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64.緊急クエスト

 朝ご飯を食べ終わるとチェルさんは本を読んでいた。

 しばらくすると大きく体を伸ばし、本へ倒れ込む。欠伸をしているみたい。凄いのんびりした時間だ。

 それが幸せに感じ、思わずチェルさんの背を撫でる。

 チェルさんは私の手に気付くと再び体を伸ばし、私の膝上に頭をのせる。チェルさんとの会話はないが、気まずさはない。なんか良いな。二人の世界みたいだ。

 ゆったりと私の膝上にいるチェルさんをぼんやりと見つめる。すると突然現実に戻すように扉を叩く音がした。誰だろう? 魔王様はカートを回収するときに私に声をかけない。お昼も来られるので、カート回収の時はわざわざ顔を出さない。

 シルフィさん達はチェルさんの不調もあり、しばらく来る予定はない。この部屋に魔物さんが来ることはない。

 そんな中の訪問者だ。少し嫌な予感がする。

 唾を飲み込んでからチェルさんを見ると、やはりチェルさんも似たようなことを考えているのか、扉の方向へ鋭い視線を送っていた。


「チェルさん」

『ああ。運んでくれ』

「はい」


 チェルさんを抱きしめると、急いで扉へ向かう。ゆっくりと扉を開けるとそこにはシルフィさんと青い男の人がいた。

 話したことはないが、知っている人だ。キングタートルの討伐の時にシルフィさんと一緒にいた男の人。さらさらとした青いショートヘアーに意志の強そうなキリッとした眉。だけど青い目は穏やかに見えて正統派イケメンと言った顔立ちだ。チェルさん程ではないが肌は色白で、美男子コンテストで優勝しそうな爽やか系のお兄さんだった。


 見たことはないが、四大精霊、青からウンディーネのディーネさんだと思われる。

 ゲームのビジュアルより人に近づいているので自信はないが、青と言えば水。土属性のゲノームス、火属性のサラマンダーだと違和感ある。

 ウンディーネはゲームで嫌なタイミングで結構な量を回復する技を使ってくるのであまり好きじゃなかった。悔しくてワンパンチャレンジをしていた記憶もあるほどだ。嫌な記憶が一気に出てきた。落ち着こう。目の前の人はウンディーネではない。きっとディーネさんだ。前世の事は忘れないと。

 とりあえずシルフィさん達の様子を窺うように見る。二人は私と目が合うと申し訳なさそうな表情をした。


「姫様。チェルさん。すみません。急ぎの仕事で」

『仕事? 何かあったのか。ディーネも一緒なのは珍しいな』


 予想通りディーネさんのようだ。ディーネさんはチェルさんの言葉を聞くと、言い辛いのか私達から視線を外した。だがすぐに私達の方向へ視線を戻すと口を開いた。


「ええ。一時的に仕事が増え、俺達じゃ対処出来ない事態になりました。かなりの知識が必要になり、チェルさん達にも手伝って頂きたいんです。もちろんここに来ることは魔王様にも許可を頂いてます」

