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48.ラビアの配下

 時計の針が九時五九分から十時に動いた瞬間、部屋の扉をノックする音が聞こえた。ラビアさんかな? ラビアさんもかなり時間に正確のようだ。チェルさんが扉の方を見ると、苦い顔をして立ち上がり、扉の方へ向かう。

 チェルさんが視界から聞こえると直ぐに扉が開く音がした。


「おい。一匹増えているぞ」


 すぐにチェルさんの不機嫌な声が聞こえた。一匹? 何だろう。そのまま待っているとチェルさん、ラビアさんに続きニクスさんが視界に入った。

 増えた一匹はニクスさんのようだ。そりゃあ、人ではないかもしれないが。一人……は人間と同じで嫌かもしれないが、一匹という言葉は違和感しかない。


「姫ちゃん。やっほー!」

「こんにちは」


 ラビアさんは私と目があうと可愛らしく手を振った。

 そのまま私もソファーから立ち上がり軽く会釈をする。ゆっくりと顔を上げるとラビアさんはおもちゃを自慢する子供のように明るく笑い、ニクスさんの腕を引っ張った。


「紹介するね。僕の配下のニクス。連れてきちゃった」


 自然と視線はニクスさんへと移動する。ニクスさんは私と視線があうと、ビクッと震えてからそっと私から視線を外した。

 様子が昨日と全然違うが、どうしたんだろう。私は人間だし、流石に怖がられているとかではないと思うが、ニクスさんの様子は気になる。


「ニクス」


 ラビアさんは呆れたような表情でため息をついてから、ニクスさんを呼んだ。その声に驚いたのかニクスさんはピンと背を延ばし、私へ視線をうつす。


「は、ひゃ、初めまして」


 ラビアさんに窘められた事が恥ずかしいのか、ニクスさんの頬は僅かに赤くなっていた。どうやら緊張しているようだ。


「ほら。ニクスがこんなんだから姫ちゃんが困っているよ」

「い、いえ。そんなことないですよ。ニクスさんですね。私はエリーゼと言います。よろしくお願いします」


 ニクスさんの緊張につられないようにゆっくりと落ち着いて軽く会釈をする。ニクスさんへ視線を合わせる、目を反らされてしまった。


「ニクス」


 そんなニクスさんをみかねたのか、ラビアさんがニクスさんの脇腹を小突くように肘で触れた。まるでそれが何かのスイッチだったのか再びニクスさんはピンと背筋を伸ばす。それもつかの間、今度は勢いよく直角くらいまで腰を曲げた。


「ひ、姫様。お、俺はニクスと言います。ラビアの秘書です! そっ、その、よ、よよろしく、お願い、いい、いたします!」

「ニクス。緊張しすぎ」

「ラビア。俺は今姫に声をかけて、あっ、いや、姫様に」


 ラビアさんの言葉にニクスさんが反応した。だが私の視線に気付いたのか、直ぐに私の方向へと視線を戻し、恐縮したように姫様と言い直した。


「ニクスさん。あ、あの、私のことは気にせず、好きに呼んで下さい」

「は、ひゃい」


 囚われの姫に気を遣う必要はない。ニクスさんを落ち着かせるように伝えるが、逆効果らしくニクスさんの肩がまたビクッと震えた。

 このままだと話も進まないし、どうしようか考えていると、横でクスクスと笑いながらラビアさんが口を開いた。


「ニクス。言葉になっていないよ。落ち着いたら?」

「う、うるさい」

「じゃあもっとうるさくしちゃおうかな。ニクスは姫ちゃんと話すのが夢だったから緊張しているんだよ」


 私と? そんな憧れる存在ではない。どういうことだろう? そのままラビアさんの続く言葉を待つ。


「人の国のお姫様でしょ。ニクスは人の町に行く機会が多いからね。お姫様に会ってみたいってよく言っていたんだ」

「そう、なんですね」


 姫と言うよりもアイドルのようだ。嬉しいがそれ以上に照れくさい。

 それに私は所謂世間一般のお姫様像から離れていると自覚している。他のお姫様のイメージを壊していないか。ちょっとだけ不安な気持ちも出てくる。

 なんと言えば良いかわからない気持ちでそっと視線を外そうとしたら、ニクスさんが大きな声で少し早口で話した。


「はい! 姫は話に聞いていたよりも可愛くて、綺麗で、それに強くて美しい、です」


 褒め言葉のオンパレードにドキドキする。良い魔物さんだと思ってしまいかけた。だめだ冷静にならないと。ラビアさんが連れてきた魔物さんだ。

 そう冷静に考えないと。ニクスさんはおかしなことを言ったんだから。私が強い。私はこの城で最弱と自覚している。


「強くないですよ」

「そんなことないです! ヴクとキングタートルが戦っていた時の姫は冷静で、それにあの時の姫は魔物を狩る目をしていて、えっと、悪い意味じゃなくて、格好良くて、とっても美しくて」


