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40.晴天のへきれき

 うたた寝をしていた私たちを起こしたのは雷の音だった。

 雷に守って貰っているので雷の音は怖くはないが、突然はビックリしてしまう。

 それに先程まで綺麗な青空だった。雷が落ちるとは予想がつかない。雨でも降り始めたのかと最初思ったが雨の音はしていない。

 念のため外の景色を確認するとやはり雨は降っていなかった。先程と同じ晴天だ。これはおかしい。すぐに隣のチェルさんを見ると苦い表情をしていた。


「魔王の力だ。どうやら侵入者が現れたらしい」

「侵入者!」


 チェルさんが淡々と言った。

 侵入者? まさか勇者が来てしまった? 後一年あると聞いていた。予想よりも早すぎる。まだ準備は出来ていない。突然のことに体が動かない。心臓がこれでもかと大きく動きドキドキといつもよりも大きく脈打っている。


「侵入者が勇者と決まったわけではない。魔王の所に行けば情報が入る」


 チェルさんが立ち上がった。差し出された手は心強いが、私の手は震え握ることが出来ない。膝は震えて立てない。

 勇者だったら。その考えが身体中を支配している。ここから動くの怖い。はいと言えば良いだけなのに口が動かない。

 悔しい。悔しさで口を無理やり動かそうとするが、それよりも恐怖の方が上回ってしまう。


「恐怖で思考が停止しているのか? 仕方ない。俺のそばから離れるな。いや、俺にしがみついていろ。それだけ考えていれば良い」


 その言葉と共に突然体が宙に浮いた。予期せぬ出来事に私の目は反射的に瞑った。ゆっくりと目を開けるとチェルさんの顔が視界いっぱいに広がる。

 チェルさんの綺麗な瞳には私の顔が映る。それほどまでにチェルさんとの距離が近い。


「他の事は考えるな。お前は俺にしがみついていればいい。簡単だ」


 俺は強いからな。チェルさんがそう続けると私に笑いかけた。その表情は魔法のようで、一瞬にして私の恐怖を恋で上書きした。


「はい……」


 今まで閉じていた口が自然と声を出す。動かなかった手はチェルさんを離さないように抱き締め、心臓の鼓動は胸を叩くような痛さからいつものようにチェルさんへの思いを伝えるような切ない痛みに変わる。


「チェルさんから、離れません」


 その言葉を口に出すと顔が沸騰するように熱くなる。赤くなった顔が恥ずかしくて見られないようにチェルさんの胸に顔を埋める。先ほどまで恐怖に負けそうだったのが嘘のように感じた。


「ああ。魔王の所まで走る。掴むのが厳しくなったら声をかけてくれ」


 その言葉と共にチェルさんはどこかへと走っていく。体の揺れからそれなりのスピードが出ているはずだが、チェルさんは息切れ一つせず、汗もかいていなかった。

 チェルさんはとても心強く、格好良い。これ以上好きになることはないと思っていたのに、今日もチェルさんを好きになる。何回好きになれば良いのだろう。また生まれた恋心を隠すように再びチェルさんの胸に顔を埋めた。


 しばらくしてからチェルさんが止まった。ガチャリとドアが開く音の後に再びチェルさんの体が動くが、それは僅かですぐに再び止まった。


「姫を連れてきた」


 チェルさんが誰かに声をかけた。チェルさんの胸にしがみついているのでわからないが、多分魔王様だと思う。


「チェル。君が抱えているのが姫かい?」


 背中から魔王様の声がした。様子を見たいが、このまま動くとチェルさんがバランスを崩してしまう。そっと顔を上げチェルさんを見る。チェルさんは私の視線に気付くと「少し待っていてくれ」私にだけ聞こえる声で言うと私の背中の先を見る。


「ああ。姫を一人にするのは危険だからな。雷が鳴ったが、何かあったのか?」

「チェル。その前に姫はそのままで良いのか?」


 魔王様はこのような状況にも関わらずチェルさんへ呑気に声をかけた。確かに私がチェルさんにしがみついているのはおかしな光景かもしれない。だが侵入者が勇者だったら殺される。勇者ではないと言う事だろうか。


