63.朝のあいさつ
目が覚めて一番最初に視界に入ったのはヘビのチェルさんだった。
ヘビの姿。今回は回復まで時間がかかるのかな。だが昨日この部屋に訪れた時に比べるとあまり辛そうな感じはしなく、少しずつ良くなっているみたいだった。
とりあえず状態異常のチェックだ。状態異常は何もなし。落ち着いているようだ。
『姫。起きたのか』
チェルさんを見ていたら、チェルさんの声が頭に響いた。その言葉と共にチェルさんが頭を上げる。
起きていたんだ。後ろめたいことはしていないが、見られていたのは少し恥ずかしい。
「はい。チェルさん。おはようございます」
『おはよう』
チェルさんが私の方向へ頭を移動する。良いな。起きて一番にチェルさんと挨拶が出来た。そのまま体を起こして、チェルさんをソファーに運ぼうと思った。だが手を伸ばそうとした瞬間、チェルさんが再びベッドへと潜った。まだ眠いのかもしれない。
「寝られますか?」
『ああ。飯の時間までここにいて良いか』
「はい」
チェルさんが休むのなら、私もベッドの中にいた方が良さそうだ。体を倒しながらそのままチェルさんを抱き締めようとチェルさんに手を伸ばす。だが再び、チェルさんはそんな事をさせまいと私の手からすり抜けた。
『着替えなくて良いのか。もう少ししたら魔王が朝飯を持ってくるんだろう』
きっと気を遣ってくれていると思うが、今のチェルさんは更に表情が読み取り辛い。どうしても拒否されたように感じてしまう。
「そうですね」
『俺に構う必要はない。お前には充分世話になっている』
「は、はい」
罪悪感が湧く。以前言っていたチェルさんの言葉が頭に思い浮かぶ。干渉し過ぎるのも良くないな。チェルさんの状態も落ち着いているようだし、私は着替えた方が良い。チェルさんに朝の準備は見られたくないし、脱衣所に行こう。
着替えてきますね。とチェルさんに伝えるとクローゼットから服を取り出し、脱衣所に向かった。
着替えはすぐに終わったが、チェルさんと一緒だったせいか、いつもよりも自分の格好が気になる。おかしい所はないだろうか。
チェルさんに少しでも可愛く見られたい。そんな邪な気持ちと一緒に鏡を見ていると、一つの答えにたどり着いた。チェルさんは視力が良くない。可愛く見られる以前の問題だった。気にかけられないのは寂しいが、そもそも私の自己満足だし……。
だけどそんなことはわかっていて、それでも私はチェルさんに可愛いって言ってもらいたい。
このままうじうじ考えても答えなんて出ない。大丈夫。私は可愛いだけのキャラだ。鏡に映る自分に可愛いと言い聞かせる。そして最後に頑張れと伝えて脱衣所から出た。
脱衣所から出るとカートが視界に入る。次に机に視界を移動するとご飯が置いてあった。どうやら着替えている間に魔王様が来られたようだ。
時計を見ると三十分くらい経っていた。時間をかけすぎてしまった。急いでベッドへ視界を移動するが中にチェルさんがいない。チェルさんを急いで探すとソファーの上でのんびりと本を読んでいた。
『魔王が持ってきた。食ったらいつも通り、外に置いておけと言っていた』
すぐにチェルさんの言葉が頭に響いた。時間を意識していなかった。やってしまった。
急いでチェルさんの元へ向かう。チェルさんは私が近づくとパタンと本を閉じる。そして本を端に寄せた。
「チェルさん。すみません」
『俺が勝手に居座っているだけだ。気にするな。それよりも姫。飯が冷める』
「はい。チェルさん。食欲は?」
食べないと思うが確認しておこう。
『ない』
チェルさんが言い切る。食欲がないなら無理に食べる必要はない。後は水かな。昨日は水を飲んでいた。飲めるなら飲んだ方が良い。
「お水は飲まれますか?」
『飲みたい』
「はい。持ってきますね」
そのままコップを取りに行く。名誉挽回だ。
『姫。無理はしなくて良い』
棚へ向かおうとすると、引き留めるようにチェルさんの言葉が頭に響いた。
「無理?」
『魔王からお前が着替え終わる時間がいつもより遅いと聞いた。朝、起きれなかったんじゃないか。俺の世話で疲れているなら無理はしないで欲しい』
起きるのはいつも通り。むしろチェルさんと一緒だったからか、いつもよりもスッキリしている。
「無理はしていないですよ」
『だが』
「チェルさんのことをワガママなんて思ったことがないです。むしろ一人でこの部屋にいるのは退屈なので、チェルさんと一緒で嬉しいですし」
チェルさんへ言い終えると、赤くなりそうな顔を隠すように再び棚へ向かった。棚からお猪口を取ると、落ち着かせるように息を吐いてから机に戻る。
机にあった水差しを取り、水を入れ終わるとチェルさんの口元にお猪口を持っていく。
「はい。チェルさん」
チェルさんは反応しなかった。そう言えばチェルさんは目が悪い。忘れていた。
「口元に」
急いでコップの位置を伝えようとしたが、その前にチェルさんが尻尾でお猪口を掴んだ。そう言えば昨日もお猪口の位置が見えているようだった。だから私はチェルさんが教えてくれるまで、視力の事に気付けなかった。
『見えなくても分かる。気にしなくて良い』
「そうかもしれませんが、困ったことがあったら言って下さいね。少しは頼って欲しいです」
見えなくても生活が出来る。だからチェルさんは自分からは話してくれない。
聞いたら教えてくれるけど、私はチェルさんについて知らない事が多すぎる。それに知らないことを聞くことは出来ない。
だから私はチェルさんの事を教えて欲しい。そしてチェルさんの役に立ちたい。そんな気持ちを込めて伝えた。
『充分助かっている。お前が温めてくれるからここまで回復した』
チェルさんの頬が私の手に触れた。役に立てていると言ってくれて嬉しいが、不意打ちで触れられるとそれどころではなくなる。
チェルさんにとって、この行動は特に意味はない。自分に言い聞かせながら瞬きをする。
「それなら良かったです。私はチェルさんの事を放っておけないですからね」
だって私はチェルさんが大好きなんだから。チェルさんに言っても伝わらないのは知っていたが、その言葉は私の胸の中に隠した。




