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65.チェルの心境


 部屋の中に入るが、直ぐに口に出せなかった。シルフィさんの力になりたい。言葉にするのは簡単だが、チェルさんのその後の反応を考えると言葉が出てこない。

 言葉を考えているとチェルさんが私を見つめるように頭を移動する。落ち着かせるように小さく息を吐き、チェルさんの方向を見る。


「シル」

『姫。どうした?』


 チェルさんの言葉と被った。予想外の問いかけに私の頭が真っ白になる。


「は、ひゃ。あ、あの。チェルさん。シルフィさん達のお手伝いを、したいです!」


 勢いに任せて言葉にする。言ってしまった。心臓がバクバクする。チェルさんに断られたら。嫌だって言われたらどうしよう。

 シルフィさんの力になると決めたはずなのに、出てくるのは後悔ばかり。チェルさんが言葉を出すまでの間が長く感じた。


『わかった。お前が良いのなら問題ない。あいつらがこの部屋に来ることになるが問題ないか』

「は、い」


 その答えは予想外だった。チェルさんから反対されると思っていたからだ。

 チェルさんは私が知識を使うことをどう思っているのだろう。チェルさんを見るが、チェルさんは相変わらず表情から何を考えているか読み取れなかった。


『どうした』

「私の知識を伝えても良いですか?」

『お前がここの魔物達のことを気にかけているのは知っている。お前が良いというなら問題ない』


 お前のことは知っている。さりげなく入った言葉に心臓が揺さぶられる。思わずチェルさんから視線を外す。


「は、はい」

『他はないか。なければあいつらに資料を持ってくるよう伝える』


 資料を持ってくる。チェルさんの言葉で急いで頭を切り替える。

 ランク十のクエスト量は多かったはず。その度に資料が欲しいとなったらシルフィさん達は何往復すれば良いのかってなる。効率が悪いのは明らかだ。


「二人に資料を運んで貰うよりも私達が仕事場に行った方が良いと思うんです」

『お前が? 仕事場に』

「流石にそこまではと思ったのですが、クエストがたくさん増えていそうでしたので」


 部屋の外に出るのがダメだったら。他に効率の良い方法がないか考えれば良い。とりあえず言ってみよう。チェルさんの私のことは知っていると言う言葉のおかげか、先程よりも簡単に言葉が出た。


『ギルドの依頼を知っているのか』

「はい」

『なら、そうした方が良さそうだ。姫。外にいる間は俺から離れるなよ』

「はい。もちろんです」


 チェルさんに伝えた瞬間、チェルさんの尻尾が私の腕に絡みつく。

 不意打ちのせいか、驚いて思わず手を離しそうになってしまったが、チェルさんが怪我をしてしまう。落とさないようにチェルさんを更に抱きしめた。


『このまま抱きしめていてくれ、仕事場に行くのは魔王に声をかけてからで良いな』

「はい!」


 チェルさんが良いと言ってくれた。次は魔王様に部屋を出て良いか確認しないと。私が協力することは許可を得たとディーネさんが言っていたし、部屋の外に出るのも問題ないと思うが、気に掛かる。外に出て怒られないかな。