「そうだな。姫。動けるか? 動かないのならこのままで良い」

「いえ、動けます」


 先程よりも動ける。怖いがチェルさんが隣にいるおかげで少し和らいだ。勇者でなければ、対処が出来るかもしれない。出来ることをしないと。まずはこの状況を自分の目で見ないと。覚悟を決めるように小さく息を吐いた。


「わかった。降ろす。落ちるから動かないでくれ」

「はい」


 チェルさんがしゃがんでくれるのでそっと足を床につける。そのまま立ち上がるとよろけそうになってしまった。転びそうになる私をチェルさんがそっと支えた。


「ありがとうございます」

「ああ。手は握れるか?」

「はい」


 今度こそ。息を吐いてからチェルさんから差し出された手を握る。少し落ち着いてきたようだ。このまま魔王様を見た。


「チェル。姫の運び方が」

「運び方? 何かあった時に俺の視界に姫が入るだろ」

「そうだな」


 後ろから狙撃された場合に効率が良い運び方。確かにそうかもしれない。ときめいてはいけない。覚えた。と言うかときめくのは後回しだ。

 ってそれよりもチェルさんと魔王様のやり取りにつられるのは良くない。気を引き締めないと。チェルさんもそう思っているのか苦い顔をした。


「魔王。運び方などどうでも良いだろ。それよりもどうした?」

「どうでも良くないんだがな。まあいい。別の森からこの森に魔物が迷い込んだ。今は城の前にいるよ」

「魔物?」


 やはり勇者ではなかったようだ。唾を飲み込みながら魔王様の言葉を待つ。


「野放しには出来ないが、そこまで驚異ではないよ」


 驚異ではない。その言葉で張りつめていた緊張が解ける。ふらつきそうになる体をチェルさんが支えるように抱き締めた。


「どうしたんだい? 具合でも」

「心当たりはないのか? 突然雷が鳴り。魔物の襲撃だぞ」

「そうだね。驚かせてしまったようだ。姫、すまなかったね。厄介な魔物だが、ヴクが戦闘している。彼に任せれば問題ないよ」


 ヴクさんが戦っている。ヴクさんは四天王。侵入者は強い魔物なのはわかる。お話したことある魔物さんだと心配が増す。


「厄介な魔物ですか?」

「キングタートルと言うんだ。大きな亀と言えば良いのかな? 中身は柔らかいんだが、甲羅が固く、攻撃が通りにくてね」


 キングタートル。聞いたことがある名前だった。魔物の記憶だと思う。頭は痛くならない。魔物のことを思い出し始めている?


「ヴクに任せれば問題ないよ。キングタートルは栄養が多く滋養強壮に良い。この時期だから鍋が良いな。討伐したらユンに頼んで鍋にして貰おう」


 キングタートルについて考えていると魔王様が明るい声で言った。私を励ましてくれているみたいだ。そんな魔王様に対してチェルさんはため息をつくと苦々しい表情で口を開いた。


「飯で釣るな。それよりも今はキングタートルの討伐だろう。ヴクだけで問題ないのか?」

「問題ないと思うが、チェルも様子を見てもらえないか、気になる所があったら言ってくれ」


 魔王様が指差した先にはテレビが張り付いていた。テレビだ。この世界はテレビもあるのか。


「変わった形をしているだろう? モニターと言うんだ。エントランスの様子が確認できるんだよ」


 魔王様は私が知らない前提で話した。これは知らない振りをした方が良いのかもしれない。

 それよりも今はキングタートルだ。モニターを覗き込むと大きな亀の前にヴクさんがいた。


 大きな亀。ビッグタートル。その亀を見て思い浮かんだのは鍋ではなく、魔物の情報だった。

 魔物を見れば記憶が戻る。予想通りだった。

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