46.ラビアの思惑
魔王様を見送ると、再びチェルさんと二人きりになる。
チェルさんと二人きりのときは何も考えなくて良いから落ち着く。ソファーに座っているとお腹も一杯になっているせいか段々と眠くなってきた。うとうとしているとチェルさんの声が聞こえ、眠りそうになっていた頭が一気に覚める。
「もうこんな時間か。そろそろ部屋に戻る」
「そう、ですね」
今日はチェルさんと一緒にいたせいか、離れがたい。チェルさんは男の人だし、この部屋に泊まるわけにはいかない。時間は有限だし、仕方ないが、やっぱり寂しい。
「そんな顔をするな。明日は早めに来る」
チェルさんがふわりと笑った。最近のチェルさんはたまに今みたいに笑いかけてくれる。それはとても特別なものだった。
見ているだけでくすぐったいような不思議な気持ちが生まれ、心の中が温かくなる。口元が緩んだ気がした。
「ありがとう、ございます」
「ああ。お前は笑っていた方が良い」
相変わらずストレートな言い方だ。最近はこの笑顔のせいか、更にドキドキする。私じゃなかったら勘違いしてしまう所だ。
「チェルさんもですよ」
「そうか。それだったら、笑うように」
「今のままでも充分です。無理する必要はないですよ」
チェルさんはあまり表情豊かではない。無理やり笑うのも大変だ。と言いたいが、それは建前で、本音はそんな素敵な笑顔を安売りして欲しくなかった。それにこの笑顔を私だけの特別にしたい。
「そうか? そちらの方が助かる。意識して笑うのは難しそうだしな。今のままのが良いな」
チェルさんは私のそんな身勝手な独占欲には気付いていないようだった。
「チェルさんらしいですね」
知らなければ良い。知っても欲しくない。笑顔を途切らせないように意識して続けた。
「お前を無理させるわけにはいかない。今度こそ戻る。姫。明日は俺が来るまでは扉には近づかないでくれ」
チェルさんは私の様子に気付くことはなく言った。扉? なんだろう。
「扉?」
「ああ」
扉については何も言わずに、チェルさんが立ち上がった。私も続いて立ち上がるとチェルさんが私を制止するように声をかける。
「見送りも良い。危ないからな」
「は、い。えーっと、また明日。待っています」
「ああ、また明日」
チェルさんは最後にそう伝えると自分の部屋へと戻った。
扉に近づくな。危ない。とても意味深な言葉だ。即死トラップ。最初の頃に聞いた言葉が頭に浮かぶ。
まさかね……? 私は何も聞かなかった。気にしないようにお風呂に入って寝る準備をする。
気になることはたくさんあるが、今一番大事なのは睡眠だ。まだラビアさんが控えている。
不安なことは多いが明日に備えよう。ベッドに入り、掛け布団を握り、ぎゅっと無理やり目を瞑る。
直ぐに寝ることは出来なかったが、しばらくすると私の意識は深く落ちた。
気付いたら朝になっていた。
昨日あんな事があったのに、意外と良く寝られた。繊細なんて言葉とはほど遠いな。
姫らしくないと思わず笑ってしまいそうになるが、これからのことを考えるとそっちのが良い。
私の敵は勇者様なんだから。まずは魔王様とラビアさんだ。味方なのか敵なのか、考えないと。
魔王様たちは味方だと思うが、チェルさんを警戒させる事ばかりしている。チェルさんの性格を知らないわけではないのに。
魔王様たちの目的と意図を知りたいが、簡単には教えてくれそうもないだろうな。
それでもやらないと。気合いを入れるように両手を伸ばすと服を着替えてチェルさんを待つ。
昨日は早く来てくれると言っていた。まだかなと時計を見ていると突然扉の向こうから女の子の悲鳴のようなものが聞こえた。
「うっわ」
多分、ラビアさんの声だと思う。直ぐにチェルさんの扉に近づかないでくれと言う言葉が頭によぎる。
あの扉に何かが仕掛けられているのは明確だった。即死トラップではないよね。ラビアさんが気になり扉に近づく。
「ラビアさん、ですか?」
ラビアさんに向けて大きな声で話した。返事はすぐには返って来ない。無事だよね? とても気になる。少しだけ扉に近づこうとするとラビアさんの声が聞こえた。
「姫ちゃーーん。おーっはよ! そうだよ。僕だよ。お話をしたいけど、危ないから、扉に近づいちゃだめだよ」
無事らしい。少し安心した。ラビアさんは今、扉に近づかない方がよいと言っていた。やはり扉に何かあるのだろう。
私一人。ラビアさんが来てピンチなはずだが、今は扉が気になる。
「ラビア!」
扉を見ているとすぐにチェルさんの声が聞こえた。チェルさんが来てくれた。とても嬉しい。
今すぐに扉の近くに向かいたいが、ラビアさんがいる。更に扉には謎のトラップ。これはここに立っていた方が良い。
扉を見ながら動かずに様子を窺っていると突然大きく扉を開く音がした。それに続き、「ラビア! 騙したな!」とチェルさんの強い声が聞こえた。
完全に扉が開くと明るい表情のラビアさんと不機嫌な表情のチェルさんが視界に入る。
「改めておはよう! 姫ちゃん。君とお話したくて来ちゃった」
「だから、姫の部屋に入るな」
ラビアさんはチェルさんに構わず私に話しかける。君とお話したくて。きっとキングタートルの睡眠ガバについて聞きたいのだと思う。
急いで頭を働かせる。ラビアさんにも出し抜かれるわけにはいかない。
「ねぇねぇ、昨日の魔物は怖くなかった?」
チェルさんがラビアさんを追い出そうとしているが、ラビアさんは未だにチェルさんを無視している。
「おい、何勝手に話を進めているんだ。ここは」
「姫ちゃんの部屋でしょ。ちゃんと魔王様から許可をもらったよ。魅了はかけない。怪我をさせない。無理やり聞き出さないって約束もしたよ。問題ないでしょ」
ようやくラビアさんがチェルさんの方向を見る。それよりも気になるのは魔王様の言葉だ。私に気遣っているのは伝わった。魔王様の本音と思いたいが判断に難しい。
「姫の監視は俺だ。まず俺に話を通せ」
「なんで? 魔王様じゃないの?」
ラビアさんの言うことはもっともだ。だが私としてはチェルさんを通してくれた方が良い。
「そうだが、こいつだって突然お前が来たらびっくりするだろう」
「扉にトラップをつけている方がビックリだよ。ほら袖口が濡れちゃったじゃん」
「ああ、着替えてこい」
それが何かと言いたげだった。チェルさん。近づくなと言ったのはこういうことか。服が濡れる。さすがに即死トラップじゃなかったね。疑ってしまい申し訳ない。チェルさんすみません。
「これくらいすぐ乾くから大丈夫だよ。それよりも姫ちゃんとお話していい? 昨日の魔物について教えて欲しいんだ」
ラビアさんは先程からあえて用件を言っていない。
ラビアさんは以前、私がチェルさんを好きなことを探り出そうとしたことがある。今回もキングタートルのことを探ろうとしている可能性が高い。
「何かあったんですか?」
「そんな風に言っちゃって、姫ちゃん。キングタートルのこと知っていたでしょ?」
ラビアさんが笑った。確信を持った言い方だった。




