62.チェルとの夜
チェルさんは水を飲み終えると少し調子が戻ったのか、毛布から出るようになった。
寒くないのかな? 気になりさりげなく状態異常を確認すると、睡眠や寒冷などは消えていた。
少し回復したようだ。良かった。
そのままチェルさんの様子を窺っていると『本を読みたい』とチェルさんの声が頭に響く。状態異常も消えたし、大丈夫かな。チェルさんを棚へ運び、一緒に本を選ぶ。
選び終え、ソファーへ戻るとチェルさんはソファーの上で選んだ本を文字通り張りつくように読んでいた。
不思議な体勢だと思っていたら、ヘビの姿はあまり目が見えないと教えてくれた。
本に張りついているチェルさんを見ていると、本当に読んでいるのか気になったが、時々尻尾で器用にページを捲っていたのでそのままにすることにした。チェルさんについて知らないことが多い。
だが形はどうあれ、本を読んでいる姿を見ていると少し気分が楽になる。
気持ちに余裕が出来たからか、私も本を読みたくなった。棚から本を取り、チェルさんの隣で読む。
それは少し前の日常と同じだった。チェルさんはヘビの姿だが、段々といつものように戻っているようだった。
だがいつもの日常と違うこともある。この後に控えているお泊まりイベントだ。
チェルさんとのお泊まり。魔王様から許可を貰っているが、年頃の男女が一つ屋根の下で一夜を過ごすのはどうなんだろう。
ヘビと人かもしれないけど、私にとってチェルさんは大好きな異性だ。
そんな私がチェルさんと一緒に夜を過ごして良いのかな。
……チェルさんに聞けないし、私一人で考えても答えは出ない。
このまま考えて時間だけ過ぎるのは良くないし、とりあえずお風呂には入っちゃおう。
チェルさんに「お風呂に入ってきますね」と伝えると、『ああ。わかった』と言う言葉が頭に響く。
チェルさんを、見ると視線は本であまり気にしていないようだった。
ああ。なんだ。これ以上は深く考えない方が良い。寝間着を出すと私はそのままお風呂へと向かった。
お風呂から出て、ソファーに戻るとチェルさんは本を読んでいた。僅かにページが進んでいたので、やっぱり読めているんだ。どうやって読んでいるんだろうな。不思議だ。
チェルさんの読書を邪魔しないようにゆっくりと隣に座る。私の膝には目もくれず、本を読んでいた。いつも通りだ。
本を読むチェルさんを見ているとこの後のことをどう思っているか気になる。
前回と違い、今回のチェルさんは意識がある。流石に男の人と一緒のベッドはまずい。だけどベッドにせよソファーでも一人で寝て貰うのは心配だ。私の体温が心地良いとも言っていたし、一緒に寝た方が良い。それでもまだ躊躇してしまう。
『どうした』
「チェ、チェ、チェルさん!」
突然話しかけられるとびっくりする。チェルさんを見ると顔は本から離れ、私の方向をじっと見ていた。
『お前は本を読まないのか』
私が本を持っていない事に気付いたらしい。めざとい。本当は私の事がはっきりと見えているんじゃないかと思ってしまう。
「そろそろおやすみの時間でしたので」
『もう、そんな時間か』
チェルさんが本から離れると尻尾で本を閉じた。それから器用にソファーの端に本を移動する。俺も寝ると言う事だろう。早くベッドについて考えないと。気持ちだけが焦りそうになる。なるべくゆっくりと考えよう。
チェルさんと一緒に寝ちゃダメ。なんでか。そんなの決まっている。もしも一緒に寝てチェルさんと何かがあったら問題が。いや。私は全く問題ない。
そうチェルさんに対してだ。……ん? そもそも私がチェルさんに手を出すほどメンタルは、強くない。それにチェルさんが私に手を出すことはない。人間がストライクゾーンから外れているのは知っているし、自惚れるにも程がある。
「チェルさん。ベッドで寝られますか?」
ダメな理由はなかった。小さく息を吐き、心を落ち着かせてからチェルさんへ伝える。問題ないとは言え。大好きな男の人をベッドに誘うのは緊張する。
『ああ。寝る』
私の緊張とは正反対でチェルさんの言葉はいつもと同じだった。素っ気ない言葉が頭に響くとチェルさんが私の膝上に乗った。
「はい。ベッドに行きますね」
ゆっくりとチェルさんを持ち上げ、ベッドに入れる。そして毛布をかけた。チェルさんは毛布の中に入り、頭だけ出した。
可愛い。寧ろあざとい。そのあざとさにキュンとしそうになる。人のチェルさんは格好良くて、ヘビのチェルさんは可愛い。
『お前はベッドに入らないのか』
「入ります」
チェルさんの言葉が頭に響いた。チェルさんに見とれていたとは言えないので、そのまま急いでベッドに入る。
ベッドは入ってしまうと呆気ないものだった。チェルさんは私が入ったことを確認するとそのまま私に近づいた。
『暖かくて気持ち良い』
その言葉が嬉しくて、思わずチェルさんの胴体を撫でた。その瞬間、チェルさんが私の首元にキスをする。不意に訪れたひやりとした感触に驚いた。
『悪い。思わず』
「い、いえ、くすぐったくてちょっとびっくりしただけです。き、きききにしないで、下さい」
この前は意識がないからノーカンなんて無理やり理由を付けていたが、今回は意識がある。
けどそもそもチェルさんが私にキスをするのはおかしい。
もしかしてチェルさんにとってキスは挨拶のようなものかもしれない。
『そうか』
素っ気ない返事だった。やっぱり挨拶のようなものなのかもしれない。
「癖なんですか?」
『癖』
「この前ヘビになられた時もされていたので」
また不意打ちが起こるかもしれない。その気がないって確認しておこう。自惚れてしまうのは良くない。
『そうだな。癖みたいなものだ』
やっぱり。こういうときは種族の壁が分厚く感じる。チェルさんのキスは期待しちゃいけない。心の中に刻み込んだ。
「癖なら仕方ないですよ。気にしないで下さいね」
『そうか。わかった』
チェルさんが器用に私の腕の中に体を入れる。さらっと私に触れてくるけど、抱き合うなんて人間は恋人同士しかしない。恋人と言う感覚がないから気軽にできるのかな。キスと言い、ヘビを理解するのは難しい。
『お前は温かいな。触れていると体が温まる』
チェルさんの体は先程よりも冷えていた。そのせいか抱きしめているよりも温めることに意識がいく。ゆっくりとチェルさんを引き寄せる。
「チェルさんが冷たいんですよ。早く良くなって下さいね」
『ああ』
「チェルさん。おやすみなさい」
『姫。おやすみ』
チェルさんの瞼は未だに開いたままだったが、その表情は穏やかに見える。早く良くなりますように。そんな気持ちを込めてチェルさんの背を撫でた。