『対処出来ない? ディーネ。なにがあった?』

「先日のコカトリス退治でラビアさんのギルドランクが上がったんです。それでここ数日、依頼が集中して来ました」


 このゲームにはギルドがある。ギルドで出来るのは転職とクエストだ。

 クエストをクリアするとお金や貴重なアイテムが貰える。位置づけとしては他のゲーム同様にお金稼ぎとアイテム集めだ。


 そしてギルドランク。簡単に言うとランク制限だ。初心者勇者にはコカトリス討伐を任せられない。なのでクエストをこなしていき、ギルド内のランクを上げていく。

 ゲームだとストーリーには関わりがないため、スルーしても問題ないと思っていたが、ここは違うようだ。確かに魔物は村の襲撃を待ってくれない。


 どちらかと言うとやり込み派の私はギルドのクエストも頭の中に入っている。

 コカトリス。多分ランク十になる緊急クエスト『コカトリスの狂宴きょうえん』をクリアしたんだろう。クエスト内容はコカトリス五匹の討伐だ。心当たりがありすぎる。


「ごめんね。姫様。突然だったから驚いているよね。こっちはディーネで。全然怖くないから安心してね。あたし達のまとめ役で」


 シルフィさんの声で我に返った。そのままシルフィさんの方向を見ると、シルフィさんは寂しげな表情をしていた。突然訪問したことを気にされているようだった。


「シルフ。今はそんな話を」

「ディーネこそ。突然来て一方的に話をしたら、姫様が困っちゃうじゃん。ディーネは姫様と挨拶したことないでしょ。悪い魔物じゃないって言わないと」


 シルフィさんがディーネさんに言い切った。ディーネさんの言うことは正しいけれど、シルフィさんが気にかけてくれるのは嬉しくて、思わず頬が緩んだ。

 ディーネさんはそれを見逃さなかった。少し驚いた顔をして私を見ると、シルフィさんに笑いかけた。

 ディーネさんの微笑みにシルフィさんの頬がほんのりと赤くなった。イケメンの不意打ちは心臓に悪いから仕方ない。


「そうだな。シルフ」

「そう。わかればいーの。なら、ディーネ。姫様に挨拶! 悪い魔物じゃないって」

「わかってるよ。姫様。突然の訪問で驚かせてしまい、申し訳ございません。俺はディーネと申します」

「はい。私はエリーゼです。シルフィさんにお世話になっております。驚きましたが、シルフィさんも一緒ですので、大丈夫です」


 急いで挨拶をすると小さく頭を下げた。シルフィさんが気にかけてくれてのは嬉しいが、今はそれどころではない筈だ。シルフィさんにこれ以上気を遣わせてはいけない。

 シルフィさんの話をするとディーネさんは頬が緩むように小さく笑うが、すぐに真剣な表情に戻ると続けた。


「シルフィが……。いや、その続けますね。確かコカトリス退治からですね。ラビアさん達のギルドのランクが上がり、依頼が来ているのですが、それが厄介なものばかりで」

『そうか』

「どれを引き受けるか決めかねてまして……。出来ましたら姫の知識で数を減らして頂きたいのですが」


 ディーネさんは私の様子を窺いながら言った。

 私の知識についてディーネさん達も知っていたんだ。チェルさんの部下だし仕方ないかもしれない。

 それよりもこの様子だとシルフィさんも知っている。だがこれまでシルフィさんからは話を切り出されることはなかった。シルフィさんが私に話してくれるのは売店の新製品についてくらいで、特に美味しいお菓子はお裾分けしてくれた。


『姫の知識か』

「ええ。出来れば。もちろん無理強いはしません」


 私の知識について無理強いはされたことがない、ラビアさんも強引で意地悪だけど、嫌な気持ちにはなったことがない。この城の皆さんは私に気を遣ってくれている。

 手伝いたい。だけど私一人では決め辛い。チェルさんに相談しよう。チェルさんはダメって言うかもしれないが、使いたいってちゃんと私の気持ちを伝えた方が良い。


「あの。チェルさん。少しお話をしたいのですが」


 それでもチェルさんは私の力を使うことは望んでいない。だから拒否されたらどうしよう。悪い考えが頭に浮かぶ。

 震えそうになる手を無理やり抑えてチェルさんへ伝える。チェルさんは私と見つめ合うように頭を移動するとそのままディーネさんへ移動する。


『俺と? わかった。ディーネ。シルフィ。外で待っていろ』

「はい。わかりました」


 シルフィさん達に一礼すると部屋の中に入る。扉が閉まったことを確認し、聞こえないように部屋の奥に急いで行く。

 チェルさんに嫌われたらどうしよう、魔王城が大変な時期にそんな事ばかり考えてしまう自分が嫌いになりそうだった。


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