47.ラビアとの約束
ラビアさんは何を考えているかわからない。
キングタートルを知っていたでしょ? まさか直球で聞いてくるとは思わなかった。これは返事が難しい。知らないで済むのなら楽に答えられる。だがその後質問攻めが始まるのは容易に予想がついた。
答えを探しているが思い浮かばない。
「その表情は肯定しているのと一緒だよ」
ラビアさんは悪戯が成功した子供のように笑う。
「口止め料を貰っているからね。本当は深く聞く予定はなかったんだ」
「近づくなと約束もしただろう」
「そうだね。事情が変わっちゃったんだ。チェルくん。僕のことを鳥と呼んでも良いよ。あーそうだ。安心して僕からは何も言わないから」
きっとチェルさんの事だと思う。ラビアさんはチェルさんがどんな魔物さんか知っているみたいだ。正直、ラビアさんが羨ましい。だがそれは気にしてはいけないものだった。チェルさんは知られたくないみたいだし。
なので私は“何もいわないから”と言う部分だけ聞き逃したふりをした。
「その事情とは何だ?」
「魔物の情報だよ。そこまで凄いことを知っているとは思わなかった。僕は姫ちゃんの持っている魔物の情報が欲しいんだ」
昨日。魔王様が侵入者や狩りと言っていた。それにラビアさんも関わっているのだろうか?
「チェルくん。もしかしてまだ姫ちゃんにこの城の事を言っていないの?」
「必要ないだろ」
素っ気ない表情で言うチェルさん。そんなチェルさんに詰め寄るようにラビアさんが近づく。睨むように見つめるが、怖さよりも可愛さの方が上回っていた。
「お・お・あ・り! なんで言わないの! 姫ちゃんが僕たちのことを怖い魔物って思ったままでしょ。だから僕のことをそんな怖がった表情で見るんだ」
それはラビアさんが最初に魅了をかけようとしたからだ。ユンさんは怖くないし、ヴクさんも私に対して跪いた事には驚いたが、あの時は普通に話していたと思う。
ラビアさんは胸に手をあてて考えて欲しい。そんな視線を込めて見ると、ラビアさんが「ほら怖がらなくなった」と言いながら笑った。違う、そうではない。
「姫ちゃん。僕達は魔物の討伐をしているんだ。近隣のギルドから魔物討伐を請け負ったり、食べられる魔物を狩りしたり。そうやって生活をしているんだ」
この城の生活と聞くとしっくりと来るが、魔物さんの城と考えると違和感があった。じっとラビアさんを見ているとそのまま微笑みながら言葉を続けた。
「この城に興味を持ってくれて嬉しいよ。チェルくんは魔物討伐の計画を立ててるんだ。弱点をまとめたり、効率の良い依頼を調べたり。チェルくんは事実だけをまとめるのが得意だからね。で、僕達がその魔物を討伐しているんだ」
ここが報告書と繋がるんだ。この城の魔物さん達は人間と共存して、うまく暮らしているようだ。
「魔物の情報が知りたいとは、お前にしては仕事熱心だな」
ラビアさんの話が一区切りついたことを確認したチェルさんが口を開いた。
「そうかな。いつも通りだよ。僕も楽が出来るしね。無理をしない。大事なことでしょ? 姫ちゃんが襲撃で困ったことがあれば、僕たちも対処するよ。ねえチェルくん。だめ、かな?」
ラビアさんがチェルさんに近づいて上目遣いで言った。チェルさんが美少女に言い寄られているように見えてしまい、私の思考が途切れそうになるが、ヤキモチを焼いている暇はない。今はラビアさんだ。
「だめだ」
「これじゃあ足りない? どーしよ。そうだ! 欲しいものがあったら僕が用意するよ。シュークリームなんてどう?」
私がシュークリームを好きなことは城内で伝わっているらしい。ゴシップのネタには良いかもしれないが、恥ずかしい。
「俺が買う。問題ない」
「なら地図は? 僕。周辺の町に行くから人が営む道具屋にもツテがあるんだ」
地図。それは私達が欲しいものだった。なんでラビアさんが知っているんだ? ラビアさんと話していると頭がパンクしそうだ。
「その表情。やっぱり地図だったんだね」
だめだ。私は表情に出やすい。ラビアさんの笑顔は少しいけ好かないが、反応してはいけない。
