してる』
ラーメンがないなどと言われても実際はある。チェルは魔王の伝えたい内容がわからず、分かりやすく言えと言わんばかりにじっと見つめた。
チェルの言葉に魔王がふふと笑った。笑ってはいるが、その表情は寂しげだった。
「チェルも人の世界を知らなかったね。ここの料理は大体が私の前の世から持ってきたんだ」
『前の世から。どう言うことだ』
「言葉の通りだ。ラーメンは前の世の食べ物だ。この世界にはこの城以外には存在しないよ」
『頭が痛くなるような話だな。あいつにも気をつけるように、言っておけ』
チェルが途中で止めた。無意識に言っておくと伝えそうになったが、彼女に伝える機会はない。そう気付き、そのまま魔王に伝えた。
「良いのかい? 私から言ったら、私が姫の前世の記憶について知っていると気付かれてしまうよ。それは良くないだろう。私も姫を利用すると思われると困るからね。出来れば君から言って欲しいよ」
『無理だ。そもそもなんでお前は姫の記憶を利用しないんだ』
「今の所は私の記憶で勇者は対処出来る見込みだからね。今回のような事が起こらない限りは私達でなんとかするよ」
魔王は姫の記憶をそこまで必要としていなかった。姫のことを考えているからだろう。だがわからない部分が多い。なぜ父親と伝えない。なぜ放っておいた。
『お前の行動は不明確だ。姫を心配している割に、関わらないようにしているな』
そんなんだから。お前を疑う。本心の見えない魔王の行動にチェルが苛立っているのか、魔王を睨み付ける。
「姫は私に関わらない方が良いんだ」
『それはお前が殺されるからか』
「そうだが、少し違う。私に深く関わると姫も勇者に殺されてしまう。君もエリーゼを失いたくないだろう」
魔王が低い声色で言った。チェルは魔王のその言葉を予想しておらず、固まるように魔王を見つめていた。
姫が死ぬ。チェルの頭に突然と落ちて来たその言葉はチェルの心を更に痛め付けた。