 ニクスさんは未だに早口だった。なので好戦的な目とうっかり口を滑らせてしまったようだ。

 やはりニクスさんも私から何か情報を探ろうとしている。余計な事を口走らないようにしないと。気を引き締めてニクスさんの様子を窺っていると、ラビアさんのクスクスと笑う声が聞こえた。


「姫ちゃん。そんな目でみないであげて、ニクスはお姫様に憧れているって言っていたでしょ。姫ちゃんを罠にはめたいワケではないんだ」

「わ、罠に? 魔王様に誓ってそんな事はしないです! ただあの時の姫はとても格好良くて」


 一生懸命伝えてくれるニクスさんを信じたいが、昨日今日と出し抜かれているせいか、簡単に信用するのは難しい。それに魔王様も信頼しきれていない。


「ニクス。これ以上姫を困らせるようなことを言うのなら出て行ってくれ。そもそもお前まで許可していない」


 ニクスさんの様子を窺っていると、チェルさんの声が聞こえた。その声はいつもよりも低く、ニクスさんを快く思っていないのが伝わってきた。

 ニクスさんはチェルさんの方向を見る。少ししてから気まずそうに眉を下げて僅かにチェルさんから視線を外し、床の方へ移動した。

 ニクスさんの言葉を待つように様子を窺っていると少しの間の後、ニクスさんは小さく息を吐き、再びチェルさんへ視線を戻した。


「チェル。すまん。熱があがってしまった。困らせたなら、謝罪する。だがこの部屋にいるつもりだ。ラビア一匹より俺がラビアを見張っている方が安心だろ? 本当はラビアがここに来るのを止めたかったが、魔物の情報は魅力的で、諦めるのは惜しいんだ」


 ラビアさんを見張っている? どういうことだ? そもそもニクスさんはラビアさんの配下ではないのだろうか?


「ニクス。お前はラビアの配下だろ。見張るってなんだ」

「ラビアが姫に魅了をかけたりしたらどうするんだ」


 ニクスさんがチェルさんに向けて言い切った。魅了。その言葉には心当たりがある。と言うか私がラビアさんを警戒している理由だ。そっとチェルさんへ視線を移すとチェルさんが苦い顔をしていたので、どうやら私と同じ事を考えていそうだ。


「ニクス。チェルくんとはもうしないと約束しているよ」

「もう?」

「前科がある」


 チェルさんが苦い顔のまま言った。その言葉にニクスさんの表情が一気に険しくなる。


「姫に、魅了を? ラビアが?」

「うん。ちょっと気になることがあったんだ」

「ラビア。気になることじゃない! 姫。チェル。すまなかった」


 ニクスさんは早口で言い終えると私達に対して深く頭を下げた。ラビアさんの魅了に困惑はしたが、ニクスさんが頭を下げる必要はない。そんなことをされると恐縮してしまう。


「ニクスさん。頭を上げて下さい。チェルさんが守ってくれたので、魅了にはかかりませんでしたし。過ぎたことです」

「かからなかったからで済む問題ではないです。なんで姫は冷静でいられるんですか?」

「その……。魅了は日常茶飯事かと思いまして」


 チェルさんの水柱を頭に浮かべながら言った。あれに比べたら、ラビアさんの魅了はまだ可愛いと思う。かけられないように対策をする必要はあるが。


「いやいや。この城はそんな無法地帯ではありません。ありえませんって! って言っても信じて貰えないですね。これからは俺がそんな事をさせないです」


 未だに深々と頭を下げるニクスさん。どうやらチェルさんとラビアさんが特殊のようだ。


「わかった。仕方ない。ニクス。ラビアを見張っていてくれ」

「ああ。チェル。もちろんだ」

「僕がなんか悪者になっているみたいなんだけど」

「ラビア。あんたの普段の行いが原因だ。胸に手を当てて考えてみろ」


 ふくれっ面で話すラビアさんにニクスさんが言った。普段の行い。他の魔物さんにも魅了をかけているのだろうか。ニクスさんも大変そうだな。


「全く。僕の意図もしらないで。それよりチェルくん。そこに座るね」

「……わかった」


 ラビアさんはニクスさんに対して、軽く返事をすると気にせずにチェルさんへ声をかける。チェルさんは納得していないようで、いつも以上に眉間に皺を増やしながら答えた。


「ニクス」

「ああ」


 チェルさんの返事を確認するとラビアさんはそのままニクスさんを呼ぶ。

 するとニクスさんが持っていたバッグから何かを取り出し、器用に組み立てていく。

 しばらくするとそれは椅子になった。椅子が二つ。ニクスさんはそのまま椅子を机の前に置いた。

 そのままニクスさん達が椅子に座る。それからバッグを開け一枚の紙を取り出し、机の上に置いた。私達も急いでソファーに座り紙を見る。


「姫。こいつを討伐したいと思っているのです」

「また。毒鳥の討伐依頼が入ってね。倒せないわけではないけど無理はしたくないんだ。毒はもうこりごり」


 そこには大きな鶏のような魔物の絵とチェルさんの「調査中。毒鳥。近づくな」と言う文字が書かれていた。

 この魔物の名はコカトリス。鳥に見えるが毒の息を吐く竜だ。

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