「……仕方ない。そうだ。地図を探している」
チェルさんが苦い顔をしながら言った。簡単に引き受けるとは思わなかった。ごくりと唾を飲み込みながら二人のやり取りを見つめる。
「なら」
「他にもいくつか条件をつける。全て守るなら良い」
ラビアさんの言葉を制止するようにチェルさんが言った。
「条件?」
「ああ。まずは姫に怪我をさせるな。魅了はもっての他だ」
最初に私のことを言ってくれるのは嬉しい。キュンと飛び跳ねそうになる心臓を落ち着かせるように小さく深呼吸をし、視線を二人へと戻す。
「なんだそんなこと?」
「他にもある。お前の知っている情報を教えろ。言える範囲で良い。だがその代わり嘘も誘導もするな」
「思ったよりも優しいね。言える範囲で良いの?」
「ああ。魔王は口を閉ざしているからな。お前も口止めされていることがあるのだろう。言えないと誤魔化される方が困る」
チェルさんは昨日よりも冷静にラビアさんと対峙する。極力私達には不利にならないように。その光景は昨日のチェルさんとは別物だった。
「わかったよ。そしたら。今から姫ちゃんの部屋で」
部屋の中に入ろうとしたラビアさんの腕を引き留めるように掴んだ。
「今から朝飯だ。後にしろ」
「そうなの? なら僕も一緒に」
「お前と一緒だと気が休まらない。帰れ」
チェルさんが切り捨てるように言った。ラビアさんも流石に少しは機嫌を悪くすると思いきや微笑んでいた。いつものことなんだろうな。
「そんなこと言って~。チェルくんは姫ちゃんの横に他の魔物がいたら嫌なだけなんじゃないの?」
「何、当たり前の事を言っているんだ?」
「否定はしないんだね」
ラビアさんはちょいちょい私とチェルさんの関係を掻き立ててくる。止めて欲しい。それに期待だけしてしまうその言葉は聞いているだけで胸が痛くなる。
「なんで否定をするんだ?」
「そうだったね。ごめんね。おかしな事を言っちゃった。それよりも今は時間だね。チェルくん。いつなら良いの?」
「仕事なんだろ。十時に来い」
突然来られるよりは確かに良い。ラビアさんが気を遣っているだけかもしれないが、チェルさんが主導権を握っている。
「チェルくんのところ?」
「いや。ここだ。今日からここで姫と仕事をすることになった」
「そうなの? 魔王様が良いんなら僕は口出ししないけど、たまにはシルフィたちの所に顔を出した方が良いよ」
ラビアさんは魔王様と同じことを言っていた。
チェルさんはお前もかと言いたげな表情をしている。なんだかんだでラビアさんもチェルさんのことを理解しているのかもしれない。喧嘩するほど仲が……良くなさそうだが。
「わかってる」
「そう。なら僕から言うことはないね。そろそろニクスが探しに来るだろうし、僕も戻ろうかな。じゃあ姫ちゃん、また後でね」
「おい。姫にちょっかいを」
「ついでにチェルくんも」
ラビアさんが私に話しかけるとチェルさんはむっとした表情をした。先程までは感情を読み取らせなかったのに。
怒っているのになぜか少しだけ可愛い。笑い事ではないが、ラビアさんと話しているチェルさんも特別だ。少し羨ましい。
「悪い。ラビアにまで」
ラビアさんの足音が遠ざかるとチェルさんが言った。しゅんとした表情で思わず頭を撫でたくなる。思うだけだ。さすがに出来ない。
「私もラビアさん達相手に隠し通せる自信はないですし、チェルさんは悪くないです。それよりもチェルさんが一番最初に私を気にかけてくれたのが嬉しいです」
「当たり前だ。お前に危害を加えられないことが一番だろ」
「当たり前と言ってくれる事が嬉しい、です」
「そうか」
チェルさんが微笑んだ。その表情と言葉は反則で、私は言葉に詰まりそうになる。これ以上話していると別の意味でボロが出てきそうだ。
「はい。チェルさん。それよりもそろそろ朝ご飯に行きましょう」
話題を変えるように言いながらチェルさんに近づく。そしてチェルさんの手を握った。チェルさんの手がいつもよりも温かく感じた。




