56.チェルの正体
突然の別れに、心が落ち着くまで時間がかかった。
このままお別れにはしたくない。出来ることを考える。まずは魔王様に相談しよう。魔王様の居場所はユンさんが教えてくれると思う。食堂へ行こう。
涙を拭い、鼻をすする。立ち上がると何かが私の足にかかった。それはチェルさんの服だった。足下を見ると持ち主のいない服が床にだらんと落ちていた。
絶対にこの服はチェルさんへ返す。畳んでおこう。再び座り、チェルさんの服を持ち上げる。すると妙な重さがあった。
なんだ? 服にしては重い。直ぐに鈍い音と共に、何かが落ちる音がした。恐る恐る落ちた何かを見るとそこには白いヘビが丸まっていた。
ヘビ? 迷い込んだにしては妙だ。
この部屋には私とチェルさんしかいない。もし私達以外に何かがいたらチェルさんが気付いているはず。そしてこのヘビはチェルさんの服の中に入っていた。
考えられることは一つ。このヘビはチェルさんだ……と思う。確信は持てないがチェルさんは魔物さんだし、ヘビの姿をしていてもおかしくない……と思う。よく見るとオレンジの瞳をしているし、段々とヘビがチェルさんに見えてくる。
「チェルさん? ですか?」
ゆっくりとヘビを持ち上げ、声をかけるが返事はない。目は開いているが私を見ている感じはしない。
意識があるかも危うい所だ。この後どうするか考えながらヘビの様子を窺っているとヘビの属性と状態異常が見えた。属性は水。状態異常は寒冷と睡眠だ。
きっとチェルさんに間違いない。弱っていたから元の姿に戻ったのかもしれない。
チェルさんならまずは状態異常をなんとかしないと。月の欠片は効かないと言っていた。寒冷。温めた方が良さそうだ。とりあえずベッドの中に入れよう。
チェルさんを持ったままベットへと向かう。ベッドに入れようとするがチェルさんは私から離れようとしない。寧ろ私の手に絡みつく。その温もりはチェルさんと一緒に歩いている時の温もりだった。
ヘビの姿をしているはずなのにチェルさんと腕を組んでいるような感覚がする。チェルさんを休ませないといけないのに頭の中に突然花が咲き始める。
そんな浮かれている場合ではない。花を引っこ抜くように頭を左右に振るが腕に巻き付く感覚が邪魔をする。
「だめだ。切り替えなきゃ」
今はチェルさんだ。急いで深呼吸をするが意味がない。そのままチェルさんへ視線を移動する。チェルさんはぐったりとしていた。急いでベッドに入れないと。
「チェルさん。ベッドに入りましょう」
そう伝えるが、チェルさんは私の腕を抱き締めたままだった。このまま一緒にベッドに入る。とかはダメだ。
何か良い方法がないか。ベッドに座りながら考えているとノックを叩く音が聞こえた。
「チェルさん。ちょっとだけ我慢して下さいね」
チェルさんは自分の魔物の姿を見られるのが嫌いだと言っていた。ヘビの姿のチェルさんは出さない方が良い。急いでチェルさんを剥がそうとするが、チェルさんは離れまいと更に腕に絡みつく。
「チェルさん。ヘビの姿が見られてしまいますよ」
私の言葉が聞こえないのか、チェルさんが離れる気配はない。私達のそんな状況など知らずに扉の開く音がする。
そしてこちらに向かってくる足音が続く。足音の主をそっと見ると魔王様だった。
「チェル。すまないね。勝手に入らせて……蛇?」
魔王様がチェルさんの方向へ視線を移動する。魔王様がチェルさんに気付いた。予期せぬ来訪者に頭が真っ白になる。
「あ、あの。部屋に迷い込んだみたいでして、あの、魔王城で飼って」
「飼うも何も、彼はチェルだよね?」
「えっ?」
魔王様はチェルさんのことを知っていた。よく考えたらラビアさんも知っているようだし当たり前か。
一気に恥ずかしくなる。だめだ。頭がしっかり動いてくれない。
「飼ってもと聞かれたら、そうだね。飼っても良いよ」
「いや。えーっと」