『無理をする必要はないからな』

「無理?」

『気付いていないのか? 先程からお前の手が震えている』


 私の手の震えにチェルさんは気付いていた。チェルさんはそう言うと私の手に頬で優しく触れた。


「魔王様の許可がないのに、部屋の外に出て良いか考えていたんです」

『あいつは何を考えているかわからないが、悪い男ではない。話せば伝わる』

「魔王様がですか」

『ああ。魔王は俺の調子が悪い時、無理やり働かせず、お前の側にいろと言っていた』


 意外だった。チェルさんは魔王様に対してあまり快く思っていなかった。だがチェルさんも少しずつ魔王様に信頼し始めているようで嬉しい。


『よく考えると以前蛇になったときもあいつが原因とは言え、追い出すことはしなかった。まだ魔王代理の事は許してはいないが、少しは信頼する』


 チェルさんが続ける。チェルさんの言葉を待ちながらそのまま見つめているとチェルさんの頭が私の肩に乗る。これ以上は言いたくないみたいだ。少し可愛いと思ってしまった。


『姫。そろそろ行くぞ』


 チェルさんが見るなと言わんばかりに話題を変えた。「はい」と返事をしてから扉へと向かった。扉を開けると不安げな表情のシルフィさんと視線があう。


「シルフィさん、ディーネさん。お待たせしました」

「ううん。そんな待っていないよ。私達も突然だったし」

『急ぎなんだろ。仕方ないことだ。それよりもディーネ。姫と一緒に仕事をする』


 ディーネさんが小さく息を吐くのを見逃さなかった。私が断るかもって緊張していたみたいだ。

 気にしないで欲しいと伝えようとしたら、ディーネさんが私に向けて深々と頭を下げる。ディーネさんの様子を見ると、シルフィさんも続いて頭を下げた。


「ありがとうございます」

「頭を上げて下さい。この城に住まわせて頂いているんです。私も仕事をするのは当たり前ですよ」


 そんな大した事じゃないし、本当に気にしないで欲しい。

 二人に伝えると直ぐに頭を上げてくれた。そしてシルフィさんはひまわりが咲くような明るい笑顔になる。

 シルフィさんの笑顔を見ていると嬉しくなる。頑張らないと、思わず気合いが入る。


「姫様。ありがとう! とっても嬉しい」

「はい。頑張りますね」

「無理する必要はないからね。姫様。まずは資料を持ってくるよ。待ってて」

「シルフィさん」

「どうしたの?」

『資料を持ってくる必要はない。俺達も仕事場に行く』


 私が言い終える前にチェルさんが言い切った。その言葉にシルフィさんとディーネさんがとても驚く。

 ディーネさんはすぐに真剣な表情になり、チェルさんをじっと見る。


「チェルさんと姫様がですか?」

『ああ。仕事場の方が簡単に資料を出せる』

「助かりますが、チェルさん。良いんですか?」


 監視のチェルさんが一緒とは言え、囚われの姫が城内をうろつくのはあまり良くない。魔王様の許可は取っていないし。魔王様なら助かるなんて言ってくれると期待していたがディーネさんが少し苦い顔をしているのが気にかかる。


『さあな。緊急事態だ。仕方ない。魔王にとやかく言われると面倒だから、俺達は魔王のところに顔を出してから行く。お前達は先に戻って準備をしていてくれ』

「はい。報告書を机の上に置いています」

『たくさん置かれても邪魔だな。姫。どうする?』


 チェルさんが私の方向に頭を向ける。シルフィさん達は私の知識を知っている。大丈夫。隠す必要はない。変に遠回しに言うと伝わらないし、ちゃんと言おう。


「依頼内容をまとめて下さい。クエストは討伐、捕獲、採取の三種類に分けられると思いますので、三つにわけて貰えると助かります。後はクエスト履歴。いつもどのような依頼をこなしているのかも知りたいです』

「姫様。わかりました。シルフ。戻るぞ」


 ディーネさん達が後ろを向く。多分仕事場の方向だ。そのまま見送ろうと思ったが、先程のディーネさんの表情が気にかかる。期待だけさせて魔王様から反対されたら。

 あり得なくはないし、言っておこう。ディーネさんを引き留めるように恐る恐る声をかける。


「あの。ディーネさん」


 ディーネさんは私の声に気付き、私の方向へ振り返った。


「姫様。どうされましたか?」

「魔王様から部屋から出ないように言われたら、また、考え、ます」

「それでしたら、チェルさんから許可が出ているので、きっと大丈夫ですよ」


 ディーネさんは柔らかい表情で笑いながら言った。さっきの深刻な表情はなんだったんだろう。


「チェルさんから?」

「そうそう。魔王様は姫様のことをチェルさんに任せているからね。チェルさんが良いって言ったら大丈夫だよ。姫様。心配してくれたんだ。ありがとうね!」


 シルフィさんが明るい表情で言った。問題ないんなら良かった。

 シルフィさん達は話を終えると仕事場の方向を向く。仕事場に戻る前にシルフィさんが私に手を振る。私も小さく手を振り返してから、チェルさんを見る。

 私の視線に気付いたみたいで、チェルさんが私の方向に首を伸ばした。


『外は危ない』


 チェルさんはその言葉を言い終えるとそっと頭を私から反らす。チェルさんは心配性だ。きっと危ないから外に出させない方が良いとか言ってくれたんだろう。


「はい。チェルさんから離れないです」


 チェルさんを引き寄せると、チェルさんはシルフィさん達が向かった方向へ首を伸ばす。


『ああ。姫。こっちだ。今から案内する』

「はい」


 チェルさんに言われた方向に進んでいく。自分の意志で部屋から出るのは初めてで、足がすくみそうになる。だがチェルさんも一緒にいる。それだけで充分前に進めそうだった。

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