Ex2-1.チェルの変化 下
チェルが魔王の言葉を考える。心が耐えられないと言う部分はわからなかったが、”捨ててしまったら”、“言わない”の部分から以前ラビアから言われた言葉を思い出した。自分が信用ならないと言う事だろうか。チェルが頭の中で魔王の言葉を結論付けた。
「ラビアにも似たようなことを言われた」
「ラビアに?」
「ああ。だが少し違うな。あいつは姫の味方だから、信用出来るまで待つと言っていたな」
「私も同じだよ。私も姫と、君の味方だ」
「……姫の味方は俺だけが良い」
その言葉はチェルの中ではうまく飲み込めていないのか、呟くような小さな声だった。
魔王はそんなチェルの様子を見ながら視線を宙に移動する。そして直ぐにチェルへと視線を戻すと、言葉を選ぶようにいつもよりもゆっくりと口を開いた。
「チェルだけが? 君だけの方が効率が良いのかい」
「俺は強い。俺がいれば十分だ。他の魔物が姫を守るのは腹立たしい。……他に、理由はない」
話しながらチェルは段々と苦い顔になっていった。チェルは自分だけが良いと言う理由らしい理由を持っていなかった。以前のチェルなら他の魔物が見返りなしに協力してくれるなら、自分は楽を出来ると考えていた。
魔王へ言っている自分の言葉がおかしいものだとチェル自身も気付いていた。
「確かに。チェルがいれば充分心強いね」
だが魔王はチェルの言葉を肯定した。その言葉を予想していなかったのか、チェルが怪訝な顔をする。
「おかしくないのか?」
チェルは魔王から理由になっていないよと一蹴されるものだと思っていた。予想外の言葉にチェルは魔王の様子を窺うように見つめる。
「おかしくないよ。君らしくないだけだ」
「俺らしく」
「ああ。理に適っていないだけじゃないか」
魔王の言う通りだった。だが魔王に言い当てられたのは快くなく、チェルは未だに苦い表情で魔王を見つめていた。
魔王はそんなチェルを見ながらゆっくりと瞬きをした。そして柔らかい視線を送りながらチェルへと続けた。
「おかしな事ではないよ。私は嬉しいよ。君がそう話してくれてね」
不満げなチェルとは正反対に、魔王は唇を僅かに緩めた。
「俺はお前の手の平の上で踊らされているようで腹立たしい」
「考えすぎだよ。私はチェルの味方と言っただろう」
「嬉しくない」
「それは残念だな。そうだ。君の味方と言えば、最近の体調はどうだ? あの時の君と少し似ていて気になっていてね」
あの時とはチェルが魔王代理をしていた時期のことだった。
魔王は以前、城から抜け出したことがあった。一年近く抜け出したそれは、チェルの体調不良で終わった。
チェルが人の姿を保てなくなったことが原因だった。
冬が苦手なチェル。魔王の代理をさせられたストレスも重なり、心労がたまった結果。彼は元の姿へと戻ってしまった。
チェルをそのままにしておけず、魔王は城へと帰ることになった。
「ああ。お前がここを放って遊び歩いていた時の話か」
それはチェルにとっては苦い思い出だった。一時の気の迷いで魔王の仕事など引き受けるものではなかった。今でもあの時のことは後悔し、魔王に対して警戒するようになった。
「心が痛いよ。君はあの時のように感情がコントロール出来ていないだろう。自分の体には気をつけてくれよ」
チェルが自分の姿を考える。それからすぐに自分の姿を見て恐怖に怯える姫の姿が頭に浮かんだ。
「あの時とは違う。それにあいつにあの姿を見られるわけにはいかない」
「そんな怖い顔をしないでくれ。姫ならチェルのことを可愛いくらい言いそうだよ」
和ませるように魔王が声をかけるが、未だにチェルの表情は強ばったままだった。
「人に怖がられるから人型でいろと言ったのはお前だ」
魔王はここの魔物へ人型になるように言っていた。人は自分の知らない物を怖れ、排除しようとする。だからチェルは人の形をしていた。
「ああ。一般的な話だ。チェルは姫が他の人間と同じだと言いたいのかい?」
「何が言いたい」
「大事なのだろう。同じようにチェルを大切に思ってくれているとは思わないのか」
「……確かにあいつは気持ち悪くないとは」
チェルが姫のことを考えながら僅かに期待するような表情をした。だが小さく首を振ると寂しげな表情へと変わる。
「ふふっ、心当たりでもあるのかい?」
「いや。だが、あいつは人だ。あの姿を受け入れろというのは無理がある。……もうこれ以上は聞くな。それよりも用件だろう? さっさと帰りたい。なんだ?」
チェルが不機嫌な表情で話題を変える。人に嫌われる姿の話などしたくない。魔王を見る視線にはそんな言葉が含まれている様だった。
「そうだったね。姫の様子を知りたかったんだ」
「姫の?」
「チェルの仕事の手伝いを嫌がってはいないかい?」
チェルがここで嫌がっていると言えば姫は仕事をしなくて済む。だが、チェルの頭の中に怪我をしなければ良いと笑う姫が浮かんだ。
「……あいつは少しでもここの魔物が怪我をしなければ良いと言っていた」
チェルは嫌がっているとは言えなかった。その言葉は頭の中で考えていたものと違い、チェルの表情が歪む。
チェルとは正反対に魔王は目を細め、姫を愛おしむようにゆっくりと口を開いた。
「そうか。なら良かった。彼女に負担がかかっていなければ良いよ」
「お前は働かせすぎだ」
「仕方ないだろう。ここの城を運営するための最低限の労働だ。無理はさせていないつもりだよ。働き過ぎは体に毒だからね」
「良く言うな」
チェルがため息をついた。自分は魔王にこき使われている。チェルは言葉にはしなかったが、魔王にはチェルの言いたいことが伝わったようで、眉を下げながら魔王が笑った。
「チェルは理由なく休むからね。チェルも体が辛かったり、元の姿に戻りそうだったら休んで構わないよ」
魔王の言葉にチェルが考える。チェルの中で魔王は自分の望んだ未来のためなら利用出来る手駒はすりきれるまで使う男だった。
魔王の意図を探るようにチェルが魔王を見つめる。
「理由があれば無理はさせないよ。君が休んでいる時の姫の様子は、シルフィに見てもらえば良いかな」
姫を人質に取ると言うことか。チェルが納得した。姫の世話をしたかったら、死ぬまで働け。相変わらず考えが酷い魔物だ。
「お前は休ませる気がないだろう」
「なんの事だ? 姫の世話は君の仕事だろう」
「そうだが。俺が横にいる。あいつの横にいると気が休まる」
「……そうか。なら。頼んだよ。そうだチェル。監視をするのが大変だからと姫を閉じ込めるようなことはしないでおくれよ」
「そんなことはしない。あいつが俺の存在を邪魔に思ったら、俺はここから出ていく」
チェルはいつものように淡々と言った。目障りな存在なら姿を見せない方が良い。それは彼にとってはいつも通りの合理的な考えだった。
普段と変わらないチェルに言葉に魔王がため息をついた。
「そこまで言っていないよ。良いのかい。そんなことになったら君は姫と一緒にいることが出来ないんだよ」
「それよりもあいつに悲しんでいる顔はさせたくない」
「そうか。君の考えは相変わらず極端だな。その考え方が悪い方にいかないことを願うばかりだよ」
極端なんて言ってもチェルにとっては理に適った当たり前の行動なのだろう。彼の中で自覚なく育った心が無事花開きますように、魔王が寂しげな表情でチェルを見つめた。
次回から第三章になります。
引き続きよろしくお願いいたします。