「この子は少し面倒な部分が多いけど、ちゃんと最後まで見るんだよ」
「その、この方はチェルさんで」
チェルさんはペットじゃない。こんな状況なので誰かが面倒を見た方が良いのは確かだが、私が見て良いわけではない。
「ん? チェルの面倒をこの部屋でみたいと言うことではないのかい?」
「そうですが、いや、違います! 違うのはその、私じゃなくてチェルさんが」
うまく説明出来ない。心配だし一緒にいたい。だけどチェルさんは私に見られたくないといっていた。チェルさんが私と一緒にいるのが嫌だったら。考えると心が痛くなる。
「そうだな。姫、何もしないから、少しだけ我慢していてくれないかい?」
「我慢?」
魔王様が私の肩に触れようとした。その瞬間、私の肩の付近にひやりとした感覚があった。反射的に目をつむる。
その感覚はすぐに落ち着いたので、そのままゆっくりと目を開けた。ひやりとした方向を見ると魔王様の服の裾が凍っていた。
「蛇のチェルは触れようとする者を凍らせてしまうんだ。触れられるのが嫌いだからね。だけど姫には自分から触れている。君に随分と懐いていると言う事だ。君さえ良ければ、チェルの世話を頼めないかな?」
魔王様が裾についた氷を落としながら言った。
ペット扱いされるのはチェルさんも嫌だろうけど、チェルさんは私の体温が心地良いのか離れる気配はない。このまま一緒の方が良さそうだ。
「……はい」
「何か気にかかることでも?」
「チェルさんは私にこの姿を見られたくないとお話をされていたので」
それでも私に嫌われる。人の姿のチェルさんが言っていた言葉が頭に浮かぶ。
「チェルは融通がきかないんだ。人間は人の形を取っていない者を異形の者と気味悪がると教えたら、君からも気味悪がられると思ってしまってね。怖がられたくないだけだよ」
「チェルさんの事は怖くないです」
「うん。この光景を見ていればわかるよ。このチェルは可愛いだろう」
チェルさんを見る。くりっとしたオレンジの瞳は可愛くて。肌も真っ白で綺麗だ。
「はい。可愛いです」
「だろう」
私の言葉に魔王様が小さく笑った。釣られて言ってしまったが、男の人に可愛いは失礼だ。
「いや、その、格好良いです」
「チェルは可愛いでも格好良いでも喜んでくれるよ。……そうか君もチェルを大事に思っているんだね」
「……はい」
「それだったら頼んだよ。チェルは見ての通り冬が苦手なんだ。冬眠の時期でね」
寒冷に睡眠。チェルさんの状態異常は冬眠が原因か。生物に由来する者は消去不可。月の欠片などのアイテムも効かない。風邪などもだろう。覚えておこう。
「はい」
「ふふ。そしたらまずは今日の夕飯はラーメンで良いかい?」
「ラーメン?」
「君まで倒れてしまったら良くないからね。チェルの世話をするのなら、ご飯をしっかり食べるんだよ」
チェルさんがペットになっている。魔王様はお父さんみたいだ。ちゃんと夕ご飯を食べないとチェルさんを持って帰りそうだ。
私の部屋とチェルさんの部屋。どっちがチェルさんに取って良いかわからないが、私はチェルさんと一緒にいたい。
「……はい。チェルさんが元気になるまで、一緒に、います」
「うん。夕飯を持ってくるね。チェルを頼んだよ」
食堂へと向かう魔王様を見送る。再びチェルさんを見るがチェルさんの目からは未だに生気を感じられない。
ベッドに入れた方が良いかな。再びベッドへ入れようとするがチェルさんが私の腕を少し強く抱きしめる。
無理そうだ。仕方ないのでチェルさんを腕に巻き付けたままチェルさんの服を取るとソファへ向かう。そのまま座り、服を畳んでいるとチェルさんが突然、ソファーの上に移動した。そのまま様子を見ているとチェルさんは私の膝の上に頭をのせとぐろを巻いた。
可愛い。思わず頭に優しく触れるとチェルさんの頭が私の手に巻き付くように触れた。




